首飾り
「チッ、たまには掘り出し物でもないかとこんな田舎街に来てみたはいいが、ろくなものがないな。それにどいつもこいつも貧乏臭いやつばかりだ」
ソラリスの街中を颯爽と駆ける馬車。
その中に乗っていた、ガタイのいい男が苛立たし気に呟いた。
男の名前は、ヨクゴウ。
中央の首都『ゾフィール』に領地を構える貴族の一人だった。
両手の指には、豪華な指輪がこれでもかと輝いている。
ヨクゴウは【獅子族】の大柄な男で、趣味は宝石のコレクション。
欲しい物はどんな汚い手を使ってでも手に入れるという、強欲の持ち主だった。
今でこそ歳をとり落ち着いたが、若い頃はさんざん暴れまわって、その腕っぷしで貴族まで成り上がった実力者だ。
獅子族の特徴は何といっても、その鋭く尖った爪と、長い鬣、そして狂暴性。
魔法適性も高く、種族的にも上位の存在だ。
「仰る通りでございます。ヨクゴウ様とこの街にいる者とでは、住む世界が違いますから」
付き人として連れてきた男が、ヨクゴウの意見に同意する。
この男もまた獅子族であった。
「フンッ、まぁいい。最初からそこまで期待していた訳ではなかったからな。それよりも馬を急がせろ! ここの空気はしょうに合わん」
不機嫌そうに、御者に強くあたるヨクゴウだったが、ふと窓の外に目を向けた時、ある物が視界に入った。
「――――――止めろッ!! 」
それを見つけた瞬間、ヨクゴウは御者に馬車を止めさせて外に飛び出していく。
「ヨクゴウ様!? お待ちを」
付き人の男は、慌ててヨクゴウを追った。
急げと言われたと思えば、急に止めろと言ったり、慌ただしい男である。
その場には、御者と誰も乗ってない馬車だけがポツンと、とり残されたのだった。
◆
「えへへ~、ちょこばななおいしかったね!」
「ふふ、口の回りがベトベトだぞウルちゃん。ちょっと待ってろ」
チョコバナナを食べ終わった後、ウルティナの手と口はチョコだらけになっていた。
食べるのに時間が掛かったから、チョコが溶けてしまったようだ。
「メリィ、少しの間ウルちゃんを頼んだぞ。妾は何か拭くものを貰ってくる」
「メェ!」
「いってらっしゃ~い」
チョコまみれの手を振って、エリーシャを見送るウルティナ。
そして、それと入れ違いになるようにウルティナとメリィの前に二人の男が現れた。
ヨクゴウと、その付き人だ。
「おい、人間族の娘、その宝石はどこで手に入れた?」
男は興奮気味に、ウルティナの首飾りを指差す。
さっき何気なく馬車から外を見たヨクゴウだったが、偶然見つけてしまったのだ。
ウルティナの首もとで、緑色に輝く宝石を。
「ほうせき?」
いまいち状況を理解できずに、首を傾げる。
「お前がその首につけてる首飾りのことだ!」
ヨクゴウは首に指を当てて、声をあらげた。
その声の大きさにウルティナはビクッと体を震わせた。
生まれてこのかた、こんなに大きな声で怒鳴られたことなどなかったウルティナは、泣き出す寸前だった。
それでも聞かれたことに答えなければと思い、声を絞り出す。
「…………これはママにもらったの」
ウルティナは母から貰った緑色の宝石がついた首飾りをギュッと握りしめながら答えた。
「なるほど。おおかた、親が誰かから盗んだか、拾ったかしたんだろう。私がその首飾りを買い取ろう。さぁ、寄越せ」
ヨクゴウは早く渡せと、ウルティナの前に手を差し出す。
「だめ! これはウルがママからもらっただいじなものなの、だからだめなの」
首飾りを握っていた手に力が入る。
「チッ、人間族はこんな小さな頃から浅ましいのか。――――ほら、これでいいだろう」
ヨクゴウは懐から金貨を数枚取り出し、ウルティナの前へと放った。
チャリンチャリンと、金貨が地面へと転がっていく。
「ほら、拾え。そして首飾りを置いて消えろ。私が人間族ごときに金を払うだけでもありがたく思え」
シッシと、汚いものでも払うかのような動作をするヨクゴウ。その動作は完全にウルティナを同じ生物として扱ってはいない。
「どうした? さっさと拾うがいい。貴様ら人間族には大金であろう? ――――さぁ拾え!」
お金を目の前に投げられても微動だにせず興味なさげなウルティナに、またも声をあらげる。
「だめなのっ」
だが、ウルティナは頑なに首を横に振る。
まだ幼くてお金の価値がわからないと言われればそれまでだが、例えそれを理解したとしてもウルティナは母に貰った大切な首飾りを手放すことはないだろう。
「人間族の分際でっ!! ――――おい、首飾りを奪いとれ」
ヨクゴウはしびれを切らして遂には無理矢理その首飾りを手に入れようと、付き人の男に指示を出す。
「下等な人間風情が、黙って渡してればいいものを」
苛立たしげな男の手が、ウルティナの首元に近付いていき、もう少しで触れようかとした時だった。
「メェッ」
ウルティナに迫る男の手を、メリィが弾いた。
「く、何だこの山羊は?」
「…………メェェ」
低い声で唸るメリィ。
エリーシャに頼まれたというのもあるが、メリィにとってもウルティナは自分の乳をあげて育てた、大事な娘同然。
それに手を出そうというのなら、絶対に許さない。
「――――――う……うわぁあ~ん、ママ~っっ!!!」
今までに聞いたこともないメリィの低い唸り声と、この訳のわからない状況に、何とか堪えていたウルティナの涙腺が遂に崩壊してしまった。
その直後、ソラリスの街全体を一瞬とてつもなく激しい突風が襲った。
――――――そして風が収まったあと。
「妾の娘に、何をしている」
そこには、殺意に満ちた目で男達を睨むエリーシャの姿が。
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