魔法適性



「りぃなおねぇちゃん、いっちゃったね。またあえるかなぁ?」



 自由に向けて走り出したリィナの背中が見えなくなるまで見つめて、ウルティナはやや寂しそうにエリーシャの服の裾を握った。



「ああ、きっと会えるさ」



 絶対にまた会えるなんて確証はないが、エリーシャはウルティナを抱き寄せながら、そう答えた。



「メメェ~~!」



 寂しそうな雰囲気を感じ取ったのか、自分はずっと一緒にいるよと、メリィはウルティナに体を擦り付けるのだった。



「今日はそろそろ帰るとするか」



「うん!」



「メェ」




 ◆


 街から帰って来たその日の夜。



「えいっ、えいっ、えいっ、え~い!!」



 エリーシャに抱きかかえられながらお風呂の湯船に浸かってるウルティナが、これでもかと手を振り回し、お湯をバシャバシャとさせていた。



「ちょっ、ど、どうしたというのだ、ウルちゃん!?」



 小さな手の平が水面を叩く度に、その飛沫がエリーシャの顔へとモロに直撃している。


 急なウルティナの奇行に、エリーシャは慌てていた。



「えへへ、りぃなおねぇちゃんみたいにできないかなぁって」



 何をしているかと思えば、ウルティナは昼間に見たリィナの魔法を真似しようとしていたようだった。



「そういうことだったか。それなら――――」



 そう言ってエリーシャが湯船の中で、人差し指をクルクルと回し始めた。


 すると、ウルティナの目の前でお湯が龍の形へと変化してゆくではないか。



「わぁ~、すごぉい!!」



 それはショーの時にリィナが造り出したものとまったく同じ姿形をした龍だった。


 唯一違うのは、その龍の大きさが手の平サイズということだ。



「かぁいいねぇ~!! ママはおそらもとべるし、なんでもできるんだねぇ」


「ふふ、妾にかかればこれくらいのことは造作もない。今日はあれだが、また今度凄いのを見せてやろう」



 尊敬の眼差しで自分を見つめるウルティナに、エリーシャは気分がよくなったのか、上機嫌に答える。


 エリーシャにとって、今まで魔法とは人を楽しませる為のものではなく、自分の身を守り、敵を殲滅するためのものでしかなかった。


 それがウルティナに褒められて凄いと思われるだけで、こんなにも嬉しく、誇らしい気持ちになるとは。


 遥か昔、【終焉のエルフ】と呼ばれ恐れられていた頃からは、想像もできない変化だった。



「やったぁ~!! ねぇママ、ウルもできるようになるかなぁ?」



 自分自身の気持ちの変化に感慨深くなっていた所に、残酷な質問がとんできた。


 途端にエリーシャは顔を曇らせる。


 魔法を使うにはまず魔法適性があるかどうかが大事だ。

 魔法適性とは魔力を制御して操る力のことを指す。


 猫人族ケット・シーという種族は魔力はあっても、その魔法適性が低いことで有名だ。

 だからリィナのように、一部の才ある者以外が魔法を使うことは難しい。


 だが人間族の場合は、もっと厳しい話になってくる。


 人間族は魔法適性以前に、そもそも魔力を持たない者が大半を占めるからだ。


 故に、生まれながらにして、魔法が使えるかどうかが決まってしまう。


 そして運良く魔力を持って生まれてきたとしても、魔法適性がなければ上手く扱うことはできない。


 エリーシャは迷っていた。


 この残酷な事実を素直にウルティナに伝えるべきか否か。



(いや、ウルちゃんはまだ三才だ。あえて今言う必要はないか…………)



 言えばウルティナはショックを受けるに違いない。


 愛しい我が娘の悲しむ顔が見たくないエリーシャは、この場ははぐらかすことに決めた。



(いつかウルちゃんが大きくなって、そういったことが理解できるようになった時に、それとなく教えよう)



「あ、みてみてママ!! ウルにもできたよぉ~」


「――――なっ……!?」



 一瞬、エリーシャはブルりと寒気を感じた。


 見ればウルティナが指を先ほどのエリーシャのようにクルクルと回していた。

 その指先には、湯船のお湯が全て、渦を巻きながら集まっていた。


 急にお湯がなくなったことで、エリーシャは寒気を感じたのだった。



「どうママ? ウル、ちゃんとできてる?」



 指で水を操りながら、小首を傾げる。


 ウルティナに魔力と魔法適性があることが発覚した瞬間であり、同時にエリーシャの悩みが解決した瞬間でもあった。



「ああ、出来てるとも。流石は妾の娘、ウルちゃんは天才だったのだ!!」



「わぁ~い、ウルてんさい」


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