リィナ



 指を差しながら、エリーシャは改めてリィナを見た。顔にはまだ幼さが残っているものの、その眼差しはどこか力強く、芯があるように映った。



「……見えないように隠してたつもりだったのに、魔力でバレるとは思わなかったです」


「別に魔力を感じとることができる者など、探せばいくらでもいる。珍しくもないだろう」



「――――軽蔑しますか?」



 そう言って、リィナはズボンの裾を足首が見える辺りまで捲り上げた。

 それによって露出した両足首には、黒い輪状の紋様が浮かび上がっていた。



「やはり隷属紋だったか」



 この黒く浮かび上がる紋様は、奴隷が主人に逆らえなくするために使う《隷属魔法》をかけられた時に現れる、印のようなものだ。


 《隷属魔法》をかけられると、何処にいても主人に居場所が伝わり、命令に逆らおうとする者には苦痛を与えることもできる。


 奴隷制度を禁止する国もあるが、エルゾラス王国では許可されていた。


 どうしてもお金が払えないで仕方なく奴隷に落ちる者もいれば、親に売られる等して、生まれながらに奴隷の者も存在している。

 奴隷の扱いについては基本的には主人となった者の自由で、殺しても何をしても罪にはならない。


 だがそういった雑な扱いをする者は稀で、殆どは奴隷を労働力として使う。


 リィナは魔法の腕を買われ、主人の命でここでショーを開いていた。



「すまない。別に軽蔑するつもりはないし、詮索するつもりもない。生きていれば、そういう状況になることもあるだろう。だがそのお金があれば、自由に近付けるんじゃないか?」



 この国には奴隷が自由になる為の法が存在している。



【奴隷救済法】


『~奴隷は自らが買われた時の金額の千倍の利益を稼いだ時、解放される~』



 これは奴隷制度を認めない国の非難によって、エルゾラス王国が作り出した法だった。



「ですが、こんな大金…………」


「言っておくが、同情や憐れみでお金を渡したわけではないぞ。純粋にお前の魔法を凄いと思ったからだ。その年でそれだけの魔法の腕があるんだ、お前ならもっと高みを目指せる。それに、妾の娘を楽しませてくれたお礼だ」



 エリーシャはウルティナの頭を撫でながら答えた。


 彼女にとってお金など、その気になればいくらでも手に入れられる、価値のないものだ。


 ウルティナが笑顔で楽しんでくれるなら、いくら払ったって構わない。


 当のウルティナは「どれいってなぁに?」と、頭に?マークを浮かべているが。

 三才児にはまだ難しい話だったようだ。



「………………私は物心ついた頃から奴隷でした。奴隷商の人が言うには、両親は生まれて間もない私をすぐに売ったそうです」



 俯き加減で、自らの出自を語りだすリィナ。


 エリーシャは、森に捨てられていたウルティナを思い出し、僅かに顔をしかめた。


 もし、あと少し、何かが違えば、ウルティナもこうして奴隷としての人生を歩んでいたかもしれないと思うと、他人事には聞こえなかったのだ。



「何とかして自由になりたかった。私の人生はこんなんじゃないって、ずっと考えてきました。だから、本を見て、必死に勉強して、そうして、魔法を覚えて――――」



 リィナの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。



「――――でも今日のお金で、やっと自由になれそうです。頑張ってきて良かった。本当にありがとうございます」



 リィナは涙を流しながらも、笑顔で頭を下げた。



「礼には及ばないさ。それより、「本を見て」と言ってたが、魔法は独学なのか?」



「はい。周りに教えてくれる人なんていませんでしたし、何より私は奴隷です。空いた時間にこっそり本を見たり、他の人が魔法を使うのを見て勉強しました」



 ――――『天才』の文字がエリーシャの脳裏をよぎった。


 てっきり、ああいった芸が出来るように幼い時から覚えさせられたと思っていたが、まさか独学とは。



「そうか。この先、何がどうなるかはわからないが、お前の魔法の才能は恐らく本物だ。迷ったなら今まで頑張ってきた自分自身を信じるといい」


「りぃなおねぇちゃん、あしいたいの?」



 話の流れが掴めていないウルティナは、足首の奴隷紋が痛くて泣いてると勘違いしたのか、リィナの足を両手でスリスリと擦り始めた。



「ううん、違うの。これはね、嬉しいから泣いてるの」


「え~? なんでうれしいのにないてるのぉ? へんなのぉ~」


「ウルちゃんも大きくなったらわかるよ」


「そっかぁ~」



 そして猫人族ケット・シーの少女は、何度も何度も頭を下げて、走っていった。


 エリーシャ達も黙ってその背中を見送った。


 今まで苦労した分、きっとこれからは幸せな未来が待ってますようにと。


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