猫人族の少女



「んー、あまくておいしぃ~!!」



 買ったばかりのリンゴ飴を一口食べたウルティナは、頬に手を当てながらうっとりとしていた。

 森の果物や蜂蜜を食べたことはあるが、このシロップでコーティングされたリンゴはそのどれとも違う。



「そうか、それはよかった。ウルちゃんが嬉しいと妾も嬉しいからな」



 口の中に広がる甘い多幸感に至福の表情を浮かべるウルティナを見て、エリーシャも自然と顔が緩んでいた。



「はい、ママもひとくち!」



 子供ながらにこの感動をエリーシャにも味わって貰いたかったのか、ウルティナは食べかけのリンゴ飴を差し出した。



「妾は大丈夫だから、それはウルちゃんが食べるといい」



 本当は一人で全部食べたいだろうに、自らにも分けようとしてくれるウルティナの優しさに、エリーシャはまたも顔が緩んでしまう。



「ママといっしょにたべたいなぁ……」


「では一口だけ貰おう」



 ――――ペロン。



 エリーシャはリンゴ飴を一舐めした。



「おいしぃでしょ?」


「ああ、おいしいな」



 実は甘い物があまり好きではないエリーシャだったが、ウルティナがしょんぼりと悲しそうにするから、反射的に舐めてしまった。


 だがウルティナの笑顔を見て、たまには悪くないかと、舌に残る甘さを味わっていた。




 ◆


「ママ、あれはなぁに?」



 それは丁度リンゴ飴を食べ終わった頃だった。


 エリーシャ達は中央に大きな噴水のある広場の隅っこの石段に座っていたのだが、いつの間にかその噴水の周りに大勢の人が集まっていた。


 どうやら魔法を使って、ショーを開いてる最中だったようだ。



「近くで見てみるか?」


「うん!」



 ウルティナの小さな背丈では、ショーが見えないだろうと、エリーシャはウルティナを抱きかかえて噴水の方へと向かうことに。



 そこでショーを行っていたのは、派手な格好をした猫人族ケット・シーの少女だった。


 猫人族ケット・シーは頭に猫のような耳と、腰から尻尾が生えてるのが特徴で、魔法適性が低い種族としても有名である。


 噴水の水を触手のようにウネウネと自在に操り、観客の周囲を行ったりきたりさせている。


 猫人族ケット・シーの女の子はサービス精神旺盛で、ウルティナの周りにも水を沢山近付けてくれていた。

 触ろうとすると引っ込む水に、キャッキャとはしゃいでいる。


 そしてシメは、操っていた無数の水がひとつに集まり、龍の形へと姿を変えた。

 宙を縦横無尽に駆ける水龍は、空高くまで飛んだ後で、もの凄い速さで噴水へと突っ込んでいった。


 激しく水飛沫が飛んだがそれが観客達に掛かることはなく、水は噴水に吸い込まれるように戻っていく。


 これには観客全員大興奮で、盛大な拍手が送られた。


 ウルティナも周囲の客を真似して、小さな手を必死で叩いてる最中だ。



「ありがとうございます! 今日はこれまでです、またよろしくお願いします」



 拍手に答えるように、少女はペコペコと頭を下げていた。


 観客は少女の前に置いてある箱にお金を入れて帰っていく。



「すごいね、おみずさんが、ぶわぁってウルのまえをとおったの! でもね、さわろうとしてもぜんぜんさわれないの!」



 エリーシャに抱き抱えられたままで、体全体を使い、必死に凄さを伝えようとするウルティナ。



「……ああ、本当に凄かったな」



 エリーシャのこの言葉はウルティナに合わせただけではなく、彼女自身本当に驚いていた。


 魔法を不得手とする猫人族ケット・シーがここまで繊細な魔法を扱えるとは。


 元々才能があったか、血の滲むような努力をしたか。

 もしくはその両方かもしれない。

 どちらにしても、並大抵のことではない。


 他の魔法適性の高い種族ならば、これくらいのことは簡単に、それこそ片手間でできるだろう。


 だが、彼女は魔法適性の低い猫人族ケット・シーだ。


 長き時を生きるエリーシャも、猫人族ケット・シーがここまで繊細な魔法を使ったのを見るのは初めてのことだった。



 ショーが終わると客が引くのは早いもので、噴水付近にはエリーシャ達だけが残されていた。



「ママ、みんなおかねいれてたよ?」


「みんなショーに満足すると、お礼としてお金を払うんだ。ウルちゃんも渡すか?」


「わたしたい!」



 金貨を一枚持たせると、ウルティナは猫人族ケット・シーの少女の元へパタパタと走った。



「おねぇちゃん! おみずさんすごかったね!」


「あ、どうもありがとねお嬢ちゃん。今日はお母さんと一緒にきたのかな?」



 少女はウルティナと同じ目線までしゃがんで、優しく話しかけた。



「うん、ママときたの。あとウルはね、ウルっていうの!」



 拙いながらも、自己紹介するウルティナ。



「そっかぁ、じゃあウルちゃんだね! 私はリィナっていうの、よろしくね」


「うん! あ、これおかね、はい」



 エリーシャから持たされた金貨を、リィナに手渡す。




「――――えっ!? これって…………」



 思わず手渡された金貨を二度見して、困惑するリィナ。


 何と彼女の手にあるソレは、ただの金貨ではなく白金貨だった。


 この世界の通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨に分けられる。

 銅貨十枚で銀貨一枚の価値があり、銀貨百枚で金貨一枚の価値がある。

 そして白金貨は、金貨数百枚分の価値がある。


 一般的な普通の宿で一泊するのに銀貨二枚程が相場と考えると、ショーを見ただけで払うような額ではない。


 白金貨というのは貴族や商人、ランクの高い冒険者以外、滅多に持つことはない大金なのだ。


 リィナが戸惑うのも無理はなかった。



「こ、こんなに貰えないよ! お母さんはどこにいるの!?」



 リィナは周りをキョロキョロと探す。


 すると、いつの間にかウルティナのすぐ後ろに来ていたエリーシャと目が合った。



「気にするな、とっておくといい。あって困るものでもないだろう」



 あたふたとするリィナに、エリーシャが言った。



「あ、ウルちゃんのお母さんですか!? いくらなんでも、こんなに貰えませんよ」


「渡した本人がいいと言ってるのだ。いいではないか。それに、には金が必要なはずだ」


「………………何でそう思うんですか?」



 エリーシャの言葉を聞いて、リィナは暗い表情で返した。



「お前の足から嫌な魔力を感じてな。ここまで言えばわかるだろ」



 そう言いながら、エリーシャは少女の足首を指差した。


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