初めての街



 大国エルゾラス。


 東の都、エザリア。西の都、ルーザス。南の都、ラニグリア。北の都、スルファム。


 そして中央に位置する首都ゾフィール。


 これら全てを総称して、エルゾラス王国と呼ばれる。


 総人口は五千万人ともいわれていて、三大国家のひとつとして大変有名な国でもある。


 今回エリーシャがウルティナを連れて行こうと思ってるのは、北の都スルファム内の端の方に位置する、セルムスフィアという小さめの街だった。



「おぉ、可愛いぞウルちゃん。お姫様みたいだ! いや、妖精か?」



 せっかく初めての街に行くからと、ウルティナは普段のシンプルな服ではなく、フリフリの女の子らしい服を着ていた。



「わぁ~、ウル、おひめさまぁ~!」



 ウルティナも初めて着る服に、子供ながらに感動していた。


 くるくると回りながら、スカートをひらひらとさせて遊んでいる。



「でもママ、おめめのしたにくまさんできてるよ?」



 昨晩徹夜で服を作っていたエリーシャの目には、くっきりと濃いクマができていた。


 ウルティナを育てると決めてから、なるべく身の回りの物は自らの手で作ってあげたいというエリーシャの拘りで、これまでの服は全て彼女の自作だった。


 当時は針で指先が血だらけになったものだ。


 その甲斐あって、現在のエリーシャの裁縫技術は相当なものになっていた。


 それでも一晩でこれだけの服を完成させるのは簡単ではなかった。



「ふふ、妾もかつては【終焉のエルフ】と恐れられた存在。クマなど問題にもならないさ」


「ウルも、しゅうえんのえるふ~」


「メェ~」


 ビシッと謎のポーズをとるウルティナと、元気に鳴くメリィ。


 ウルティナなりに、【終焉のエルフ】を体現してるつもりだ。



「さぁウルちゃん、これで仕上げだ」



 そう言って、エリーシャは机の引き出しから取り出した首飾りを、ウルティナの首へ。



「なぁにこれ? すごいきらきらしてる、おほしさんみたい!」


「これは妾から、ウルちゃんにプレゼントだ。似合ってるぞ」


 その首飾りの中央には瞳ほどの大きさの、緑色に輝く宝石がついていた。



「ママ、ありがとう。だいじにするね」



「ああ。ではそろそろ出発するとしよう」



「しゅっぱつぅ~」



「メェ~~」



 こうして、ウルティナは初めて『終わりの森』を出るのだった。




 ◆


「すっっごい! ママはおそらをとべるんだね!」


 本来ならば歩いたら一月は掛かるであろう距離を、ウルティナを抱えながら空を飛び、2時間ほどで移動してきていた。


 まっすぐに目的地へ向かえばもっと早く着くことも可能ではあったが、ウルティナに空からの景色を見せながらであった為、かなりゆっくりの移動となってしまった。


 ウルティナは初めて空を飛んだことを、目を輝かせながら楽しんでいた。



「メメェ~」


「メリィもすごかったねぇ」



 メリィはウルティナを抱えながら飛ぶエリーシャの横を同じ速さでいた。


 もちろん翼を持たない普通の魔物が空を飛んで、なおかつ《太古の風神カルデア》を使ったエリーシャについてくるなんて不可能だ。


 だがそこは、流石SSSランク指定の魔物『神山羊エアレー


 空を走る等、造作もないことだった。



「大丈夫か? 怖くなかったか?」


「えへへ~、たのしかったよぉ! あとでメリィにものりたいなぁ」


「メェ~」


 任せろと言わんばかりに、メリィの鳴き声が響いた。


 空を飛ぶなんて初めてのことなので多少怖がるかもしれないと心配していたエリーシャだが、それは杞憂に終わったようだ。


 街から少し離れたところで着地して、エリーシャ達はセルムスフィアへと入っていく。




「わぁ~、ママみてみて! あのひとしっぽがはえてる! あっ、あっちのひとはあたまからつのが!」


 街を行き交う自分とは明らかに異なる様々な種族。

 初めて見るエリーシャ以外の人々に、ウルティナは興味津々だった。


 最初にエリーシャがこの街を選んだのには理由がある。


 エルゾラスはあらゆる種族が住む国だが、中央の首都ゾフィールに近付けば近付く程に、種族による差別が激しくなってくる。


 いきなりそんな所に行ったとして、もしウルティナに何かあったとしたら。


 エリーシャは自分を抑える自信がなかった。


 きっとウルティナを嫌な気分にした者を、自分は許せないだろう。


 だから首都ゾフィールからは大分距離のある、このセルムスフィアを選択したのだった。



「あっ! なんかいいにおいがする、なんだろぉ」



 クンクンと匂いを嗅ぎながら、目をキョロキョロさせて匂いの方へと近付いてくウルティナ。



「おっ、可愛い嬢ちゃんだな! うちの自慢のリンゴ飴、ひとつどうだい?」



 匂いに吸い寄せられるようにしてついた場所は、リンゴ飴を売ってる屋台だった。



「なぁに、それ?」



 エリーシャ以外と喋るのは初めての筈だが、ウルティナはまったく物怖じせずに、小首を可愛く傾げながら屋台のおじさんに尋ねた。



「これはリンゴを俺が開発した特製シロップでコーティングした自慢の一品で、リンゴ飴っていうんだ。食べたらほっぺたが落ちるくらい美味しいぞ」



 屋台の店主は、自分の頬に手を当てながらわかりやすく説明する。



「ひとつ貰おう」



「え……」



 ウルティナの後ろからお金を差し出すエリーシャに、店主の顔が一瞬固まった。



「どうした? 妾の顔に何かついてるのか?」



「い、いや何でもない。――――はいよ嬢ちゃん!」



「わぁ~、ありがと!」



 男が動揺したのも無理はない。


 ウルティナを育ててるうちに、だんだんと和らいだとはいえ、その鋭い射殺すような目つきはいまだに健在だ。


 美男美女が多いとされるエルフだが、エリーシャもその例に漏れず美女だった。


 だがその整った顔立ちと、鋭い目付きというアンバランスさに、男は一瞬戸惑ったのだ。



「よいか、ウルちゃん。街ではこうしてお金を払うことによって、食べ物を買ったりするのだ」



 しかしそんな男の態度などまったく意に介さず、エリーシャはウルティナにお金のことを説明する。


 エリーシャにとって顔を見て怖がられる、なんていうのは割とよくあることなのだ。




「そうなんだ、おかねってだいじだね」



 お金で物を買うという世の仕組みを理解して、またひとつ成長したウルティナだった。



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