三ヶ月後



 エリーシャが赤子を拾ってから、約三ヶ月の時が過ぎた。


 最初は何もかもが初めての経験で大変だったが、三ヶ月も経つとエリーシャにも母親としての風格が備わりつつあった。



「ほら、ウルちゃん。ミルクの時間でちゅよぉ~」



 そこには【終焉のエルフ】と恐れられた、かつての彼女の姿はなかった。


 鋭い射殺すような目付きも、赤子の前では目尻がだらしなく垂れ下がってしまい、見る影もない。


 しまいにはこの赤ちゃん言葉である。


 昔のエリーシャを知るものが見れば、天変地異の前触れかと動揺するレベルの変わりようだった。


 そしてこの三ヶ月で一番変わった事と言えば、赤ちゃんに名前をつけたことだろう。






 ――――ウルティナ。略してウルちゃんである。




 相当悩んだが、これがエリーシャが一月考えてつけた名前だ。



「あ~ぶ~……」



 エリーシャがミルクを飲ます為、部屋の隅っこで丸くなって眠るメリィの元にウルティナを連れてこうと近付くと、ウルティナは首を左右に振った。



「ど、どうしたというのだウルちゃん!? まさか……これが噂の反抗期、というやつか……!?」



 大袈裟に頭を抱えながら、天を仰ぐエリーシャ。



「ばぶぅ、あだ、マ~マ」



 ウルティナはそんなエリーシャの言葉にも首を振り、チラリとエリーシャを見た後で、一人でハイハイをしながらメリィの元にたどり着いていた。



 そして、



「めぇめ、めぇめ!!」


 ウルティナが小さな両手でメリィの背中をゆさゆさと揺らす。


「メェ~」


 すると目を覚ましたメリィは丸まっていた体を起こし、そっと乳房を差し出した。


 メリィも乳をあげてるうちに母性が芽生えたのか、必死にミルクを飲むウルティナを優しい目で見守っていた。


 ちなみに、SSSランクの魔物である『神山羊エアレー』のミルクは、伝説に数えられる程の価値がある。


 そのミルクは一滴飲むだけで、あらゆる傷や病を治し、どんな毒をも打ち消すといわれている。


 大国では数年に一度『神の滴エリクサー』という名でオークションに出回る可能性がある、伝説の秘薬だ。




「おぉ~……何てことだ。うちの娘は天才だったのか」



 一連の流れを見ていたエリーシャは一人でミルクを飲むことを覚えたウルティナに、ただただ感動していた。



「流石、妾の一人娘だな」


「だぶぅ!!」



 すごいでしょ? とでも言いたげに返事をするウルティナ。


 そしてエリーシャはミルクを飲み終えた娘を優しく抱き上げ、背中を擦り、


「――――けっぷ」


 ゲップを誘発させ、ウルティナが苦しくならないようにさせてあげる。

 その姿はもう誰がどう見ても、立派なお母さんだった。



 ◆


 当初の予定では一時的に保護して、すぐに里親を探す予定だったのだが。


 育ててるうちに、エリーシャの中でどんどん、どんどんと母性が育っていき、



「この子は、人間族……もしかしたら他種族の者に苛められるかもしれぬ……」



 様々な種族が暮らすこの世界で、人間族は最弱な部類に入る。


 人間を家畜扱いしてる国すら存在する。


 もちろん弱い種族の中でも例外的な者はいるが、他種族が人間族を下に見てるのは事実。


 そんな世界で、この娘はやっていけるのか。


 エリーシャは心配で仕方なかった。


 だが、彼女は永遠の時を生きるエルフ族の特殊個体。


 共に生きていくことなどできはしない。


 これまでも何人もの仲間の死を経験してきた。


 どんなに親しくなろうとも、そのほとんどが自分を置いて死んでしまう。



 生きる"時"が違いすぎるのだ。



 エリーシャが何百年もの間、他者との関わりを断ち『終わりの森』に暮らしてるのはそういった理由もあったりする。


 どうせ皆自分を残して死んでしまうのなら、その度に胸を抉られるような悲しみに襲われるのなら。


 もう最初から関わりなど持たなければいい――――と。



「妾が責任を持って、誰にも苛められぬように育ててやるからな」



 多くの葛藤はあったが、エリーシャは最終的にウルティナがある程度自分の意思を持ち始めるまでは育てることに決めた。


 その間に、自分が教えられることは全て教えるつもりだった。


 もしも自分と離れて暮らすことになった時、一人でも、最弱の人間族でも生きていけるように。



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