乳
『終わりの森』をある一定の方向に進むと、しばらくして大樹を中心に円状に拓けた場所に出る。
その大樹の中を魔法でくり貫いた場所を家代わりにして、エリーシャは住んでいた。ちゃんとドアや窓もあり、家具も揃っている。一般的な家と比べてもなんら遜色ない、立派な家と言えるだろう。
そしてこの大樹の周辺には、『終わりの森』に棲むSランク越えの魔物達も決して近づかない。
エリーシャがここに住み始めた当初は、女エルフを喰らおうとする魔物達が集まってきたものだが、悉くエリーシャに撃退され続けて、魔物達もようやく学んだようだ。
――――ここに近付いてはいけないと。
現代では災害とまで称されるSランク越えの魔物も、古の化物を相手にしてきたエリーシャにとっては片手間で片付けられる雑魚に過ぎなかった。
「ふむ、一時的に保護する為に連れ帰ってきたはいいが……まずは食事をどうするかだな。赤子といえばミルクだが」
エリーシャは赤子を抱いたまま、家の前の庭で立ち尽くしていた。
「メェ~、メ、メ、メェ~」
「おお、ただいまだな、メリィ」
そんな時、家に着いたエリーシャを出迎えるヤギの魔物の姿があった。
名前はメリィ。エリーシャがペットとして飼っている魔物だ。
当然この森に棲んでいるので弱い筈はなく、エルゾラス王国では
当初はメリィもエリーシャと敵対していた。
他の魔物同様、急に『終わりの森』に住み着いたエリーシャのことが気に入らなかったのだ。
だが、すぐさまエリーシャに戦いを挑んだものの、軽くあしらわれ敗北を喫することに。
それからも幾度となく戦いを挑んだメリィだったが、結果は変わらず。最終的にはエリーシャに勝つことを諦めた。
以降、なんとなく一緒に居ることが増えていつの間にかこのペットというポジションに落ち着いたのだった。
「む、お前もこの赤子が気になるのか?」
「メェ~メェ~」
「こら、何をするか!! お前のザラザラした舌で舐めたら、この子の肌が傷つくであろう」
「メェ……」
赤ちゃんの顔を舐めようと舌を出したメリィをエリーシャが制止する。
メリィはショックを受けたのか、トボトボと離れてしまった。
(ん、待てよ? ミルクならあるではないか、目の前に新鮮なのが)
だがそんなメリィを見て、エリーシャはピンときた。
「待つのだメリィよ」
エリーシャは哀愁を漂わせながら去っていこうとするメリィを呼び止めた。
「お前に頼みがある」
「メェ~!!」
メリィは任せろと言わんばかりに鳴いた。
「この子の為に、乳を差し出してくれ」
「メッ!?」
◆
「ど、どうだ? 旨いか?」
嫌がるメリィを押し倒し、赤子をメリィの乳房の方へ近付けると、赤子は一切の迷いなくカプリと吸い付いた。
――――――チュッ、チュッ、チュウゥゥゥ。
「あ~、ばぶぅ~~」
エリーシャの言葉が伝わってる筈はないが、赤子はそれに答えるように機嫌よくメリィの乳を吸っていた。
最初こそ嫌がっていたメリィだったが、途中からは観念したのか大人しくミルクを差し出すのだった。
「どの種族かは忘れたが、乳の出が悪いときは赤子にヤギのミルクを与えると、昔なんかの本で読んだような気がしたが。まさかこんな知識が役に立つ時がこようとは。次は衣服か……」
魔物の毛皮が余っていたことを思い出し、エリーシャはメリィに赤子を任せ、一旦その場を離れようとした時だった。
「マ~、マ~、マ~マ~ッッ!!!」
さっきまでの穏やかな表情からは一転。赤子は大声で泣き出してしまった。
「ど、どうしたのだッ!? どこか痛いのか!? それともメリィに苛められたのか!?」
「メメェッ!?」
ブンブンと首を左右に振るメリィ。
だがエリーシャが慌てて赤子の元に駆けつけると、泣き声はピタリと止んだ。
不思議に思い、またゆっくりとその場を離れようとすると、赤子の顔が再び泣き出しそうになる。
「まさか、お前……妾と離れたくないというの、か?」
「だぶ、だぶぅ~!!」
「おぉそうかそうか、可愛い奴め」
それはエリーシャの思い込みだったのかもしれないが、この時エリーシャには赤子が力強く頷いたように思えた。
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