古の化物が跋扈する地獄を生き抜いた【終焉のエルフ】〜人間の赤子を拾い、母性に目覚める〜

あんてんしぃ

赤子を拾う

 様々な種族が混在する大国『エルゾラス』



 ここには生まれながらにして最強と呼ばれる種族もいれば、淘汰されるだけのひ弱な種族も存在している。



「ふぅ……疲れた。これだから人混みは苦手だ」



 そんなエルゾラスの国より遥か彼方。濃い霧の立ち込める場所、通称『終わりの森』にて、深めにフードを被った女が一人呟いた。



 この森は魔物の平均ランクがSクラスといわれる恐ろしい森で、一度足を踏み入れたら無事に生還することは難しい、名前通りの入ったら"終わり"の森だ。



 そんな危険な森をものともせずに、女は普通に街を歩くような足取りで奥へと進んでいく。



「……ん!?」



 もはや入り口が見えなくなる程に森の奥へ歩を進めた頃だ。女は魔物の気配を感じとり歩みを止めた。




 ――――ズシンッ、ズシン。



 地鳴りと共に、巨大な何かが接近してくる。



「まだ……この森で、妾に挑んでくるアホがいるのか……」



 女はフードを脱ぎ、接近してくる巨大な何かの方へと顔を向ける。


 フードの下から覗いたのは、それだけで人を殺せそうな程の鋭い瞳と、エルフ特有の長い耳だった。




 ――――グルルルゥッッ。



 木々を薙ぎ倒しながら現れたのは、小山ほどの大きさはあろうかという空腹に餓えた狼の魔物だった。



 魔物の名前は『我王牙キングヴォルフ


 SSランク指定の怪物だ。


 普通のダンジョン等では滅多に見ることはない。


 もし目撃しようものならば、熟練のSランク冒険者ですら逃げ出すレベルの魔物。



 だが、そんな魔物ですら平然と現れるのがここ『終わりの森』と呼ばれる所以でもある。



 多くの種族の中でもエルフは魔法を得意とする種族だが、決して強い種族という訳ではない。


 種族的強さの平均値は丁度中間ぐらいに位置している。


 生まれながらにして勝ち組を約束されるといわれる上位三種族には到底及ぶべくもない。



 そんなエルフ族の女が一人でいる。我王牙キングヴォルフからすれば格好のエサでしかない。



我王牙キングヴォルフか……普段ならば妾に戦いを挑んでくることはない、利口な魔物だと思っていたが。そんな余裕もない程に腹が減ってるのか……」



 少し睨み合った後、我王牙キングヴォルフがしかけるべく体勢を低くして飛びかかろうと力を込めた時だった。



 我王牙キングヴォルフは異変に気付いた。



 カラダが動かない。指の先一本すらピクリとも動かない。まるで圧倒的な力で押さえつけられてるかのように。


 そこで我王牙キングヴォルフは初めて目の前の獲物を凝視した。


 瞬間、空腹で失われていた理性が戻ってくると共に、全身の体毛が逆立つ。




「安らかに眠れ《太古の雷神フルゴア》」




 エルフの女がそう静かに告げると同時に、天より一筋の雷が落ちてきて、我王牙キングヴォルフを貫いた。




 絶命した狼を見つめ、エルフは呟く。



「フン、こんな子犬がSSランクとは…………平和な世の中になったものだな」



 


 ◆


 今この世界には最強と称される、三の種族がいる。



【龍神族】【鬼神族】【海神族】――――神の名を冠するこの者達は周囲から至高の種族と呼ばれ、この世界を動かしていた。


 だがその昔、それらの更に上に君臨する絶対的な種族が存在していた。


 否、種族と呼ぶには相応しくないかもしれない。


【彼女】は途方もない魔力を操り、向かってくる敵を全て殲滅してみせた。


 最弱と呼ばれる【人間族】も最強と呼ばれる【神】の名を冠する種族も、彼女にとっては等しく弱者だった。


 何人、何千、何万いようとも彼女の敵ではない。


 そう、彼女こそ永遠の時を生き、一つの時代を終わらせたことすらある、エルフ族の特殊個体。


 ありとあらゆる生物は彼女を恐れ、敬い、こう呼んだ。



 ――――【終焉のエルフ】と。




 今でこそSSランクの魔物として恐れられてる我王牙キングヴォルフだが、彼女の生まれた時代ではエサとして淘汰される存在でしかなかった。


 昔は今の時代の魔物が束になっても敵わないような、本当の化物だらけの地獄だった。


 そんな時代を生きてきた彼女に、勝てる筈もなかったのだ。




「ム厶、しまったな……あの調味料を買い忘れてしまった」



【終焉のエルフ】と恐れられた彼女エリーシャは、いつしか他者との関係に疲れきってしまい、何百年もの間、世間と関わらずにひっそりと生きてきた。



 この終わりの森に住んでいるのもそれが理由だ。


 食料はこの森の魔物を狩って解体すればいいし、ここには泉もあるので飲み水にも苦労はしない。


 そしてなにより一番気に入っているポイントは、他者に会うことが基本的にないということだ。


 こんな危険な森に近づく者など早々いないし、ましてや暮らそうとする者などエリーシャ以外に皆無だろう。


 なのでエリーシャにとってここは、ひっそりと暮らすには絶好の場所だった。


 彼女が唯一他者と接触の機会があるのは、数ヵ月に一度だけ遠方にある大国『エルゾラス』に調味料や生活に必要なものを買いに出かけるときくらいだ。


 長年生きたエリーシャの舌は肥えていて、毎日自分で狩った魔物を調理して、色んな味付けをするのが数少ない楽しみのひとつになっている。


 故に、調味料の買い出しは必須であり、料理の味付けにはかなりの拘りがあった。



「仕方ない、もう一度行くか……」



 フードを深く被り直し、エリーシャは再び『エルゾラス』へと飛んだ。


『終わりの森』から『エルゾラス』までは、普通なら歩いて一月はかかる距離に位置している。



 が、それは普通の人間だったらの話だ。



「突き抜けろ《太古の風神カルデア》」



 風を自在に操る古の魔法。


 歩いて一月かかる距離を、エリーシャは空を風に乗って移動できるので、三十分程に短縮できるのだった。







 ◆


「妾としたことがこれを買い忘れるとは……次からは気をつけねばな。――――む!?」



 買い忘れていたお気に入りの調味料を手に入れ『終わりの森』へと入る直前、エリーシャの長く尖った耳がとある音を捉えた。




「――――おぎゃーおぎゃー、おぎゃあぁぁ」




 耳をピクピクと動かしその音の元へ行くと、赤子の入ったバケットがポツンと不自然に置いてあるのを発見した。


「人間族の赤子か、こんな所に捨てるとは……望まれずして生まれた子供といったところか」


 入り口付近とはいえ、こんな危険な場所に無力な赤子を置き去りにするなど、捨てた者の目的は想像に難くない。


「おぎゃーおぎゃー」


「フ、可哀想ではあるが、自らの運命を呪うんだな……」


 エリーシャは数分間赤子を見つめ、どこか迷ったような表情を浮かべたあとで、自らの家がある森の奥へと一人消えていった。










 ◆


「……」


 だがその僅か数秒後のことだった、何故かエリーシャは赤子の元へと戻ってきていた。


 そして、何かを考えながらグルグル、グルグルと、赤子の回りを歩いては止まりを繰り返して、


「このままじゃお前の泣き声がうるさくて、安眠できそうにないからな、仕方なく、仕方なくだが、一時的に保護してやろう」



「――――きゃはっ、あーあー、あぶー!」



 赤ん坊はエリーシャが抱き抱えると、さっきまで泣いていたのが嘘のように、晴れやかにキャッキャと笑う。



「あぅー、マッマ、マ~マ、きゃっきゃ」


「この赤子、妾のことを今ママと呼んだように聞こえたが……」


「マ~マ、マッマ、だぶぅ、マー」



 抱き抱えた赤子の両手が、エリーシャの頬をペチペチと叩く。



 瞬間、強烈な感情がエリーシャの胸を貫いた。



「――――うッ、まさか、この歳になってようやく理解する日がこようとはな…………フフ、なるほど。そうか、これが、この胸の内にあるもの、これこそが――――――母性か」




 長きに渡り、他者との関係を断っていた【終焉のエルフ】の子育てが幕をあけたのだった。




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