第九百二十三話 ソロモンとベリアル

 これまでのことをヤトカーンに話すと、こちらの話を真剣に聞き出した。

 ついでにカーンという名前から、アルカーンさんやリルたちのことも聞いてみた。


「カーンっていうのは一つの大きな権力を持つものの名なんだよ」

「それで知らないのが不自然ってことなのか? あんたは有名人?」

「あんたじゃなくてヤトって呼んでくれてもいーよ。そうだね、私は名前がそこそこ

知れてるから」

「ヤトの姉御は三つの皇国で自由に遺物研究をして良いと認められた妖魔でさぁ」

「それで、妖魔君は地上にも詳しいんだよね?」

「全ての大陸や島を渡ったわけじゃない。何せ広大な世界だ。詳しく知るのは精々三、四

大陸のみだよ。地底の四皇国は回るには回ったが……」

「奈落も行ったの!?」

「ああ。冥府も……」

「冗談だよね? 先兵のアルケーが許すはずないよ」

「いや、地上から冥府に向かう門が……」

「うんうん」

「待て。こんな話している時間無いんだって。急がないとメルザが……」

「メルザ? 妖魔君が急いで会いに行く程重要な人物?」

「……姉御の悪い癖が始まっちまった」

「お水! お水をもっと! 味付けが悪すぎますわ!」

「おばさんは黙ってて。今良いとこなの」

「あなた、やはり死ぬ覚悟がありますわね」

「ちょっと待った落ち着け! 休憩したしそろそろここを出てフェルス皇国へ向かいたい

んだけど。この場所での用事は済んだのか?」

「もう少しなんだ。仕方ないなぁ。後は道すがら聞くよ。妖魔君とおば……ベルシアは

休んでて」

「さぁわたくしに早く血を! あの小娘、許せませんわ!」


 俺の血をエネルギー貯蓄庫のように言わないでくれませんか。

 ……その後ベリアルを封印から出して、甘すぎる謎の食べ物を二人で食べ終わる頃に

逃げるように出て行ったヤトカーンが戻って来た。

 どうやら掘り出せなかったようでまた考え始めた。

 そして……ベリアルを見て再び興味を引いたのか近づいて来る。

 

「話したいことは全部移動開始するまでお預けだ!」

「仕方ない、片付けるか。アイジィ、後片付けはよろしくね」

「俺たちは北へ向かう予定だったのに、本当に良いんですかい? ハルの旦那に怒られますぜ」

「いいのいいの。気分が乗らなかったってことにして。こっちの妖魔君についてく方が絶対面

白いし発見があるって直観が言ってるんだよねー」

「おいルイン。ちっとばかし良いか」

「何何―? 私も行くー」

「おめえはついてくんな!」


 ベリアルに興味津々なヤトカーンは、俺とベリアルのそばから離れようとしない。

 しかしベリアルは内密な話がしたかったようだ。

 全く空気を読まず、ヤトカーンはテントのような場所から外に出てもついてくる。


「仕方ねえ。ソロモンの残骸……ここにおめえを誘導したのには理由がある」

「やっぱお前、ここに来させたかったのか」

「ああ。昔ここで戦ったことがある」

「え? え? この鳥ってそんな昔から……」

「おい! 盗み聞きしやがるのは許してやってるが、話に入って来るんじゃねえ!」

「はーい。大人しく聞いてるよー」

「……けっ。ソロモンの塔ってのはここのを入れて全部で六つあった。残りの五つは全て

封印されてやがったはずた。だがよ、何者かの手で封印のうち幾つかは解かれてやがる」

「そのソロモンの塔ってのがどうかなると地上と地底が一つになるのか?」

「いや、それだけじゃダメだ。俺たちソロモン七十二柱は十二名ずつで構成される集団

だった。絶対神側の軍勢と戦い、敗北した。俺の軍団も十二名で構成されたが……配下と

して残ったのはダンタリオンのくそ野郎とデカラビアだけ。他の奴は散り散りになっ

た、或いは裏切っていなくなりやがったのさ」

「……お前が守ってたのが、この場所ってことか」

「まぁ、そういうことだ。六つの塔、それぞれを結び中央に力を集約させてベオルブイータ

ーを滅ぼす。それが完成すれば地底は地上へと浮上していたはずだ」

「何故そうする必要があったんだ?」

「ここに奈落があるのは知ってやがるだろ?」

「ああ。タルタロスが管理している場所だったな」

「気に入らねえんだよ。魂を管理してやがるのが、絶対神側ってことがな。全ての魂はゲ

ンドールに変換されるべきだ。俺の魂も。ルイン、おめえの魂、カイオスもだ。俺たちは

絶対神の操り道具じゃねえ。魂は一重にゲンドールを巡り返すべきだ。だが俺のやり方は

傲慢だった。目的のために手段は選ばねぇ。そのやり方が、良くは無かったんだろうな」

「それは……何とも言えない。人はときに強烈な指導者を必要とする。だが必要とされてい

る状況が変われば、その力を恐れられる。何処までも都合が良い……英雄なり得るものは

必要とされるときだけ英雄であって、必要な時が過ぎればただの基地外扱いだ。そして死ね

ば英雄とされ称えられる。著しく能力があり過ぎるものを皆、恐れるんだ」

「ふん。俺はベリアルだ。恐れられる存在で構わねえ。だがな、悲願は成就してえ。それ

が……ソロモンの誓いだ。下らねえ話をして悪かったな」

「お前の仲間はまだいるんだろ?」

「さぁな……どのみちこの姿だ。もう誰も分かるはずもねえ」

「それじゃ私が、君をその当時の姿に戻すための道具を作ってあげよっか?」


 ……突然我慢しきれず会話に入って来るヤトカーン。

 何を言ってるんだ? 


「ふん。必要無ぇお節介野郎だな。大体なんだこの小娘は。どっから湧いて出てきやがったんだ?」

「ヤトカーン。小娘は止めて欲しいねー。魔人ベリアルって伝承の生物かと思ってたけど、実在した

んだー。今の話も本当みたいだし。やっぱり妖魔君についていくって言って正解だよー。もう契約は

しちゃったし今更取り止め出来ないよ?」

「俺には関係無ぇことだ。話すことは話した。ルイン、忘れるなよ。ベオルブイーターは倒す。ソロ

モンの力が無くても必ずだ」

「ああ。分かってるさ。ギオマとの誓いでもある。あいつも首を長くして待ってるだろう。そろそろ行

こうか」

「ご免ねもうちょっとだけ待ってくれる? そっちの瓦礫の下にアーティファクトがあるはずなんだ。

ほら」


 そう言って、顔を近づけて片目のレンズを俺の間近まで持ってくるヤトカーン。

 近いから! これでも結婚してるんです。あまり近づかないでもらえる? 


「ちょっ! 外に出て一体何をしてますの……あなた!」

「えっ?」

 

 背後のベルベディシアが怒りに震えている。

 いや、何って……俺はベリアルと話していただけなんですが。

 そんなベリアルはもう封印に戻ってていなかった。 


「丁度良いところに! ベルシア、こっち来て」

「えっ? ちょっとあなた、気安く触らないで欲しいのだけれど?」

「いいから!」

「強引な小娘ですわね……」


 怒りに震えるベルベディシアだが、強引に腕をつかみ引っ張っていくヤトカーン。

 こいつは……もしかしたらベルベディシアを上手く抑えられる妖魔かもしれない。

 

「ここと、こことここに雷撃を」

「……わたくしをこき使うおつもりですわね?」

「食べた分はしっかり働いてくれないとね」

「あの甘すぎる美味しくない食べ物のために働けと、そう仰りたいのかしら?」

「いいからいいから。ほら、早くしないといつまでも美味しい物食べれないよ?」


 はぁ……と大きくため息をつくと、ベルベディシアは指定箇所に電撃を放出していく。

 いつもながら思うが大した威力だ。


「よっし! やっぱりあったー。私の導映鏡ってね。強いアーティファクトを映し出す効果

があるんだ。たまにはずれるけど」

「これは……杖ですわね」

「幻想級かなぁ? うーん、分からないけどもっていこう。後はこっちも」

「こちらは指にはめて使うものですわね。ふうん、まぁまぁなお宝といったところですわね」

「なんだ、ベルシアもお宝好きなんじゃん。でもこれだけかぁ。やっぱり神話級ってみつか

らないんだよねぇ」

「それはそうだろう。フェルドナーガやフェルドナージュ様だってやっきになって探してるく

らいだし」

「私も持ってるんだけどねー」

「姉御ぉ! そんなこと教えたらまずいですぜ!」

「そーかな。妖魔君たちなら大丈夫だって。さて、それじゃ出発しよっか」

「この渓谷の穴にモンスターがいるよな。それらが襲ってこないのって、お前……ヤトがも

つっていうアーティファクトの影響なのか?」

「正解。エンプティエネミーっていう道具があってね。敵意を無効化するって効力が働くわけ。

これが無いと歴史を調べるなんて無理無理。遺物発掘現場も大抵は危険地域だからさー」

「面白いアーティファクトもあるもんなんだな。アルカーンさんでも作れないようなものだ」

「さっきも言ったけど。アルさんと私は無関係だからね。私のカーン一族はアルさんたちの

カーン一族と違ってフェルス皇国側の妖魔じゃないの。私の出身はベレッタの南西だもの」


 と話しているとベリアルが出て来た。

 口を挟みたくなったのか? 


「そもそもよ。ベル家、フェル家に次いで実力者だったカーン家がフェル家のみに加担してるって

方が妙だとは思ったぜ。小娘がベルータス支配域の妖魔ってなら納得だ」

「私はベルータスとも関係無いよ。ベリアル君は昔の話をよく知ってるみたいだけどさ。近年の地

底の話をよく知らないね。ベル家とフェル家とカーン家の三大勢力なんて数百年かそれ以上前の話

でしょ? 今はフェル家、ベル家、月家、シトラ家、ヤルク家……」

「っと待った。長くなりそうだから歩きながらで頼む。まじで急いでるんだって」

「大体小娘の話なんざ俺は興味無ぇ。ほら行くぜ」

「やれやれ、ですわね……」


 ベルベディシアがそう言い残し、俺たちは峡谷の先を目指し始めた。

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