第九百二十四話 アスピド ケローネの系譜を受けたモンスター

 フェルス皇国へ向けようやく出発出来そうだ。

 ヤトカーンは地図のようなものを取り出して俺の目の前にそれを広げて見せる。

 しかし……「汚くて読めないんだけど」

「妖魔君って結構失礼なやつだね。ちゃんとみてよ!」

「えーっと、ミミズみたいな絵と穴みたいな絵と、何だこれは。くず紙が散らばってるのか? 

現在地すら分からん」

「姉御はとびっきり絵が下手なもんで……」

「あらあら。所詮は小娘ですわね。何てみじめな絵なのかしら」

「じゃあおば……ベルシアが書いてみせてよ!」

「わたくし、道が分からないのだけれど?」

「そうだった……」

「こっちを使ってくだせぇ」

「おお、アイジャックの方はちゃんとした地図だ! 現在地は渓谷の中層? ここで中層

なのか」

「別にさ。地図なんて書けなくてもさ。目的地に着ければいいんだしさ」

「いじけるなよ。中層から下層に降りて南東に進むと……アルラウネの樹? て場所がある

のか。なんかやばそうな場所だな」

「そこを通らないと厳しいんだよね、フェルス皇国に向かうのってさ。それでそれで? 

行ってどうするの?」

「フェルドナーガ軍を蹴散らす……いや蹴散らされている可能性が高いので皆を落ち着かせ

る……かな」

「ふーん。面白そう! 混ざってもいい?」

「ヤト。お前は巻き込まれなくてもいい。フェルス皇国側の妖魔じゃないのだろう?」

「んーとね。私は私の中で気になってしまったことを決して中途半端に終わらせたりしない

の。だから妖魔君についていくと決めた以上、必ずついていく。それは私が勝手に巻き込ま

れるだけだから気にする必要はない。うん。それが私だもの」

「姉御はこういう性格だから、なるべく誰とも関わらないようにしてるんでさぁ。しかし姉

御が会ったばかりの相手にここまで興味を持つなんて初めてで、驚いてるんです」

「わたくしにはただ取り入ろうとする小娘にもみえますわね。彼の魅力は妖魔のものなのか

も知れないのだけれど。この絶魔王、ベルベディシアが一目置く存在であることは認めてい

ますわ」

「なんかおばさんって偉そう……」

「おい止めろ、聴こえたらまた争いが勃発するだろ! さぁ行くぞ。まずは下層にだろ? 

どうすりゃ行けるんだ?」


 現在地はどう考えても渓谷の一番下だ。

 これ以上下に行けっていうなら地面でも掘らないと進めないだろうに。

 

「下じゃないよ。上見て。穴が沢山開いてるでしょ」

「まさか、あの穴のどれかを使って下に降りるのか!? あの中にはモンスターがいるん

だろ?」

「アスピドケローネってモンスター知ってる?」

「アスピドケローネ? 何処かで……そうだ、過去に一度クリムゾンが招来したことがあっ

たな」

「本当!? 凄いねその……妖魔?」

「いいや幻魔人だ。指先が長い鉤爪かぎづめの形をした美しい男だ」

「幻魔人!? 聞いたアイジィ。幻魔人にも会えるって!」

「……しまった。話を進めてくれ、頼む」

「んーと。アスピドケローネっていうのは本来が海に生息する巨大亀なんだけどね。

ここにいるのはその系譜を受けたモンスター。シャーグスケローネっていうんだ」

「シャーグスケローネ? 聞いたこと無いな」

「それはそうだよ。ここにしか生息してないんだから。文献は私がまとめたの。アスピド

ケローネの系譜を受けたモンスターって証拠を見つけたのも私だからね。名付けたのも私。

モンスターの生体には詳しいんだ」

「それって凄いことじゃないのか。つまりそいつの巣を通って安全に下層へ向かえる。そう

いうことなんだな」

「ええっと……行けば分かるよ。少し渓谷を登って最初に見えた手前の穴に入って」


 不安ながらも言われた通り全員で下って来た渓谷を少し登る。

 穴は大きく、中は暗くて良く見えない。

 風が入り込んでいるのか、ヒューヒューといった音だけが聞こえる。


「明かりが無いと進めないぞ」

「いいから、ほら。ちゃんと入って。少し匂うけど平気だから」

「嫌な匂いがしますわ。獣臭ではなく、水の濁ったような匂いですわね」

「姉御ぉ。本当に平気ですかい?」

「んーと、半々位かなー」

「何が半々なんだ? 本当に何も見えな……」


 言われた通りに暗い穴の中を手を伸ばして進むと、少しぬめったような何かに手先が

触れた。


「おい、何かに触れたぞ」

「うんー。それがシャーグスケローネ。直ぐに明かりつけると襲って来るからね。優し

く撫でてあげてね」

「……気持ち悪いんだけど」

「ほら我慢する。男の子でしょ?」

「あのな……男とか女以前に、先に説明してくれよ」

「何? それじゃベルシアにやらせるって言うの?」

「お前がやれば良かっただろ!」

「大声出すと機嫌そこねるから。優しく、優しくねー。もうちょっとだから」

「……地底に来てから俺の運気、凄く下がってる気がする」


 本当、ろくな目にあってない。

 そしてヤトカーン。彼女と出会ってしまったことも災厄ではないかと思えて来た。

 仕方なくぬめりけのあるツルツルした何かを撫でると、ヒューヒューといった音が

徐々に落ち着いて来る。

 この音は風が入り込んでいる音ではなく、こいつが発していた音のようだ。

 ……なんなら一匹位封印出来ないものだろうか。

 そうすれば少し戦力になりそうだが……しかしぬめぬめしてるモンスターは嫌だな。


「よし。音も落ち着いて来たしそろそろ良いかな。えいっ!」


 ヤトカーンが突如光を発する何かを天井に放り投げた。

 それはペチャリという音と共に天井へへばりつき、周囲を緑色の光で照らしだす。

 何だ? これ。どっから出したんだこんなもの。


「ロブロオーーン」

「よし、成功! ロブロオーンって泣いたら警戒されてない証拠。こうやって手順を踏め

ば大人しいいい子なんだ」

「思ったよりでかいな。顔がサメの胴体が亀の様だが、甲羅が鱗っぽい」

「面白い生物ですわね……でも触りたくはありませんわ」

「何言ってるの。この子に乗って下に降りるんだよ。早くしてよ」

「はい?」

「ロブロオーン!」

「妖魔君、気に入られてるみたい」


 顔が若干にやけ顔のサメは俺の手に顔をこすりつけている。

 ……どうしてかこういった生物に気に入られる宿命を帯びた戦士のようだ。

 そして、ぬめりけのあるシャーグスケローネの鱗甲羅部分へあっという間にまたがる

ヤトカーン。

 ……これ、本当に乗らないとダメなんですかね? 


「さぁいっきに下層へ向かうよ!」

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