第百十五話 悔いが残らないように

 ――俺たちは真っ逆さまに砂へ飲み込まれ、地中深くへと落ちていく。


「くそ、まじかよ! メルザ! おいメルザ!」

「……」


 だめだ、メルザは突き飛ばされたショックで意識を失ってる。

 まずい! 考えろ! そうだ、メルザに持たせた神の空間で安全だけでも確保しないと! 

 地面に近づいたらトウマを出して、クッションに……ってなんだあれは!? 


「うおおおおおお! クソゲーかよ、くそがっ!」


 ――落下している先には、巨大な魚が口を開けていた。

 このまま飲まれたら即死だ。

 こうなったら一か八かだ! 


「てめえごとクッションとして使ってやるよ! 潰れろ!」


 目を閉じ前方に意識を集中させる。


「ピアニーインパルス」


 直後、ドゴォという衝撃音が前方に鳴り響いた。目が開けられない。

 すぐさま俺は見えないまま、神の空間をメルザの腰袋からまさぐって使おうとした。

 意識がもう持たない。


「ファナ、すまない。あとは……たの……」


 俺は化け物のような潰れた魚の中で、意識を失いそのまま落下する。


「当然よ。本当に借りを作りっぱなしなんだから」


 ファナは俺をぎゅっと掴み、落下する魚からふわりと脱出。

 そのままバットに変身してゆっくりと降りていった。

 神の空間は発動していなかった。

 どのくらいまで下に落ちていったのかわからないが、落ちた先はかなり開けた空間。

 多少の光はあるが、とても暗い。

 そして気温も低い。

 地に着くと、ファナは変身を解いて、ルインと繋がれたメルザを降ろした。


「ごめんねメルザ。ちょっとだけ私がすること、許してね」


 そう言うと、ファナはルインを抱きしめた。


「私を信じてくれてありがとう。命を救ってくれた恩、ここで少しでも返すわ。

今度は私があなたを守ってみせる」


 そしてぎゅっと拳を握りしめた。

 ファナは周囲を警戒する。

 先ほどの化け物のような魚が、まだ他にもいるかもしれない。

 二人は今、気絶しているからこの場からは動けない。

 そうだ、忘れてた!  


「おじさん、いるんでしょ……だまって見てたわね」

「いやーあれだよ。べっぴんさん。何も見て無いよ? な? いいシーン

だったけどな? 全然だ」

「いいシーンて見てないとわからないわよね」

「そりゃああれだよ、回想シーンてやつだよ。

見逃したら損だろ? 損しちゃうだろ? な? おい」

「……話したら骨を折るわよ? レウスさんとべっぴんさんだけの秘密だな! な?」


 ふぅとため息をつくファナ。


「それで、おじさんには頼みがあるんだけど。ここで二人がモンスターに襲われないよう

に見張っているか、辺りを調べてきて欲しいのよ」

「俺飛べるからよ。あっち行ってくるわ。見てくる。見てくるわー。まじで」

「お願いね。私はここにいるから」


 ひゅーっとレウスさんは飛び立ち、周りを見に行く。

 それからまもなく……突如巨大なアリの化け物が一匹、メルザとルインの方へ

近づいて来た! 


「ちっ。こんなタイミングで……」


 二人には絶対近づけさせない。

 そう思い、ファナはわざと気付かせるように、巨大アリめがけてアンビラルの

ナイフを投げつけた。


「キリキリキリキリ……」


 アリは擦るような音をたてながら、ファナめがけて突っ込んでくる。

 ファナは今の状態で跳躍は出来ない。

 ホバークラフトのように左に旋回しつつ、苦無を投げつける。


 タントンタトンと連続して苦無が地面に刺さる音がする。

 一発も当たっていない。

 足が不自由な状態での戦闘に、全く慣れてなどいない。

 太ももに隠してある吹き矢も、持っているナイフも何一つあたらない。


 かといって変身する暇も、あのアリは与えてくれない。

 ファナはメルザとルインから、アリを引き離すように移動する。

 アリはファナを夢中で追う。

 完全に得物だと認識しているのだろう。

 捕まれば喰われる大きさだ。 

  

 ――かなり移動して引き離しただろうか。

 これだけ二人から離れれば、その間に少なくともおじさんは戻ってくるだろう。

 ファナは十分だと思った。二人を守れたと。

 ここまで生きてこれたのだって不思議な位だ。

 あの二人ならニーメの事もきっと面倒を見てくれる。

 だから、後はお願いね。

 

 最後に私が一番したかった事は出来たから、もう悔いはないわ。

 ありがとう。ルイン。

 ――そう思いながら、アリに喰われるファナ。




 ――だが、アリは咀嚼していなかった。

 そのままズズンと横に倒れる。


「ぱみゅー!」

「ぱもちゃん? それに……」

「ルイー!」

「もう私の仲間は誰一人、殺させたりしませんわ」

「ミリルにルーちゃん! よかった、無事だったのね……よかった。よかった……」


 ファナはどさりと倒れた。ミリルが慌ててかけより肩を貸した。


「恰好つけすぎですよ。もしあなたが死んだら、ルインさんは自分を責めて

ここから出れなくなるかもしれませんわよ」

「ごめんね。けど私、どうしても二人を助けたくて」

「いいえ、わたくしでもそうしましたから。気持ちはわかりますわ」


 そう言うと、ミリルは微笑む。



「ありがとうミリル。結局私は、また誰かに借りを増やしちゃった」

「わたくしには借りを返すんじゃなくて、ファナさんの笑顔だけ返してくださいね」


 そう言うと、ミリルはファナを担いで飛翔した。

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