【出版作の特別公開】 幸せの評価制度

桃口 優/ハッピーエンドを超える作家

一章 「幸せの評価制度」

 冷たい風が、吹いている。

 遊歩道には風を遮るものはなく、風の勢いは衰えることはない。

 その風が、体に突き刺さっていく。

 私、坂井 穂乃果は今の自分の『幸せ度合い』を確認している。

 例えではなく、私は本当に寒さを痛みとして感じている。

 それは鈍い痛みというよりは、絶え間なくやってくる鋭い痛みだ。

 確かに髪の長さはショートボブと決して長いとは言えない。でもこの髪型が気に入っているから、変えようとは全く思わない。

 子どもの頃から、少しでも寒くなるとすぐに風邪を引いていた。だから一年に何度も風邪を引いていた。

 今もコートを着て、耳当てとマフラーと手袋を身につけているけど、全然痛みは和らがない。寒くて辛い。私は今でも寒さに苦しんでいる。

 本当は目も鼻も頬もすべて、暖かいもので包み込みこんでしまいたいと思っている。でもさすがにそこまではしていない。そんな防寒グッズはどこを探しても売っていなかったから。

 すれ違う人が、私のことをちらちらと見る視線を感じた気がした。

 どうしてかな。

 確かに今の季節はまだ秋で、一般的にはそこまで寒い時期ではない。

 だからといって私のどこかおかしいかな?

 考えても一向にわからないから考えるのをやめた。

 乾燥のため唇が切れてかさぶたができていたので、私はその一つを力を込めてちぎった。そして、一つちぎると止まらなくなってどんどんちぎった。血が出てきて、またやってしまったと私は思った。

 こんな子どものようなことをしているけど、私は今二十七歳と立派な大人だ。

 でも、子どもの頃からこの行為をずっとやめられない。

 かさぶたがくっついていると、気になってしまうのだ。

 『幸せ度合い』とは、幸せかどうかを評価する制度の中心となるものだ。

 つまり、『幸せ度合い』を確認しているとは、今自分が『幸せ』かどうか確かめていることと同じ意味なのだ。しかもこれには何の道具もいらず、すぐに確認ができる。

 それができるようになったのはいつだったかは、なぜか私は覚えていない。思い出そうとしても、そのことに関する記憶などは頭の中からいつも見つけられない。

 とにかく『幸せ度合い』により、自分が今どれぐらい幸せなのか段階的にわかるようになった。

 度合いという言葉を使っているけど、それは実際に目で見ることができる。

 どう見えるかというと、心臓がある部分に『幸せ度合い』の高さによって、それぞれあるものが見えるようになっている。

 あるものとは、『色』と『形』だ。

『幸せ度合い』は、色と形によって五段階分けされている。それらによって『幸せ度合い』の高さが決まっている。

 『幸せ度合い』が一番高いのはピンクだ。次がイエロー、グリーン、ブルーとなっていて、一番低いのがブラックだ。

 また形も色に対応して五種類ある。ピンクは十字架、イエローは星の形、グリーンは四つ葉のクローバー、ブルーはひし形、黒はハートだ。

 色と形の組み合わせが違うことはない。

 また、自分の『幸せ度合い』だけでなく、他人の『幸せ度合い』も見えるようになっている。

 他の人の心臓がある部分を見れば、自分のと同じように色と形が見えるようになっている。

この制度について、私はいいことだと思っている。

 誰かと比べなければ、自分が今どれぐらい幸せなのかわからないから。

 自分が今『幸せ』かどうかを判断することはなかなか難しいような気がする。

 だから、色や形で分ける制度はとてもわかりやすくていいと思っている。

 またそれぞれの形も、なんだかかわいくていい。

 制度が難しいとややこしいし、五段階というシンプルな制度の方がいいとも感じている。

 『幸せ度合い』は、一日や二日でがらっと変わるものではないとされている。

 それはわかっているけど、私は毎日『幸せ度合い』をこうして確認している。むしろそうすることがルーティンのようになっている。見ることで安心ができる。

 心臓のある部分を見て、いつも変わらずピンクの十字架が見えて、ホッとした。

 私は最近ずっと『ピンク』なんだけど、やはり確認した時に、『ピンク』だとテンションが上がる。

 なぜなら五段階評価制度の上から二番目のイエローの人はたまにいても、ピンクの人はなかなか街中に見つからないから。

 私が『幸せ度合い』の一番高いところに分類されているかと思うと、素直に嬉しくなる。

 今すごく幸せなんだなとわかるから。

 私の『幸せ度合い』がなぜ『ピンク』かというと、夫の蒼が一番関係していると思う。

 彼が、私をとあるところから救い出してくれたから。

 彼に出会えたこと、あの日救ってくれたこと、今も彼と一緒にいることから私の『幸せ度合い』はきっとずっと『ピンク』なのだと思っている。

 誰かにそう言われたわけではないけど、なんとなく思っている。

 彼が私にしてくれたことは、本当にたくさんある。

 ある理由から人生のどん底にいた私を、助けてくれた彼には本当に感謝してもしきれないぐらい感謝している。

 でも、その彼のことで悩み事もあった。

 

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