21.突入






翌日の朝。


無人タクシーを使い、俺たちはセントラルの中心部に来ていた。


「……ここが俺たちの目的地」


「ああ、【純白のカーティス】が執務しつむを行う中央官邸ちゅうおうかんてい。……そしてこの中に『マザー』の演算ユニットが置かれた【論理の間】がある」


俺の確認にアガレスが答える。


無機質かつ巨大なその正方形の建物の周りは高い塀に囲われ、監視用のドローンや設置型カメラが俺たちをにらむ。


唯一の出入り口である巨大な正門は固く閉ざされ、その鈍い輝きで俺たちを静かに威圧する。


敷地内に入れるのは【三賢人】と彼らに許可された者のみ。


常時であれば、ここはランク7のアガレスすらも1歩も入れない聖域だ。


だが、今日は例外だった。


正門の脇に備え付けられた機械にアガレスが顔を近づける。


するとただそれだけで、固く閉ざされていた巨大な門がゆっくりと開き始める。


天命てんめいを果たすために訪れた市民を招き入れるのは当然ということか。


俺たちは何の障害もなく、敷地内に入ることができた。


「……案外あっけないものだね」


目的地である巨大な正方形の建造物を見上げながら、ジュンは少しだけ緊張を崩す。


『いや、ここからだよ……』


「!?」


そう言うヴァナの指がさすその先で建物の扉が開き、中から数人の女性が姿を表す。


…………


予想通りというべきか。


出てきたのは、同じ黒衣をまとった5人の少女。


あのトゥエルブと同じ姿をした少女たちだった。


「……猟犬部隊」


遺伝子操作で大量生産された少女たち。


それはただの噂に過ぎなかったが、こうも同じ顔が並んでいると信じざるを得ない。


「……お待ちしていました。さあ、こちらに」


その内の1人がそう言って、俺を建物内部へと案内する。


促されるままに俺はその後ろについて中へと入った。


ジュンとアガレスもその後に続いて歩を進め


「……っ?」


ようとするも、その足が止まる。


彼ら2人の前に、残りの4人の猟犬部隊が立ちふさがったのだ。


「……通れないんだが?」


顔をひきつらせたアガレスは、その後の展開を予期しつつもそう言った。


「カーティス様から受けた指令は、レイミ・ミチナキを案内すること。他の方をお通しすることはできません」


猟犬部隊の1人が無感情にそう告げる。


「オレには天命が……!!」


「""【三賢人】カーティス様""より、レイミ・ミチナキ以外を通すなと言われています」


アガレスの反論は、即座に切って捨てられる。


『マザー』への拒否権すら持つ【三賢人】の命令だ。


それをくつがえすことは不可能のようだった。


「……さあ、こっち」


「!?」


俺は2人の方へ戻ろうとするが、その腕を案内役の猟犬部隊の少女に掴まれ、建物の中へとムリヤリに連れていかれてしまう。


抵抗もむなしく、俺は奥へ奥へと引きずられて行く。


「レイミ君は先に。僕たちも後から必ず追い付くから!!」


「ああ、こうなっても最後の手がある」


そう言って安心させるように笑う2人の顔は、通路の角を曲がったところで見えなくなってしまう。


その時、俺は確かにその声を聞いた。


――【反逆権リベリオン・コード】発動!!、と。




● ● ● ● 




薄暗く無機質な金属の通路。


建物のかなり奥。


ある大きな扉の前で、ようやく俺の腕は解放された。


捕まれて赤くなった部分を押さえながら、俺は隣に浮かぶヴァナに文句を言う。


「ヴァナ、なんで【反逆権】を発動しなかったんだよ……」


これまでの流れなら、ここでカードバトルに持ち込む展開になっていた所だ。


実際、ジュンとアガレスはそうしたようだし。


勝負に持ち込み勝利できれば、建物内を自由に探索することもできただろう。


なのになぜ?

 

『……それはムリ。この子にもう【反逆権】は使えないわ』


俺の疑問に、ヴァナはそう言って首をふって答える。


『同じ相手に使える【反逆権】は週に1度。それが基本よ』


……同じ相手?


わずかの間を空けて、俺はようやく気がつく。


俺をここまで引きずってきた黒衣の少女に向かって俺は聞く。


「おまえ、トゥエルブか?」


猟犬部隊の少女たちは全員が同じ顔、しかもそろいもそろって無表情だ。


正直、見分けが全くつかない。


「……そうよ。でも個体の名前に意味はない」


「いや、おもいっきり意味がある場面じゃねーか……」


冷たく返すトゥエルブのズレた答えに、俺は呆れ混じりに突っ込みを入れる。


「顔が同じだろうと、トゥエルブは俺と戦った""たった1人の個体""だろ?」


「……!?」


続けて言った俺の何気ない一言に、能面のようだった彼女の顔は崩れ、激しく動揺を見せた。


…………あ、そうか。


俺はこの時ようやく気付いた。


トゥエルブという""1人の少女""がずっと見せていた1つの感情。



―――彼女はきっと、自己に飢えていた。



同じ顔、同じ能力、同じ目的で生み出された沢山の姉妹たち。


与えられた命令をただただ機械的にこなす日々。


そんな環境で自分をまともに確立できるはずもない。


……自己を定義できない苦しみは、俺にも痛いほど理解できる。


思えば会った時から、彼女の行動や言葉の端々はしばしにはそれが常にれていた。


自分と同じだと思っていた俺が、自己を持つ姿を見せる度に彼女は何を感じたのだろうか。


―――ワタシたちは同じなはずなのに。


そんな彼女の去り際の言葉の意味が、ようやく分かった気がした。


だから俺は、あえてこの言葉を続けた。


「トゥエルブはトゥエルブだ。違いもその意味も、これから持たせればいい」


「…………」


トゥエルブは無言。


先程までの動揺は消え、またいつもの無表情に戻っており、その心の内はうかがえない。


少しでもこの言葉が届いていればいいのだが……。


「……この中よ」


いつもの調子に戻ったトゥエルブは、淡々と正面にあった扉を開けて俺を中へとうながす。


最小限の言葉以上はない。


俺はため息をつきながら、言われた通りに部屋の中に入る。


そこには―――、


「…………なっ!?」


『ここは……!!』


視界いっぱいに広がるのは、円柱状のガラスの群れ。


20以上は立ち並んだそれは、人間が丸ごと1人は入れるほどに大きい。


まるでSFに登場する培養槽のようだった。


……いや、これは""培養槽そのもの""だ。


俺の視線は自然と視線を隣に立つトゥエルブへと向けられる。


そして脳裏に浮かぶのは、玄関で見かけた同じ顔の少女たちの姿。


これらの中に入っていたもの、それはきっと―――。


「……そう、ここは私たちの故郷」


その言葉と共に、立ち並ぶ培養槽の奥から新たな黒衣の少女が現れる。


同然のように俺やトゥエルブと同じ顔。


恐らくこいつも、猟犬部隊。


「初めまして。ワタシはイレブン。ここの管理を任されている個体よ」


そう言って彼女はペコリと礼をする。


例によって彼女も無表情な顔だった。


「ここはいったい……」


整然と並ぶ空っぽの培養槽を眺めながら俺は訊ねる。


前後のやり取りから想像は付いていても、確実な情報が欲しかった。


……なぜなら、きっとここは""俺にとっても重要な場所""だと思ったからだ。


イレブンと名乗った少女は頭をあげると、あらためて貼り付けたような笑顔でこう言った。


「……ようこそ、ここは【ホムンクルス・ファクトリー】。ワタシたちの、そして""アナタの生まれた場所""よ」







次回「ホムンクルス」へ続く

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