22.ホムンクルス






ホムンクルス。


それは遺伝子操作によって生み出され、培養槽ばいようそうで育つ人工人類じんこうじんるいのコードネームだ。


彼女らは通常人の何倍もの身体能力を持ち、病気にもならず、命令を忠実にこなす。


培養槽の中へ産み落とされた彼女らの心身は成長促成因子せいちょうそくせいいんしによって高速で成長する。


半電子化された脳は入力される知識・教育データを取り込み、規格きかく通りの知能と人格を形づくる。


開始から数ヵ月で15歳相当の外見となり、培養槽から出されて出荷される。


強く、忠実で、思い悩まず、家族もいない。


シティアルファの安定のため、市民の最大幸福を目指す『マザー』のため、その身を捧げる。


彼女らは理想的な兵士だ。




● ● ● ● 




それがイレブンが語る、ホムンクルスと言う存在だった。


その人工人類ホムンクルスによって構成された部隊、それが【猟犬部隊りょうけんぶたい】なのだろう。


つまりは、ジュンが語ったウワサがドンピシャだったわけだ。


正直、話の内容は大まかには想像通りで、今更そこまで驚くこともなかった。


あえて言うなら、流れ的に目の前にいる2人の少女たちの年齢が見た目に反してすごく幼いだろうことに少し驚いた程度だ。


俺が聞きたいことは、この話の先に合った。


なのでハッキリと聞くことにした。


「……で、俺はいったい何なんだ」


それが俺が1番知りたいことだった。


彼女たちと同じ存在とするにはおかしなところが多すぎる。


身体能力は常人以下だし、何より俺の身体はまだせいぜい10歳程度。


兵士としてやっていける年齢では明らかにない。


そんな俺の疑問に、イレブンはこともなげに答える。



「……アナタは我々の【原型アーキタイプ】。現存する中で""1番古いホムンクルス""です」



と、彼女はそう言った。


「……試作品として、アナタはここでデータを取っていたのです。しかし、10日前のある事故にまぎれてアナタはここから抜け出てしまいました」


感情を感じさせない声色のまま、ワザとらしい身振りを交えてイレブンは語る。


「……その事故の影響なのか、なぜかアナタの脳にはジャンクデータが偽の人格として入力されてしまったのです」


悲しそうなジェスチャーをするイレブン。


「……アナタがアナタだと思っているその人格や記憶は、断片的なデータを自分の記憶だと思い込んだ錯覚さっかくに過ぎません」


貼りついた笑顔を俺に向け、その手を伸ばす。


「……さあ、アナタの本当の居場所に戻りましょう。そして記憶も人格も""本当のアナタ""に調整し直して、シティや『マザー』のために共に奉仕ほうししましょう」


それこそがワタシたちホムンクルスの役割なのですから、とイレブンは話をむすんだ。


差し出されたその手は、離ればなれになっていた仲間を迎え入れるためのもの。


「…………」


俺は、……その手を取らなかった。


当然だ。


おまえは何かの間違いで生まれた偽物の人格だから消えろ、そう言われて素直に従うやつはいない。


それに、


『……マスター、今の話は』


「ああ、分かってる」


心配を含んだヴァナの言葉に俺は短くこたえる。


ヴァナが言いたいことは分かっていた。



―――今の話、おそらくフェイクだ。



1番古いホムンクルスというところまでは真実としても、少なくても後半の俺の人格については嘘だろう。


俺が持つ、自分が昔の人間で元男であるという記憶と人格。


それが意味をなさないジャンクデータによって作られた錯覚?


正直、話の展開が不自然すぎる。


都合の悪い情報を隠している感じがプンプンする。


まあ、目の前のイレブンも嘘を教えられているだけで、本人は真実だと思っている可能性はあるが……。


情報に信憑性しんぴょうせいがなく、話にのっても俺という存在が消されるだけで得はない。


なら、差し出されたその手を取る理由はどこにもない。


「…………?」


一向いっこうに手を取ろうとしない俺の様子に、イレブンは少しだけその能面をくずして動揺どうようを見せる。


次にどう話を切り出そうかと思案でもしてるのか、彼女の視線は宙をさまよう。


「!?」


すると突然、何かに気が付いたようにイレブンの視線は1点でピタリと止まり、その顔に驚愕きょうがくの表情が浮かび上がる。


その視線の先は、……俺の首元?


そこに何が、と手を伸ばしてみると冷たい金属の触感がかえってくる。


それは【従者の首輪セレウス・リング】。


セントラルに入る際にアガレスに付けてもらった、金属製の黒いチョーカーだった。


「……なぜ、そんなものを付けているっっ!!」


それは初めて見たイレブンの、いやホムンクルスの少女の激しい怒りの感情。


見れば隣のトゥエルブも、驚愕と怒りと困惑が混ざったような表情になっていた。


いったいこれが何だってんだ……。


訳が分からず戸惑う俺に、ヴァナがそっと耳打ちする。


『【従者の首輪セレウス・リング】は特定のセントラル市民に忠誠ちゅうせいを誓い、その従者じゅうしゃとなったことを示すものなの』


付けた側にその気がなければただの身分証明書だけど、とヴァナは補足する。

 

……アガレスのやつ、ろくに説明もしないでそんなものを。


しかし、それを俺が着けていることに何の問題が?


その答えはすぐに分かった。


「……シティのために生きる。それが我らホムンクルスの存在理由っ!!それが、どこの馬の骨とも分からないイチ市民の従者になるなんてっ!!」


許せない、というようにイレブンは怒りで手を震わせる。


なるほど。


どうやらそれが彼女の、いや彼女たちの自己定義アイデンティティーのようだった。


「その意味は知らなかったけど、これを着けたのは俺が自分で選んだことさ。とやかく言われる筋合いはないねっ」

 

そう、たとえそれが彼女たちの存在意義をるがすとしても、そんなことは俺の知ったことじゃない。


俺は、俺なのだから。


「っ!!」


イレブンが俺の首元をめがけて乱暴に手を伸ばす。


そこにある忌々しいチョーカーを引きちぎろうとするかのように。


だが、


その寸前で、その手は横から来た別の手に払われる。


「……トゥエルブ、なぜ止めるっ!!」


「……ワタシも、……""自分で選ぶことにした""」


俺たちの間に入ったトゥエルブの声には、確かな決意が秘められていた。


彼女の中でどんな葛藤かっとうがあったのか、そしてその先に何を決意したのか、それは俺には分からない。


ただ、確かなことは今の彼女はもう味方だということだ。


「『反逆権リベリオン・コード』発動っ!!「クロス・ユニバース」!!」


カードが展開され、ホムンクルスの少女同士の戦いが始まる。


「……行って」


背中越しにかけられるトゥエルブのその言葉に、俺とヴァナはこの部屋を出る。


この場から逃がしてくれるというのなら、それに甘えさせて貰う。


【ホムンクルス・ファクトリー】を後にした俺たちは、薄暗い通路を全力で走る。


向かう場所はただひとつ。


三賢人【純白のカーティス】が待つ【論理の間ろんりのま】だ!!







次回「バトル×2バイ ツー」に続く

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