20.前夜2 ジュンとレイミ
「自分はいったい誰なのか、か……」
先ほどまでの不安を全て吐き出した俺に、最後まで静かに聞いてくれたジュンはそう言った。
彼は俺が元男だと主張しているのを知っていて、かつヴァナとは違って普通の人間だ。
こんな悩みを打ち明けられる唯一の存在なので、話を聞いてもらうことになったのは考えてみれば必然だと言える。
だから俺は吐き出した、感情のままに。
俺の中身が男だと言う話も信じていなかった彼だ。
今回の話もバカにされることも覚悟していたが、有り難いことに最後まで静かに真剣に聞いてくれた。
「なぁ、ジュン。あの俺と同じ顔をしたトゥエルブのことで何か知ってることはないか?」
それは俺自身の正体につながる情報を僅かでも得たいという、ワラにもすがるつもりで出た質問だった。
そしてそれは同時に、自分の存在が揺らぐ気がして敢えて避けていた質問でもあった。
俺は無意識のうちに真実を知ることを避けようとしていたのだ。
そんな俺の様子を見てとったのか、ジュンは言葉を選ぶように答える。
「……おそらくだけど、彼女は【
猟犬部隊?
それもまた聞きなれない単語だった。
「【猟犬部隊】っていうのは【三賢人】の私兵で、……僕が署内で聞いた噂だと……クローンの少女たちで作られた部隊だって」
クローン。
……やっぱりか。
俺の悪い想像は少なくても1部は当たっているようだった。
ジュンは続ける。
「それも、唯のクローンじゃなくて。……遺伝子操作で身体能力を上げた人造人間だって……」
トゥエルブが見せたその細身に似合わぬ怪力。
窓の外をつたって侵入してきた身のこなし。
確かにあの身体能力は常人のそれではなかった。
圧倒的なフィジカルを生かして任務をこなす、大量生産された感情のない兵隊。
なかなかに説得力のある噂だった。
ただ、そうだとしても……
「でも、レイミ君は違う」
そうなのだ。
この体の身体能力はお世辞にも高くない。
逃走したり、迷子になったりした時の経験で、それはイヤというほど分かってる。
ジュンの言う通り、少なくても俺は【猟犬部隊】ではないはずだ。
顔が彼女たちと同じである以上、何らかの関係はあるだろうけど。
「……それに君は君だよ。過去がどうであろうと、ここにいる君は男っぽくて真っ直ぐな心を持つ、クロユニが強いレイミ君さ」
そう言って、ジュンは俺の頭に優しく手を添える。
……その言葉に少しだけ、救われる。
まあ、相変わらず女の子扱いされてるのはムカつくが。
夜風になびく髪を避けるように、俺は隣に立つジュンの方を見る。
まだ幼さを残すその少年の横顔に少しだけ大人を感じた。
若くしてシティポリスという仕事をしているのだけあるな、と今更ながらに思う。
そして、ふとあることが気になった。
「……どうしてジュンは俺のことをこんなに気にかけて、助けてくれるんだ?」
考えてみれば、最初から不思議だった。
最初の勝負で賭けていた条件は【俺を捕まえずに逃がすこと】。
ただ、それだけだった。
家に
しかし、服を
しかも聞くと、わざわざ仕事は休みを貰ったのだという。
条件の範囲を明らかに逸脱している、そう思った。
「……」
ジュンは答えず、セントラルの夜景を見つめながら視線を少し迷わせる。
「……答えにくいってんなら別に言わなくても」
「いや、そうじゃない……」
そう言い淀んだ後、少し長くなるけど良いかい?とジュンは確認してから話し始めた。
「……そう、これは10年前……僕がまだ8歳の頃の話さ」
● ● ● ●
ジュンとマリーは幼馴染みで、当時から一緒に遊ぶことが多かった。
でも、それは2人でというわけではなかった。
もう1人、少しだけ年上の男の子がいた。
彼の名前はレイ。
彼はマリーのお兄さんだった。
アウター生まれとは思えないほどに優しく正義感にあふれた少年、それがレイ。
やんちゃで機械好きな変わった妹マリー。
そんな2人と出会った真面目で引っ込み思案なジュン。
そんな兄妹とジュンは住まいが近いということもあって、すぐに仲良くなった。
トラブルメーカーのマリーに振り回されて泣かされるジュンと、そんな2人をいつも助けてくれるレイ。
そんな展開がお決まりだった。
そして、ジュンにとってレイは憧れだった。
年上で大人っぽくて頼りがいがある、というだけではない。
彼は正義感の塊で、そして誰よりも優しかった。
困っている人がいればすぐさま手を貸し。
お腹をすかせた人がいれば食事を分け。
暴力を振るう者がいれば迷うことなく止めに入る。
見知らぬ相手でも手を差しのべる彼の姿は、誰もが自分のことで精一杯なアウターにあって何よりも輝いて見えた。
だが、彼はあまりに正義感に溢れすぎていた。
その日、1体多数のリンチの現場に出くわしたレイは、迷うことなく止めに入った。
同じランクの者には反逆権は使えない。
そこでものを言うのは暴力だ。
彼はケンカが強かった。
だが、相手があまりにも多すぎたのだ。
数人をのした後は体力もつきて不利になり、逆に彼がリンチされることになった。
助けられた男はいつの間にか逃げて姿を消していた。
その場に唯一いたジュンは、恐怖のあまり動けなくなっていた。
ジュンが助かったのは、たまたま通りかかった人が呼んだシティポリスのおかげだった。
殴られ続けたレイの全身はアザだらけのボロボロで、彼は立ち上がることすらできなくなっていた。
そんな彼の傍らで、ジュンはただただ泣きじゃくりながら無力な自分を謝った。
「ここにいるのが、こんな僕なんかじゃなければ良かったのに」と。
自分のことを否定し続けるジュンにレイは言った。
「ジュンはジュンだ。ここにいるのが、そんな後悔ができる優しい君で良かった……」
そして、こう続けた。
「そうやって後悔できているのなら、これから強くなればいい。過去や今を否定しても仕方ない、大切なのは""これから君がどうなりたいか""だ」
それがレイとの最期の会話になった。
この時の頭の怪我が元で、レイは命を落とした。
そして、ジュンは決めた。
""どうなりたいか""を。
沢山の人を助ける、レイの分まで。
目の前でレイを助けられなかった僕が。
そうしてジュンはシティポリスになった。
● ● ● ●
「それ以来、僕は助けようと思ったらとことん助けることにしてるのさ」
そう言うジュンの顔には決意に満ちた表情が浮かんでいた。
「君の真っ直ぐな目を見て、記憶をなくしてるのを聞いて、君の指名手配には何かあると思ったんだ」
だから全力で助けることにしたんだ、とジュン。
「……そうか」
返すべき他の言葉も浮かばず、俺はただそう口にする。
ジュンの持つ大人っぽさの正体が少し分かった気がした。
サァ
2人の間を夜風が通りすぎる。
寒気に当てられ、俺は体をブルリと振るわせた。
「さあ、もういい時間だ。……中に入って明日に備えよう」
ジュンの提案にのって俺たちは室内へ戻る。
不安で溢れていた俺の心は軽くなっていた。
明日の決戦に備え、俺は心の中で決意の握りこぶしを握る。
俺の""どうなりたいか""はもう決まっていた。
勝って自由を勝ち取ること、そして自分を知ることだ。
俺の心にもう迷いはなくなっていた。
次回「突入」へ続く
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