19.前夜
「おお、いい景色だなー!!」
窓の外に広がる景色に俺は
アガレスの自宅であるマンションの1室。
その中に入った俺は驚いた。
高い天井、きれいな壁紙、
そして、ガラス張りの一角の向こう側に広がる、青空とそれをつらぬくビル群の摩天楼。
これぞ、ザ・高級マンションといった感じの部屋だった。
まあ、高層ビルに入ってその上層階に向かい始めた時点で察してはいたが……。
「…………」
隣に立つジュンも物珍しそうに部屋の中を見回している。
こう言っては何だが、ここは彼の住む簡素でこじんまりとした部屋とはまるで別物だ。
恐らくアウターにはこんな物件は存在しないのだろう。
「はっはっは、レイミさんも巡査くんも好きにくつろいでいてくれ」
俺たちの反応を見てなんか得意げにするアガレスには少し腹が立つが、そのお言葉に俺たちは甘えることにした。
今日は朝から移動や手続き、入域検査と盛りだくさんで俺たちはもう疲れ切っていた。
デカいソファーで寝転んだり、デカいテレビを見たり、ベランダに出て景色を楽しんだりと俺とジュンは思い思いの方法でその部屋を堪能した。
そうこうしている間にアガレスが食事を買って来てくれたので、俺たちは夕食にすることにした。
リビングの席に着いた俺は、そこに置かれた食事を目にして驚いた。
「……ディストピア食じゃない、だと!?」
並べられていたのは肉料理にサラダにパン。
買ってきた出来合いのものではあるのだろうが、そこにあったのはプレート食ではない普通の食事。
俺の時代にも見慣れた食べ物たちだった。
「……トマトだ…」
サラダの上に乗ったプチトマト1つにも感動してしまう俺。
俺はこの時代では全ての食事は工場で機械的に合成するプレート食のみになっていると思い込んでいた。
だが、まだ食材という存在も生き残っていたらしい。
「生の野菜なんて見るの数年ぶりだよ!!」
隣に座るジュンもこんな感じで感動している。
俺の想像通り、やはりアウターでは生野菜では入手困難なようだった。
「セントラル市民ならこれが普通さ。オレからしたらプレート食を常食にできるアウターたちの気が知れないね」
そう言ってアガレスはパクパクと無造作に食事をたいらげていく。
貴重な物としてひとくちひとくち噛みしめるように食するジュンとの対比に、俺はまた階級社会の縮図を見る。
こんな感じで夕食も終わり、食後の紅茶を飲んでいるところ。
「じゃあ、明日の確認をしようか?」
とジュンが話を切り出した。
「……やることはシンプルだ」
そう話を始めたのは、今回の作戦の要であるアガレスだ。
「オレの
まずはそう前提を確認し、アガレスは話を続ける。
「それは『マザー』の演算ユニットがある【
『【論理の間】……そこは【三賢人】のカーティスがいる場所でもある、だったよね?』
ああ、とアガレスはヴァナの確認を肯定する。
そう言うヴァナの表情は真剣で、かつそれ以上の何かの感情が込められているようにも見える。
それは俺がここで目覚めてから初めて見る表情だった。
「本来は厳重な警備がなされていて、ランク9以下は許可がなければ入れない場所だけど……」
「ああ、だが今回は""オレの
ジュンの言葉をアガレスが続ける。
アガレスは俺に負けて【目的をあきらめる】条件を課されたが、勝者が許可する場合はその限りではないらしい。
「つまり指令通りに俺を連れてきた、ってことにすれば【論理の間】まではフリーパスってことか」
流石その通り、と俺の言葉をアガレスは笑顔で肯定する。
『そして、そこで待つ【純白のカーティス】に反逆権を使って戦いを挑む……と』
その勝利によって、俺は自由と情報を得る。
それが俺たちの選んだ作戦だった。
俺のカードの実力に全てを賭けた、それは作戦とも呼べない作戦だ。
だが、これが最も安全かつ確実な手だった。
俺の情報が管理者側で規制されている以上、その情報は規制を突破できる高ランク者から得るしかない。
そして『マザー』やランク10の【三賢人】に狙われている以上、それ以下をいくら倒しても追手が途切れることはない。
なら、手は1つ。
全ての根本である『マザー』そしてそれに類する権力を持つ【三賢人】、そのどちらかまたは両方を倒すしかない。
それはとてもシンプルで、そして全ての問題を根本から解決する1手。
ここはカードに支配されたディストピアな未来世界。
なら解決策は""カードで勝つこと""だ。
当然だろ?
「『マザー』が受け渡しに指定したのは明日の朝10時だ。それまではゆっくり休んで備えてくれ」
そう言ってアガレスは作戦会議をしめくくった。
● ● ● ●
誰もが寝入った深夜2時。
俺はベランダでひとり、セントラルの夜景を眺めていた。
手すりに両腕とアゴを乗せ、足先が床に触れるか触れないかくらいでプラプラさせる俺の長い髪を夜風が揺らす。
眼前に広がるのは街の光とそれらの中心に輝く巨大なビル群。
高層から眺めるセントラル景色は、夜でもとても美しい。
だが、そんな景色に心癒されながらも、俺の中ではモヤモヤとした感情が渦巻いていた。
それはあの黒衣の少女トゥエルブの残した言葉がキッカケだった。
―――偽りの名前、偽りの感情、偽りの記憶
―――ワタシたちは同じ
そう語る少女の顔は、今の俺の顔と同じもの。
それらが意味することは……?
それを考え始めると嫌な想像ばかりが頭にわいてくる。
偽りの名前、それはこのレイミという名前のことだろう。
このカラダの娘には別の名前があるということか、あるいは中身になっている俺がその名を使うのが偽りということなのか。
偽りの感情と記憶、これは俺という人格のことだろう。だって俺はレイミじゃないのだから。
だが、""偽り""のいう言葉のニュアンスが引っ掛かる。
だってその言い方では、まるで""俺という人格が作り物""みたいじゃないか……っ!!
俺は500年前に確かに存在した人間で、男で、クロユニの世界王者だ。
そのはずだ。
しかし、疑い出すと途端に疑念が生まれる。
俺には記憶がない。
あるのは500年前の常識と、死んでしまう直前の記憶のみ。
―――まるで""それ以外は用意されていない""みたいに。
俺と言う存在の根幹がグラリと崩れるようなあの感覚がまた俺を襲う。
ワタシたちは同じ、彼女はそうも言った。
姉妹と言うには似すぎた顔、双子と言うには年の離れすぎた姿。
大量生産されたクローン。実験的に埋め込まれた作り物の仮想人格。
そんな言葉たちが頭をよぎる。
ここは未来でSFみたいな世界だ。
荒唐無稽にも感じるそんな想像も、十分にあり得る可能性に思えてくる。
疑い出せばキリがない。
やけにあっさり頭になじむこの世界の常識。
ハダカを見られた時の自分自身の反応。
スカートをはいていることへの違和感のなさ。
それらはまるで、俺が最初からこの時代に生まれた少女だったかのようだ。
つまり""俺""という人間なんて最初から―――、
「大丈夫かいっ?」
「っ……!?」
心配そうなジュンの声で、俺は我に返った。
いつの間にか荒げていた呼吸を整え、ビッショリとなった額の冷や汗をぬぐう。
どうやら俺は自分の悪い想像にのまれて、かなり動揺していたらしい。
端から見て分かるほどに……。
「……ありがとう。……もう大丈夫だ」
そう言って俺は、いつの間にか隣に立っていた優しい少年に笑顔を向けた。
次回「前夜2 ジュンとレイミ」へ続く
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