18.中心都市セントラル






「すぐ終わるから、付け終わるまで動かないでくれ」


そう言って、アガレスが俺の首に黒いチョーカーのような物を巻こうとする。


人に衣服を着けてもらうという行為に俺はかなり抵抗があるが、コレは自分でつけては意味がないらしい。


仕方がないので、俺はアゴをあげてなされるがままにする。


が、慣れないその指先が俺の首筋くびすじを刺激してちょっとくすぐったい。


「…………妙な真似したら殺すわよ?」


「……そんなことはしない」


隣でそんな様子を見るマリーはピリピリとした様子でアガレスをそう脅す。


ちなみにジュンは視線をあさっての方向にむけてこちらを見ないようにしていた。


さて、そんなここは往来のど真ん中。


シティの周辺地域アウターと、中心区域セントラルとを隔てる関所せきしょ


その目の前だ。


アウター側にはボロボロで痛んだ様子が見て取れる建物が並んでおり、その正面のセントラル側にはキレイだが無機質な金属の壁が見渡す限り続いていた。


壁はシティの金属の天頂まで達し、横は緩いカーブを描きながら見える限りどこまでも続いている。


それもそのはず。


セントラルはドーム型のシティ内部に作られたもう1つのドーム。


アウターという存在をそこに住む人間ごと隔離するための""本当のシティ""、なのだという。


その壁の1カ所に設けられた簡素かんそな装飾のつけられた小さな建物。


そこがアウターからセントラルに入るための数少ないルートの1つである関所だった。


そんな大事な要所の割には人通りが少なく、人影はまばらだ。


しかし、そんな数少ない通行人たちのほぼ全員の視線がチラチラと俺たちの方へ向けられていた。


……正直、かなり恥ずかしい。


「よし、付いたぞ」


慣れない手つきでもたもたしていたアガレスだが、ようやくソレの装着が終わる。


アガレスの手によって俺の首に付けられたソレは、赤い線が1本入った黒いチョーカーのようだった。


これは【従者の首輪セレウス・リング】と言うらしい。


詳しくは聞いてないが、なんでもランク1の俺がセントラルに入るにはこれをつける必要があるらしい。


それもランク7であるアガレスの手によって、だ。


これをここで付けるため、俺はこんな観衆かんしゅうのど真ん中で恥ずかしい目にあうことを甘んじる羽目になっていたわけである。


だが、これでようやく準備は整った。


俺がジュンとアガレスに視線を向けると、2人もまた視線を返す。


準備はできている。


俺は2人がそう言っているように感じた。


そう、俺とこの2人が今回セントラルに入るメンバーだ。


マリーには俺たちの帰りを待ってもらうことになった。


そうなった理由は単純だ。


セントラルに入る資格が得られるのがこの3人だけだったからだ。


ランク絶対主義のシティにおいて、中心地区セントラルに入る権利を持つのは通常ランク4以上のみ。


ただし例外として、シティポリスに所属する者も入域にゅういき可能。


つまりランク7のアガレスと、ランク3だがシティポリス巡査のジュンだ。


そしてランク2のマリーは門前払いってことになる。


もちろん、ランク1の俺ことレイミも本来は門前払いのはずだが、物事には例外がある。


何でもランク7のアガレスの権限を使えば、特定条件下でたった1人に限りランク3以下の入域を可能にできるらしい。


その条件となるのが、先程の【従者の首輪セレウス・リング】をつけることって訳だ。


「……みんな、気をつけてね」


マリーの言葉に俺たちはそれぞれのリアクションで返し、関所の中に入った。


移動床にのって運ばれながら、俺たちは様々なセクションを通過していく。


最初に待っていたのは何重ものセンサーゲート。


おそらく空港の検査機械のような物だろう。


治安が悪いらしいアウターから人間を入れる以上、こういったチェックが必要となるのは十分に理解できる。


だが、それ以降のセクションが辛かった。


強風を吹きつけられたり、服を脱ぐことを強制されて消毒液に浸されたり(幸い個人ごとに別部屋だったが)、裸の状態で謎の光を浴びせられたり、etc。


工程も多く、服をようやく着れた頃にはクタクタになってしまった。


「さあ、もう少しだ」


そう言ってアガレスが指さす先に、俺とジュンはゲッソリとしながら目を向けた。


「………おぉ」


「ついに、だね」


その先に見えたのは光あふれる出口のゲート。


セントラルの入り口だった。


開放感のままに、俺たちは移動床の上を走って外へ出る。


ゲートをくぐると同時に視界が開け、明るい光が俺たちを包んだ。



そこはさっきまでいたアウターとはまるで別世界だった。



まず、最初に目に入ってきたのは何処までも続く""青い空""だ。


立体映像なのだろうが、消えかけの点滅状態で金属の天井が丸見えなアウターの空とは違い、本物と見間違えそうなほどの青い空がビルの隙間を埋めている。


そして何より、明るくて暖かい。


春の陽気を感じる風が吹き、俺の白いワンピースを暖かく揺らす。


肌寒かったアウターで冷やされた体は熱を取り戻し、俺は気持ちよく伸びをした。


隣にいたジュンも同じだったのだろう、両手を広げて空から差し込む光を全身で堪能していた。


「…………アウターズ感が丸出しで恥ずかしいからやめてくれ……」


そんな俺たちの様子を見たアガレスが、恥ずかしそうに顔に手をあてる。




● ● ● ● 




関所近くでひろった無人タクシーに乗り、俺たちはアガレスの家を目指して移動していた。


セントラルでいったん身を落ち着かせるなら、そこが1番いいだろうという話になっていた。


「…………」


窓の外を流れる街並み。


それは俺の時代に似ていつつも、やはり未来を感じさせるものだった。


立ち並ぶビルそのものは大して変わらないが、その間を埋め尽くす立体映像の広告や案内板。


道行く人たちの手元にも、ここ数日で見慣れた立体映像の画面が浮かんでいる。


タクシーも商店も、町の設備のほとんどを機械が管理し、全て自動化されているようだった。


崩壊した後の未来を感じさせるアウターとは違い、ここは真っ当な未来の街並みって感じの印象だ。


だが、そこに俺はある違和感をずっと感じていた。


それはそこにいる人間の様子だった。


手元の画面を注視し、誰とも目を合わせず、足早に過ぎていく人々。


それだけなら俺の時代でも都会でよく見られた様子だ。


だが何かが、決定的に違う。


なんというか、そう画一的かくいつてきなのだ。


服装も、所作も、皆がみなどこか似通っている。


街の雑踏ざっとう特有の、あの雑多感が感じられないのだ。


そこが俺の時代、そしてアウターとは決定的に違っていた。


「……キミがそう感じるのは、ここが厳格な管理社会だからかもしれないな」


俺の疑問にアガレスはそう答える。


アウターと違ってセントラルは『マザー』によって厳しく管理されているという。


特にランク4と5の市民の場合、外での行動は常にモニターされているとのことだった。


だから信号無視をする人間もいなければ、ゴミを路上に捨てる人間もいない。


行動の全てがAIによって監視され、評価される世界。


誰もが常に気を張って、正しくあろうとしている街。


だから自然とその行動は画一化かくいつかされていくのだろうと。


……なんだか、嫌な世界だな。


その話を聞いた俺は、素直にそう思った。


まあ、それは俺が過去の人間だからかもしれないが。


「……あれ、それは大丈夫なのかい?」


ジュンがふと気が付いたようにそう言った。


彼の疑念、それは俺たちの行動も""AIに筒抜けなのでは""というものだ。


そうなればすぐに俺を捕らえに誰かがやってくることになるに違いなかった。


だが、彼はその俺たちの不安を笑い飛ばす。


「厳密な監視対象はランク4と5だけさ。オレとその同伴者は大丈夫」


何故ならランク7のオレには行動の自由が与えられてるからね、とアガレス。


ランクの高低によって基本的人権に格差がある。


それがこのシティ・アルファという社会なのだ。


あらためて明言されるとメマイがしそうなとんでもないシステムだ。


「まあそれに、今回に関しては『マザー』に知られてても別に問題ないさ」


だってそういう作戦だったろう?、とアガレス。


言われてみれば、確かにその通りだ。


だって今回の作戦は、




―――アガレスが天命オラクルを果たしたていで、『マザー』の元へ俺を連れて行くというものなのだから。








次回「前夜」へ続く

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