9.霧雨通り(レイニィ・ストリート)







シティ・アルファの朝は薄暗い。


9時を過ぎても日の出程度の光量しかなく、頭上に広がる立体映像のくもり空は点滅の消えかけで、その向こう側の金属の天井が見えてしまっている。


そのうえ日光がないからか、あるいは設定気温自体が低いのか、とても寒い。


薄い病衣を羽織っただけの俺の小さな体にはかなり辛かった。


「その服でアウターの空気は寒いだろうけど、申し訳ないけど服を買うまでのガマンしてね……」


先導するジュンのよる説明によると、低ランク者が住むアウター(中心都市以外をそう呼ぶらしい)の気温はエネルギー削減のために低く設定されており、年中こんな寒さらしい。


こんなところでもランクの格差か……。


人通りの少ない寂れた通りを眺めながら、俺はこの世界の仕組みに気が滅入る。


『さあ、ここの先からが今日の目的地だよ』


角の先を指しながら、ヴァナが教えてくれた。


そこはここまでの無味乾燥で寂しい道とはまるで違っていた。


どこからか立ち込めた霧が周囲をただよい周囲を濡らす、ここまで以上に薄暗い路地だ。


道も建物も手入れが十分されていないのか、一部が壊れたり汚れていたりがとても目立つ。



しかしそこは、ここまでとは違って""とても活気にあふれた場所だった。""



路地の両側は店が軒をつらね、商品らしき様々な物が道を賑わす。


それらを見て回る人や、呼び込みをする店員、道の隅に座り込んでよく分からない商売をしている人々で通りは埋まっていた。


両脇の建物から伸びる数々の看板が、そんな通りや人々をほのかな光りで照らしていた。


「……なんだ、ここ…」


そこは不思議な空間だった。


あえて例えるなら、アジア系のアングラな商店街とでも言うのだろうか。


そんな場所だ。


「ここは霧雨通りレイニィ・ストリート。アウター内にあるものなら、この街で手に入らない物はないよ」


そう言うジュンの説明によるとこうだ。


何十年も前からこの地域の環境制御装置は壊れてしまっており、常に霧のような小ぶりの雨が発生しているらしい。


そのせいで他所よりも一段と気温が低く、また建物や設備の痛みも激しくなってしまいシティからは見捨てられた土地となってしまった。


だが、それが幸いした。


ここはシティによる管理や監視が及ばない土地となり、他に行き場のない多くの人々が流入することとなる。


結果として、ここに新たな街ができた。


人が多くいる所には需要が生まれ、物が集まる。


政府の許可を得ていない非合法な商店がここに集まり、非合法な商売も数多く生まれた。


治安も相応に悪いが、それ以上にここは人と物が行き交うアウター最大の商店街となっている。


「で、ここで知り合いが店をやっててね。そこで服を手に入れつつ、キミの情報も手に入らないかなと」


ジュンが言うには、アングラな地域の住民だが子供の頃からの友人で信用できる人間らしい。


まあ、幼馴染というか腐れ縁って感じかな、とジュン。


そんな彼の説明を聞きながら、俺は周囲の物に目を向ける。


店の中に並ぶ食べ物らしき沢山のパッケージ。


店先に置かれた棚からつり下がるよく分からない機械部品たち。


商品の宣伝を映した、画質が荒く点滅する立体映像。


それらを眺める道行く人々。


道の隅に座ってジッとこちらを見つめる、やせこけた男。


そのどれもが新鮮で、俺は異世界に来たようなワクワク感を感じた。


「……おっ、あれは!!」


その時、1つの店が俺の目に止まる。


そこには様々なカードが商品として並んでいた。


俺はたまらず小走りでそこに駆け寄る。


店の中にはカードの立体映像が多数浮いており、それぞれに値段らしき数字が書いてあった。


そのどれもが、0が5つ以上は並んでいる。


お金の単位は分からないが、近くの食べ物屋の看板の値段が3桁であることから高いのだろうと推測できる。


そこにあるカードの強さ自体は微妙なものが多いが、自分の持ちカードを思えば有用で貴重なカードばかりだ。


「なあ、これって……」


しかし、ジュンに話しかけようと振り向いた先にいたのは、宙を浮くヴァナの姿のみ。


その向こう側に見えるのは、速足で流れる道行く人々だけたった。


『……あーあ、はぐれちゃったね』


なんだかちょっと楽しそうに言うヴァナ。


「マジかよ……」


見知らぬ土地の見知らぬ店先。


治安の悪いという街の中で、少女の体の俺は迷子になっていた。




● ● ● ● 




そこからは大変だった。


人通りが多すぎて、1人の人間を探すのは困難を極めた。


ジュンの特徴を言って探そうにも、なにぶん中肉中背で特徴のない男だ。


10代後半の見た目で黒髪黒目、以上の情報がない。


道行人々に聞いても当然それでは誰も分からないと返すか、知らない別人の情報が出てくるのみだ。


そして何より、この街を少女の体で1人で歩くのは危険だった。


卑猥な言葉で話しかけられたり、カラダを触ろうとしてくるくらいは可愛いものだ。


ウソの情報で変な建物に連れていかれそうになったり、路地裏の暗がりに連れ込まれかけたり。


何か顔写真ような画像と見比べられながら追いかけ回されたり。


その他エトセトラエトセトラ。


身の危険を感じる度にヴァナの機転と全力の逃げ足で逃れたが、俺はそろそろクタクタになってきていた。


ようやく人通りが少なくなってきたあたりで、俺は1つの店に入る。


昨日の夜に食べたAプレートによく似た金属プレートの商品が並べられたそこは、おそらく食品店なのだろう。


それなりに高い商品が多い店なのか、客層も身なりが多少良い人が多いように見える。


ここなら少しは安全そうだ。


そう思いながら、俺は店主らしきオヤジに声をかける。


「いや、見てないねぇ」


だが、またしてもジュンの情報は得られなかった。


俺はため息をついて、宙を仰ぐ。


そうしていると、


「おやじさーん。配線の修理終わったよー」


そんな声と共に、店の奥から1人の女性が姿を現した。


オレンジの髪を首元で左右に結んだ背の高い少女だった。


10代後半ほどだろうか?


まだ幼さを残す顔に油汚れをつけた、ツナギ姿の女の子だ。


「ん?……だれ、この子?」


店主に声をかけた所で、その脇にいた俺の姿に気づいたらしい。


腰をかがませて目線を俺に合わせながら、彼女は俺の顔をマジマジと見る。


「迷子らしい。はぐれた相手を探してるんだとよ」


そう言って、店主は俺が先ほど言ったジュンの特徴を少女に教える。


すると、


「……もしかして、探してるのはジュン・ケイラって名前じゃない?」


「!!、知ってるの!?」


探し人の名前が出てきて、俺は思わずそう叫ぶ。


自分で思っていた以上に、俺は不安でいっぱいだったようだ。


その名前を聞いて、俺は心の底からホッとするのを感じた。


それを見て取ってか、ツナギの少女は安心させるように俺に笑いかけながら言った。



「私は修繕屋しゅうぜんやのマリー。今日、貴方たちが会おうとしてたジュンの幼馴染よ」




● ● ● ● 




「すまない。君から目を離してしまった……」


マリーが連絡を取り、ようやく俺たちはジュンと合流できた。


そして、再開して彼の開口一番が冒頭の謝罪だった。


昨日の夜といい、ほとほと謝ることの多い男だ。


ここまでの苦労を思うと言いたいことは沢山あったが、申し訳なさそうなその顔を見て俺は言うのをやめた。


そもそも、周囲に気を取られて勝手に歩き回った俺にも非はあったし。


「まあまあ、レイミちゃんが無事で良かったよ」


そう言ってマリーがお茶を出してくれる。


ここは彼女の店の中。


さまざまな機械が置かれた修理工房のような部屋だ。


そこにあるテーブルに俺たちは座っていた。


「レイミちゃんの服だったね。昔着てた物からいくつか持ってきたから好きなの選んでよ」


そう言って彼女はテーブルの上にいくつかの服を乗せる。


「…………」


置かれた服は今の彼女の姿からは想像しにくい中々に女の子っぽい服たちだった。


スカートが多く、またなんかヒラヒラしてる部分も多い気がする。


……これを着るのか、俺が……?


「いやー、かわいい女の子だと聞いてたからねー。私が持ってる物で最大限に女の子っぽいやつを見つくろってみたよっ」


大変だったよ、と頭を掻きながら言う彼女を見ながら俺は、余計なことを……、と思わずにはいられなかった。


『良い服を選んでいただいて、きっとマスターも喜んでいますよ』


いたずらっぽい笑顔でそう言うヴァナ。


いい加減学習してきたが、こいつは俺が困るような展開が好きらしい。


今の発言も100%俺が嫌がっていることが分かった上で言っているに違いない。


とんでもないAIである。


「じゃあ、僕は一旦外に出るよ」


服を確認すると、ジュンはそそくさと部屋を出る。


……ん?


この流れはもしかして……、


「さあ、レイミちゃん。お着換えタイムだー」



やっぱりそうなった。








次回「セカンドバトル 突然の訪問者」へ続く

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