8.ディストピア飯と情報収集






「ほんっっっとうに、すまなかった!!」


「いやいや、もういいよ……」


何度目かの謝罪と深々と下げられる頭に、俺は逆に気まずさを覚えてそう答える。


確かにその……アレを見られてしまった直後はびっくりしたし、その時は悲鳴まであげてしまった。


しかし、よくよく考えれば俺の自意識は男なので、実質のところは同性に体を見られただけ。


それにすぐ彼のシャツを渡されて羽織ったので、見られたのも最初の一瞬だけの話だ。


そもそも、自分のカラダについての意識が抜けて不用意に脱衣所から出た俺に非がある。


なので、ジュンの熱心な謝罪には戸惑ってしまうところが大きい。


まあ、逆の立場で考えれば気持ちはわかるが……。


『……ニヤニヤ』


そんな俺たちのやり取りをヴァナが楽しそうに眺めているのが見えた。


自分には関係ないと思って、この状況を楽しんでやがる……!!


だが、今はそんな性悪妖精を気にしている場合ではない。


謝罪の姿勢を崩さない真面目な警察官 (私服) のジュンの頭頂部を眺めながら、この状況をどうしようかと俺は頭を悩ませる。


「…………」


きゅるるる~


間の抜けた音が俺のお腹から鳴る。


「…………」


『…………』


その場にいた全員が虚を突かれたような顔になり、僅かの間の後に僅かな笑いと共に空気が弛緩する。


そう言えば、目を覚ましてから今日は何も口にしていなかった。


腹が減るのも当然だ。


なのでこれは仕方ないことなのだ。


全然まったく恥ずかしいことではない。


ないったらない。




● ● ● ● 




「これが今日の夕食、""Aプレート""だっ!!」


ダーンッ、とでもいうような勢いでテーブルに置かれたのは無味乾燥な金属プレートの食事だった。


いくつかの窪みのある金属プレートで、その窪み全てが単色のペーストで満たされている。


まったく食欲をそそらない見た目のソレは、漫画や映画で見たことのあるいわゆる"ディストピア飯"というヤツだ。


さすがは500年先の未来世界!!


ホントにこんな食事になるんだなぁ……なんとも感慨深い。


「感動してくれてるのは嬉しいけど、なんだか僕の想定と違う気がする……」


俺の反応に微妙に不満げなジュン。


聞く所によると、このAプレートはかなりイイものらしく、豪勢な食事に感動してもらいたかったらしい。


残念ながら、ふるまう相手が過去の世界の人間だったため、この食事には豪勢さどころかみすぼらしさすら感じてしまっていたが。


「……さて、遅くなってしまったがあらためて」


食事がひと段落したところで、彼は真面目な顔でそう話を変える。


「僕はジュン・ケイラ。シティポリスの巡査だ」


色々あって流れてしまっていた今更ながらの自己紹介。


そうとなれば答えるのが礼儀だ。


「俺の名は……あー、今はレイミ・ミチナキって言うらしい。こう見えてもホントは男だ」


「そうか、よろしく」


そう言って俺たちは握手を交わす。


つい先ほどは戦い傷つけあった仲だが、俺をかくまう立場になった以上は彼はもう仲間だ。


その大きな手に頼もしさを感じる。


「…………ん?」


ふと、彼の表情と手が制止する。


「……おとこ?だれが?……キミが?」


俺の自己紹介の内容を時間差でようやく理解したらしい。


戸惑うようなその視線が、俺の顔と身体の間を何度か往復する。


そして、


「…………さっき見た時、ついてはいないように思ったけど――」


俺は問答無用でその顔を殴りつけた。




● ● ● ● 




「なるほど、つまり君は大昔の男性で、気が付いたらのその女の子のカラダになってこの未来のシティにいたと……」


これまでの経緯を簡単に説明すると、ジュンは成程とうなずく。


まとめてみるとなかなか込み合った話だが、理解が早くてとても助かる。


「うん。……まあ、さすがに信じられないね!!」


さわやかな笑顔でジュンはキッパリとそう言った。


「…………」


…………まあ、それはそうだろう。


初めて会った幼い少女が急にこんなことを言いだしたら、俺だって何かの冗談だと思う。


本気で言ってるとしたら、その子の正気を疑うのが先だ。


「それこそ大昔の古典アニメや漫画のあらすじかなとしか思えないよ。……まあ、記憶がないってのはホントみたいだけど」


そう言って彼はアゴに手をあて何やら考え出す。


話の荒唐無稽さを思えば、俺が記憶喪失だという点だけでも信じてもらえただけでも御の字だ。


そこさえ信じてもらえていれば、『俺自身のことを知る』という目的のために情報を収集する方向へ話を持っていける。


このジュンという少年は警察組織の人間だ。


しかも俺のことを追っていた。


ならば最低限、""この身体の少女のこと""は知っているはず……。


だが、その俺の目論見は甘かった。


「……申し訳ないけど、君のことはほとんど分からないんだ」


すまなさそうな顔で彼はそう言う。


「君の容疑は""機密データへの不正アクセス""。あの研究所跡の機材から何らかの政府管理の機密データに不正アクセスした。それが俺の知る全てだ」


後はその名前と顔と市民番号くらいだよ、とジュン。


追手のシティポリスたちには思った以上に俺のことを詳しく知らされていないらしい。


「……ただ1つ分かることがあるとすれば、君はただモノじゃない、ってことくらいかな」


「ん?……それはどういう?」


意味深にジュンはそう言うと、手元に画面を出現させてそれを俺に見せる。


そこには今の俺の顔写真と名前、それと市民番号とやらが表示されていた。


しかし、その他は全てが空欄。


そこに大きく記された文字列はただ1つ。



""閲覧権限がありません。""



「どうやら、君はランク3のシティポリスである僕でも参照できない機密事項、ってことらしい」


なるほど、どうやらこの身体のことを知ることすら難関のようだ。


俺の目標は、思ったよりも手ごわそうだった。


「なあ、ヴァナは何か知ってるか?」


ジュンに聞いてもこれ以上の情報は出ないと踏んで、俺は話の矛先を目覚めの時から近くにいた妖精に変える。


だが、―――


『……ごめんなさい。私のデータには何もありませんね』


そうにべもない答えが返ってきた。


情報収集は手詰まりだ。


早くも目標への手がかりをなくし、俺は心の中で頭を抱えた。


「ん?」


しかしその時、ジュンが何かが意外だったかのようにそんな声をあげる。


「そのユニット、喋るのかい!?」


ビックリしたように彼はそう言う。


ヴァナは最初から話していため、この世界ではそういうものだと思っていた。


だが、ユニットカードの立体映像が会話することは普通ではないらしい。


「もしかして、バトルサポートAIかな?……噂に聞いただけで、僕は初めて見るけど」


少し考えた後、ジュンは1つの心当たりを思い出したようだ。


バトルサポートAIという言葉からして、カード対戦をサポートするAIをユニットカードに付けることができるのだろうか?


『……あ、はい。そんなところです。……私はレイミ様のサポートAIです』


「ここまで普通に会話できるのか……。すごいな、セントラル市民でも高ランクの者にしか使用権がないだけのことはあるね」


ジュンは感心したようにヴァナを間近でジロジロと見つめ、彼女はちょっと恥ずかしそうだった。


ただ、今の話で1点気になるところがあった。


「セントラル?」


聞きなれない言葉だ。


その疑問にはすぐにジュンが答えてくれる。


「シティの中心区域のことさ。ランク4以上の市民は皆そこで生活してるよ」


そんな常識まで忘れてるなんて、とジュンは驚いているようだった。


ランクで住む場所まで決められているとは、階級社会もここに極まれりって感じだ。


しかし、おかげで1つ分かったことがある。



""俺の体はセントラルの高ランク市民と関係がある。""



ランク1である以上はセントラル市民そのものではないようだが、サポートAIを連れている以上は何らかの関連があると見るべきだろう。


なら、次の目標は決まりだ。


シティの中心区域、セントラル。



何としてでも、そこに行く!!











「でもその前に、服を買いに行こうか?」


ジュンのその提案に、ブカブカの男物のシャツを着た俺は無言でうなずいた。








次回「霧雨通りレイニィ・ストリート」へ続く

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