7.少女でお風呂






俺はこの世界で目覚めてから最大のピンチを迎えていた。


目の前の扉の向こうには広がるのは、一面のタイルの床。


その奥にあるのは、お湯の貯まった大きく白い容器。


その横の壁には金属製のシャワーヘッド。



そう、つまりはお風呂である。



目覚めていた時から着ていた薄手の病衣1枚だけで外を歩き、肌寒い部屋でデッキいじりをしていた俺のカラダは完全に冷えてしまっていた。


そうなれば当然クシャミの1つもでる。


そんな俺を見かねたヴァナの「お風呂に入って温まったほうがいいんじゃない?」という一言によって、俺は風呂に入ることになった。


500年経とうと風呂というものはそう変わっていないらしく、浴室も脱衣所も俺が良く知るそれと大した違いはないようだった。


だが、ここにきて俺はとんでもない問題があったことに気がついた。


浴室は扉の先にある。


つまり俺がいるここは脱衣所だ。


――そう、脱衣所である。


読んで字のごとく、""衣服を脱ぐ""場所である。


「…………いいのか?」


目の前の鏡に映った"自分の姿"を見ながらそう自問する。



そう、鏡に映るのは可愛らしい少女の姿。



肩にかかる銀髪、細く小さなカラダ。


鏡の向こうから俺を見つめるお人形さんのような少女。


それが今の俺の姿だった。


逃亡で歩き回ったことで全身に小さなキズや汚れは付いてはいるが、今の俺は間違いなく""美少女""だ。


これまでジックリと見れる状況ではなかったのもあるが、ここにきてようやく俺はそのことを自覚した。


そして、それが大問題なのだ。


男である俺が、この美少女の服を脱がして生まれたままの姿にする。


しかもその後全身を洗うのだ。


そんなことが許されるのか?


誰が許したり許さなかったりするかはよく分からないが、なんだかそれはダメな気がする。


だがだがだがだがだがだが



『……いや、いいかげん脱ごうよ』



鏡の前でフリーズする俺を眺めていたヴァナは呆れたようにそう言った。


指摘された通り、さらにカラダを冷やしてしまった俺の喉からはまたクシャミが外へ出た。


―――へっ、くちゅっん




● ● ● ● 




「………ふあぁ、ごくらく」


薄目にしてできるだけ見ないようにしながら服を脱いでカラダを洗った俺は浴槽につかった。


暖かいお湯に全身を包まれ、今日一日のもろもろの疲れがほぐされていくように感じる。


裸足で歩いていたせいでできた足の裏のキズに水が少し染みて痛いが、それがささいなことに感じるほどにお風呂の魔力は絶大だった。


できるだけカラダを暖めようと、首元ギリギリまでお湯に沈み込む。


ちなみにヴァナは浴室内にはいない。


デジタルな存在(?)とはいえ、他の誰かにハダカを見られるのが何となく嫌だったので出て行ってもらってる。


なのでこれは、今日初めて得られた1人っきりの休息だった。


「……500年、か」


湯船に沈みながら、俺は今日の出来事や知った事実の全てを思い返す。


知らない女の子のカラダになっていたこと。


シティポリスという警察組織に追われる身であること。


そして追手の警官とカードで戦い、傷つきながらも勝ったこと。


過去の歴史とカードにまつわるシステムの話。


ここが遥かな未来で、カードゲームの勝敗に運命が左右される世界で、俺のカラダが女の子?


なんてバカな話だ。


でも。


今日の強烈な経験が、全身に残る痛みが、女の子の頼りないカラダが、それらが全て事実だと訴える。


お風呂の気持ち良さは、記憶に残っている自分の時代のものと何の変りもないというのに。


その他の全てが変わってしまっていた。


ここでようやく、ずっと俺の胸の奥でくすぶっていた疑問が脳裏に浮かぶ。



「なんで、俺はこんなことになってるんだ?」



それは当然の疑問だった。


むしろもっと前に浮かぶべき疑問だったとも言える。


しかし、最初はVR世界の崩壊に関わる事故の延長だと考えていたし、その後は考える余裕もなかった。


今ようやく、その余裕を得たからこそ出た疑問だろう。


だがすぐに、考えた所で答えが出ないことに気が付いた。


俺は知らなさ過ぎた。


過去で自分の身に起きたことも、この世界のことも、このカラダの女の子のことだって。


そして決める。


この世界での最初の目標。


それは『俺の身に起きた、その全てを知ること』だ。


―――そうと決まれば、まずは情報収集だ。


外で待つヴァナに話を聞こうと、俺は湯船から立ち上がる。


そして視界に映る、鏡の向こうのあられもない姿。


「…………」


俺は無言で視線をずらすと、再び薄目になって脱衣所に戻る。


油断するとすぐ忘れそうになるので、ホントに心臓に悪い。


そう思いながら脱衣所に出たところでハタと気がつく。


「…………着替えがない」


ここにあるのは先ほどまで着ていたボロボロの病衣のみ。


風呂上がりに、もう1度それを着る気にはなれなかった。


さてどうしたものか……。


そう悩んでいると、バタッっと玄関が開く音が聞こえてきた。


おそらく家主の帰宅だろう。


あの真面目そうな少年警官に代りの服の場所を訊ねようと、俺は脱衣所からでた。


「…………」


そこには予想通り彼がいた。


だが予想と違い、名状しがたいスゴイ顔をしていた。


「…………?」


「……あ…あ」


固まりながらよく分からない声を出す彼の姿に俺は戸惑う。


……そして、1つのことに気が付いた。


彼の顔はこちらに向いているのに、その視線は俺の方を向いていなかった。


いや、正確には俺の顔より少し下を向いていた。


その視線の先にあるものは……、


「!!!!???」




""その事実""に気が付くと同時に、俺の喉からは自分のものとは思えない甲高い悲鳴が飛び出した。








次回「ディストピア飯と情報収集」へ続く

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