4.脱出






小さな手で何とかマンホールの蓋を開け、俺は地上に出た。


そこは薄暗い無人の裏路地。


冷たい風が体をなで、うすい病衣しか身についていない俺はブルリと身を震わせる。


周りにシティポリスとやらの姿はない。


頼りない小さな肩を上下させながら、俺はようやく一息ついた。


元いた建物から少し離れているとはいえ、周囲に誰もいないとは運がいい。


……これもアイツのおかげ、かな?


俺は、先ほどの戦いの後のことを思い出した。






● ● ● ● 






勝負の決着がつき、カード達が消えた地下道には静寂が戻っていた。


残っているのは俺とヴァナ、そして地面に倒れた少年警官だけだった。


「で、これからどうするんだ?」


カードには勝った。


だが、その後どうすればいいのかが分からない。


分かることは、ただ1つ。


そこで倒れている少年警官に捕まることはなくなった、ということだけだ。


勝負の前、ヴァナは言っていた。


要求は【私たちを捕まえず、逃がすこと】だと。


カードで勝てば要求が通る、多分そういうことなのだろう。


理由は不明だが……。


これで、この場ですぐに捕まることはなくなったハズだ。


そう""この場では""、だ。


上の建物内には、まだまだ沢山の警官がいた。


ここもそう遠くないうちに見つかり、そして彼らに捕まるだろう。


逃げるにしても戦うにしても、一刻も早く動くべきのはずだ。


そんな俺の質問にヴァナは答える。


『そうね、まず……』


「ケイラ巡査、地下にはいたかっ!!」


だが、ヴァナの返事は上階から聞こえた男の声にさえぎられる。


おそらく、他の警察官の声。


まずい、見つかる!!


俺はあせった。


勝負になったとして、また勝てるとは限らない。


なにより、もう電流の痛みはコリゴリだ。


とにかくこの場を離れるため、俺とヴァナは地下道の先に向かおうと動いた。


その時だ。



「こちらに対象の姿はありません!!」



そんな声が上階に返されたのだ。


「そうか、なら早く戻ってこい。これから施設内をローラーする」


そして、上の声はそう言って離れていった。


返事をしたのは当然俺ではない、もちろんヴァナでもない。


「……どういう、つもりだ?」


返事をしたソイツ、少年警官に向かって俺はそう疑問を投げかけた。


彼はため息交じりに答える。


「どうもこうもないよ、負けたからね。僕は【君たちを逃がさないといけない】んだよ」


それが君たちが出した条件ベットだろう?、そう悔しそうに彼は続けた。






● ● ● ● 






『地図によると、こっちだよ!!』


ヴァナに導かれるまま、俺は裏路地を進む。


薄汚れて廃材の散らばる暗い道は、姿を隠すには都合が良かったが、この小さな少女の姿で進むには中々大変だった。


この娘は靴を履いておらず、金属片やガラス片などを何度も踏んで痛い目にあった。


また、道をふさぐ鉄のフェンスも強敵だ。


大人の体なら大したことない高さのソレも、この少女の体では高い障害となり、病衣をひっかけないように全身を使って乗り越えるのも一苦労だ。


実体を持たないヴァナはそれらを素通りしながら先を急かすので、途中で正直ちょっとイラっとしたのは内緒だ。


だが、どうにかこうにかそれらを乗り越えて進んでいくと、少し開けた道に出た所でようやくヴァナが先に行くのをやめた。


そして、彼女は1つの建物を指し言った。



『ここだよ、目的地』



ヴァナが指さすマンション。そこがあの少年警官、ジュン・ケイラの家らしい。


そう【俺たちを逃がすため】に、彼が用意してくれた隠れ家だ。


まさか、警官が自分から逃げ場所の提供までしてくれるとは!!


カードバトルの勝敗は、俺が思っている以上に重い物だったらしい。


しかし、


「……思った以上に、普通のマンションだな」


それは俺の知識にあるマンションそのもので、ちょっと拍子抜けした。


ここはダメージが実体化する立体映像が存在するような世界だ。


想像外の見た目の可能性も考えていたが、住宅の形なんてどこも変わらないということだろうか?


カードバトル以外は案外、俺が知る世界とそんなに変わりないのかも―――。


そんなことを考えていたその時、俺は気が付いた。


見上げたマンションのその先。


そこにある夜空が、自分がよく知る""それ""とは違っていた。




……………どうやらここは、俺の知ってる世界と"思った以上に違う"らしい。




俺の視線のその先、そこに空はなかった。


そこにあったのは、どこまでも続く""金属の天井""だった。







次回「閉鎖都市 シティ・アルファ」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る