第66話 リングフィットをプレイしていると異世界転移した勇者が訪ねてくるんだが

「・・・かしこかしこみ申す・・・」


 4ヶ月が経った11月の事、元アサヒの部屋で、ジンが3度目となる慰霊祭を執り行っていた。


 出席者は、白装束のジンと礼服の大介、同じく礼服の惣三郎の3名だ。


 ジンは、後片付けを終え、ひとつの家具も置かれていない部屋をじっくりと眺めた。


 床が日焼けしないよう窓に薄いレースカーテンが吊るされているだけの部屋は、エアコンもつけていないのに、とても暖かかった。


「惣三郎さんにご依頼いただいた慰霊と地鎮、霊道の封鎖は全て完了いたしました」


 惣三郎が正座し、ジンに深々と頭を下げた。


「ジンくんの尽力のおかげだよ。

 些少だけれども、此方を受け取っていただきたい」


 大介が、ジュラルミンのケースをジンに差し出す。


「なんだかマフィアの取引みたいですね」


 ジンが笑った。

 中身は見ずに持ち帰るようだ。


「アサヒさんと綾子さんは上手く行っているそうですね。

 それにしても・・・大介さん、ちょっと太りました?」


 惣三郎が言う。


「アサヒくんが落ち着いたら私の会社の一つに来て欲しいんだけどね。

 なかなかうんと言ってくれなくて。

 ジンくんからも言添えいただけると助かるんだけど。

 このバカは・・・ダイエットからかな」


 少し、丸くなった大介が言う。


「いやぁ。日本の食事が口に合いすぎて。

 向こうに比べたら運動量めちゃくちゃ減りましたよ。

 殺し合いなんか日本じゃ起こりませんからね。

 一応人生100回分くらいは稼いできたんですけど」




 ******





「マコ、やっぱり、私、西野さんに嫌われたよぅ」


「大丈夫だって。もう二人から何度もお礼言われたでしょ?うまくいったのハルちゃんのおかげですって」


「アヤだけだもん。西野さん、はたいちゃったから」


 アレ、はたいたっていうレベルなのか?


「きっと酔っ払いで暴力振るうDV女って思われてるんだぁ」


 すごいな。クーデレ・酒乱・暴力系ヒロインだったのか。

 多分まだ隠れ属性持ってるぞ。


「俺がハルカの良いとこ全部知ってるから。愛してるよ」


「ホント?」


「ハルカは可愛いなぁ。この姿を観れるのは俺だけだからー、アッちゃんにも見せないよー」


「あ、ちょっと、くすぐったいよぅ・・・」


 ベッドでチュッチュ、チュッチュしている。ほっとこう。


 あ、お酒はほどほどに。ね。





 ******





「あ、こんなパンツ持ってたんだ」


 綾子が引っ越し後も開けていなかった段ボール箱の一つから、サンローランのデニムパンツを見つけた。


「あぁ、うん。昔プレゼントしてもらったんだ」


「入る?」


「ちょっと待って・・・うん。結構すんなり入ったね」


 アサヒがパンツに足を通すとスッキリと足が入った。

 何気にアサヒも身長が高いだけあって、スタイルが綺麗だ。


「大学生の頃に戻った感じ?」


「ふふ。でも、これはもういいんだ。処分しよう」


「うん?そうなの?結構良いと思うんだけど・・・」


「じゃあ、あやが似合うのを選んでくれる?」




 ふたりはアウトレットに買い物に出かけることにした。




「寒くない?大丈夫?」


「うん。今日は結構あったかいね。

 小春日和っていうのかな」


 アサヒも随分とスリムになったものだ。


 今日は白地に黒のチェックシャツの上からグレーのクルーネックニットを着ている。首元にチェックシャツの襟が見える。ユナイテッドアローズだろうか。

 下はドゥニームのブラックパンツで、ニューバランス996を履いている。ネイビーベースにグレーのNのロゴだ。


 綾子は、ケルティの白いプルオーバーパーカーにアーバンリサーチの薄いグリーンのロングプリーツスカートを履いている。

 靴は、アサヒと同じくニューバランス996だ。ベージュのスウェードベースに白いNのロゴには汚れひとつついていない。


「今日はダイちゃんたちはお清めだっけ?」


「うん。その後、にいさんの家で食事会するんだって」


 少しずつ日差しが短くなるなか、二人はデートを楽しんでいた。

 入口の案内看板に置かれたマップを手に散策する。


「次、ビームス行こうよ。

 格好良いのコーディネートしてあげる」


「うん。よろしく。

 そうだ、知ってる?

 アウトレットのビームスのビームスハートって、アウトレット用の商品なんだよ」


「そうなんだ」


「品質全然良いし、結構好きなんだ。

 色んなブランドがアウトレット専用品を出してるんだよ。

 B級品や前のシーズンのものだけじゃないんだよね」


 なんでもないことを話しながらゆっくりと歩いていく。




「今年はクリスマス、あっくんと一緒にお祝いできるね」


「もう少しでクリスマスかぁ。

 一緒に住んでるし、それは大丈夫だけど、お休みとったほうがいい?」


「ううん。一緒にいたいだけ。

 ねぇ、おててつないで」


 買い物を終えたふたりは、仲良く並んでふたりの部屋に帰っていった。


 お互いの手を離さないように、握りしめながら。





 ******





「じゃあ、私は帰るけど、ママが今度ご飯食べに来なさいって言ってたぞ」


 儀式のため礼服姿だった惣三郎は、礼金等の受け渡しが終わり、大介の部屋での食事も終わると引き上げて行った。


 残っているのは、この部屋の主である大介と来客であるジンだ。


 18畳ほどあるリビングダイニングで、上下アンダーアーマー姿の大介は、ダイエットに良いとアサヒから押し付けられたリングフィットアドベンチャーをプレイ中だ。


 窓際に置かれたカッシーナのスリムラウンジチェアに、ジンがその身を委ねている。

 周囲を遮るものが何も無い30階建マンション最上階からの景色を眺めていたが、やがて口を開いた。



「で、此方でやりたいことは大体できたんじゃないですか?」



「ああ、例の話ですか」



 こちらは儀式用の白装束から既に着替えているようだ。

 全身をヨウジヤマモトの黒い服で包んでいる。

 左右非対称で、ゆったりとしているのに、シャープな・・・不思議な印象だ。


 西陽が眩しい。


「大介さんの力なら、他の世界でも無双できますよ」


「それも悪くないッちゃあッ悪くないッんですけどね!」


 大介は、頭の上にリングを掲げて、スクワットしている。

 やがて、モンスターを倒して、フィールドコースをクリアした。


 ゲームを終了するとリングコンとレッグバンドごと取り外したジョイコンをテレビ台の横に置いた。

 ニンテンドースイッチの電源を切り、テレビを消した。


 部屋の中央に綺麗な水色が特徴的なソファが置かれている。

 カッシーナのフローインセルシステムソファか。


 深く座り込んだ大介が、ゆっくりと背もたれに体重を預けた。



「そうですね。

 異世界で無双して、美しい女性から求められるのは悪くないでしょう。

 あなたも経験されましたもんね。

 元、勇者様。

 いや、アレらの力を取り込んだのかな。




 ジンさん」







「まぁ、わかりますよね」







 ジンは変わらず外を見ている。

 夜の帷が降りてきた。




「一度は名前を奪われた経験を持つもの同士、すぐにわかりました」


「大介さんは、無事に取り戻せたようですね」


「ええ。アレの力を借りました。

 苦労しましたよ。

 人様の大事なものをバラバラにしやがって・・・。

 おかげで自分の名前だけじゃなくて、余計なものまで取り込んでしまいました」


「私は、まだ、自分の名前を完全には取り戻せてないんです。

 まぁ、大丈夫と言えば、大丈夫、なんですが」


「何年、行っていたんですか?」


「16の時から、8年ほどですか」


「だから異世界に行きたい?」


「そう・・・なりますかね」





 部屋が暗闇で満たされると、辺りは静寂に包まれた。





 大介がテーブルに置いてあったリモコンを操作すると、部屋に光が戻った。


 大介は、テーブルの上の冷めたピザを食べ、コカコーラプラスを飲んで言った。











「俺はゴメンだ。

 コーラが飲めない」











「それは大変だ。

 私も同感です」







 ふたりは、どちらからともなく吹き出し、笑った。








「まあ、ダイエットには良いかもしれませんね。

 一応、考えておきますよ。勇者様。


 あのリングフィットで、痩せられなかったらね」








 テレビの横で、ニンテンドースイッチのドックランプが青く光っていた。

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