第41話 あっくんとあやちゃんー2

「よいしょっと」


 3個の白菜を筆頭にした野菜たちは、なかなかの重量になった。

 大きい段ボールの底が抜けないか、ちょっと心配しながら部屋へと運ぶ。


 部屋に戻ると綾子がエプロンを着けて調理を開始しようとしていた。


 それをみたアサヒは引き止めて薄手のフリースを渡した。


「せっかく可愛い服着てるのに、キムチ鍋とか。汚れちゃうよ。

 僕ので悪いんだけど、ちゃんと洗濯してあるから。よかったら着て」


「あ、うん。ありがとう」


 綾子はニットの上にジップアップフリースを着込むと、エプロンを着けて、キッチンに向かい調理を始めた。


「さっきのオバ様、私たちのこと夫婦ですって」


 壁があって姿は見えないが、綾子の機嫌は悪くなさそうだ。


「困るよねー。ごめんね。

 ちょっと気になってたんだけど、あやちゃん、彼氏さんは大丈夫なの?

 毎週じゃないけど、マコっちゃんやナオちゃんとかいない時に、二人っきりは、ちょっと、まずいかなって」


「あっくん、気にしてたんだ。

 今、彼氏さんはいませんよー。フリーです。フリー。

 あ、ずっといなかったわけじゃないからね。

 むしろあっくんはどうだったんですか?

 今は・・・いなさ気ですけど」


「そうなんだ。良かった・・・って言ったらまずいか。

 大学の時からしばらく付き合ってた彼女はいたよ。

 前の会社入って1年くらいで別れちゃったけど。

 あ、僕、もう彼女いない歴5年近いのかぁ・・・」


『ダンッ』


 包丁で野菜を叩き切る音がやけに大きい。

 白菜?大根なんて買ったっけ?


「なんで別れちゃったの?」


「うーん。簡単に言えば忙しくて。

 結構忙しい会社でさ。体育会系気質なところがあって・・・。

 新人は朝7時に会社入って夜10時に会社出るのが当たり前!みたいな。

 休みもあまり取れなくて、だんだん会えなくなって、自然に、かな」


「・・・辛かったね」


「大丈夫。もう全然気にしてないよ」








 嘘だった。


 スターバックスのテラス席で、久しぶりにあった彼女から告げられた

「別れましょう」

 の言葉と、去っていく彼女を引き止める言葉を持たない自分。


 だんだんとぼやけていくニケの女神と冷たくなっていくコーヒーの温度は、今も忘れられない。

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