第32話 友人と彼女とー1

「マコ。何見てるの?ロードオブザリング?」


 マコトがタワーマンションの1室でノートパソコンを見つめていると、ドアが開き、薄いピンクのオーバーサイズTシャツをワンピースのように着た女性が、タオルで髪を乾かしながら現れた。

 肩下くらいのミディアムストレートにワイドバングの外ハネヘアスタイル、といったところだろうか。


 ロウヤのカウチソファに座ったマコトは、メガネを外すと隣に腰掛けた女性の頬にキスをした。

 手を伸ばして木製のローテーブルの上に置いたパソコンの画面を女性に向ける。


「そんな感じかな。まだ製作中でさ。ちょっと知り合いに頼まれて、設定とか考えてるの」


「へぇ〜。相変わらずよくわかんない人脈持ってるのね。

 ね、ちょっと見せて」


 画面の中で、美しいエルフが何事か呟いて杖をかざすと、先端から雷が迸りオーガーを打ち倒した。

 ドワーフらしき髭面の男が、自分の背丈より大きなハンマーで倒れたオーガーの頭を叩き潰している。

 血や目玉が飛び散る。


「うっわ、グロっ!」


 突然カメラが下を向くと移動した。

 地面しか映っていない。

 と、カメラが地面に落ちたようで下から見上げるアングルになった。

 天地がひっくり返った画面の中を大きな剣を持った戦士が走っていき、エルフの後ろから現れたガーゴイルを真っ二つに切り裂いた。


「とりあえずCGクリエイターは最高ね!

 あと衣装とメイクもいけてるわ。

 このカメラマン?監督?はクソだけど。

 モキュメンタリー?

 この戦士くん、可哀想に。見切れちゃって、せっかくのシーンが台無しじゃない」


「ハルカは厳しいね。そう言わないで。みんな初めてで撮ってるんだ」


 マコトより少し身長が高い彼女は、スッと立ち上がると、ソファに座るマコトの前に仁王立ちして腕を組んだ。


 マコトは苦笑いして、雪村ハルカを見つめた。


 豊かな胸が腕に乗って、とてもセクシーだ。


「どんな世界なの?1日は何時間?一年は何日?」


「多分1日は24時間で、1年は365日じゃないかな」


「設定甘いわね。それじゃ地球じゃない。

 もっと作り込んでよ。

 たとえば1日が12時間しかない!とか。

 やっぱりダメね。

 赤道あたりに海水が集中して、陸地が水没するわね。

 ふふ。考えてみると地球は奇跡の星ね」


「日本人を異世界転移させたいんだけど・・・」


「流行りに乗るの?まあ良いけど。

 そもそも大気に適応できないんじゃないかしら?

 酸素濃度が高かったら中毒になってサヨウナラよ。

 高山病とか怖いわよ〜人間って結構繊細なんだから」


 難しい顔のマコトにハルカが続ける。


「月はあるの?満ち欠けは?何日かけて新月から満月になるの?何周したら季節が変わるの?

 暦の基本よ?それがわからないのなら時間も出せないわよ」


「思ったより俺のメンタルの方が繊細みたいだ。優しくしてよ」


 ハルカはテーブルの上に置いてあったメガネをマコトにかけて微笑んだ。


「ベッドでぎゅーってしてあげるから、行こう」


 マコトはノートパソコンを閉じて立ち上がった。

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