第30話 マコトとジンと惣三郎とー1

「どうぞ、入ってください」


 1週間後、マコトとジンはとあるホテルの1室にいる惣三郎の元を訪れていた。

 スウィートルームなのか全体的に高級そうな家具で統一されているが、嫌味はなく、落ち着いた雰囲気の部屋だ。


 惣三郎は、フルオーダーらしき仕立ての良いスーツを着ている。

 白いボタンカラーシャツで、ノーネクタイだ。

 熟練した職人が丁寧に丸縫いしたチャコールグレイのハンドメイドスーツは、いつもはフランクな惣三郎に落ち着いた雰囲気を与えている。

 マコトも珍しくネイビーのスーツ姿だ。

 スーツファクトリーで購入したスーツは、フォーマルなデザインで少しタイト気味。

 白いYシャツに明るいブルーのネクタイを合わせていて、若く都会的な印象がする。

 ジンもまた、ポールスミスのスーツを着用している。

 シンプルなストライプの黒いスーツだが、裏地に花柄が見える。

 生地もロロピアーナらしく柔らかい。

 少しピンクがかったYシャツに、赤いクラシックレジメンタルタイを合わせており、ジンの雰囲気も柔らかい気がする。


「おじさん。忙しいところにすいません。

 電話ではあまり話題に出来なくて。

 先日お伝えしましたが、こちらの方が、今ご協力いただいてるジンさんです」


「ご紹介に預かりましたジンと申します。

 色々とやっておりまして、まあ、除霊の真似事の様なこともしております。

 申し訳ないのですが、名刺などを持ち合わせていなくて、口頭で失礼します」


「マコトくんから話は聞いています。

 こちらこそ、わざわざありがとうございます。

 立ち話もなんですから、どうぞおかけください」


 惣三郎は二人にソファに座るよう勧めると、ルームサービスでホットコーヒーを3つ頼んだ。


「あまり私のような者の話は、聞いていただけないかと思ったのですが」


 自分を簡単に受け入れた惣三郎に疑問を持ったジンが尋ねた。


「他の人間の紹介でしたら、断ったでしょうね。

 でも、他ならぬマコトくんの紹介です。

 彼は、私たちの息子のようなものですから」


 その言葉に微笑んだジンが、惣三郎に先週の事件を説明した。


「これが先日私たちが遭遇した怪異の全貌です」


「アッちゃんには悪いと思ったんですが、俺どうしてもあの部屋が好きになれなくて。ちょっと調べたら色々出てきちゃって・・・。ジンさんに相談したんです。ダイちゃんが帰ってこれるかどうかの時なのに、すいませんでした」


「そうか・・・。いやマコトくんを責める気などないよ。

 アサヒくんを心配してくれたんだろう。

 むしろいつも助けてもらってるんだ。何か私にできることはあるかい?」


 ドアがノックされた。

 ルームサービスが届いたようだ。


 届けられたコーヒーで唇を濡らしたジンが口を開く。


「まず、アサヒさんに関しては、全く問題ないでしょうね。

 それとアサヒさんが部屋にいる時であれば、他の方がいても問題ないでしょう」


「と言うと?」


「以前マコトさんには申し上げましたが、あの方は・・・異常です」


「なんか影響を受ける受けないって話っすか?」


「ええ。

 一昨日、アサヒさんの部屋にお邪魔して、普段どうやってリングフィットをやっているのか見せていただきました。

 あの部屋は色々なモノが非常に集まりやすい状態です。

 一昨日も3体ほどいました。

 悪霊がアサヒさんめがけて殺到して、頭や足に噛み付くわ、首を絞めるわ、包丁をお腹に突き刺すわ大騒ぎ。

 『彼だけ』に、です。

 私には目もくれない。

 あくまで、概念的な話ですが」


 もう一口、コーヒーを飲む。


「でも、アサヒさん本人は1ミリも影響を受けていない。

 普通の人なら立っていることも難しいのに。

 笑っちゃいますよ。

 アサヒさんがリングフィットをプレイしていると、彼にまとわりついている悪霊が勝手に浄化されていくんです」


「ふむ・・・」


 惣三郎は腕を組んで少しの間考え込んでいたが、立ち上がると奥の部屋からゴルフバッグを持ってきた。

 バッグを開けると、中から一本の刀を取り出した。


「ジンくん。これを見てほしい」


 鞘から刀を抜き出すと、刀身が半ばで折れていた。


 ジンが刀に手をかざすとしばらく黙った。


「これは・・・俗に言う、妖刀・・・に近いのですが、力を、感じません。

 本来なら抜いたら不味いレベルの筈です」


「やはり、か。

 マコトくんはわかるよね。この刀」


「・・・俺たち、というか、アッちゃんが折っちゃったヤツっすよね」

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