藤壺にて、姉妹のささめごと

出仕

「宮仕え、ですか」

 わたくし藤原桃子ふじわらのとうしは呟きます。

「ああ。関白様から、是非にと頼まれてしまってね」

 お父様が、困ったように眉を下げました。

 お父様は名を藤原凪房ふじわらのなぎふさといい、式部大輔しきぶのたいふを務めております。藤原氏とはいっても本家筋から外れた中流である我が一族は、和歌や漢詩など文学に長けています。お父様もその例に漏れず歌人として名を知られており、その才に驕らぬ謙虚さや穏やかな気質も含め、わたくしにとって憧れの存在です。

 ただ、世渡り下手で、少々抜けているところがありました。良くも悪くも野心がなく、周囲から慕われはしても富や栄華とは無縁なのです。そこで、厄介事を押しつけられることはしょっちゅうありました。その度に、わたくしとお父様は、二人で協力して乗り切ってきました。

 それにしても、宮仕えとは。人づきあいが苦手なわたくしに務まるのでしょうか。

桃子とうし、申し訳ない。私がふがいないばかりに……」

 わたくしの不安を読み取ったのか、お父様が項垂れます。

「お父様のせいではありませんよ」

 わたくしは、柔らかい笑みを作りました。

 関白様の命ともなれば、逆らうすべなど最初からありません。逆らったりすれば、わたくしにもお父様にも未来はないのです。

「そのお話、お受けしましょう」

 上手くやれる自信はありません。生まれてこのかた、お父様や家人以外の者と関わった経験など数えるほどしかないのです。恋の駆け引きも不得手で、そろそろ婚期を逃してしまいます。

 こんな歳まで面倒を見てくださったお父さまに、そろそろ報いなくては。


 わたくしは、中宮藤原照子ちゅうぐうふじわらのしょうし様の女房として内裏に上がることとなりました。



✿ ❀ ✿ ❀ ✿ ❀



 それからの日々は、慌ただしく過ぎ去りました。


 わたくし照子しょうし様の女房に加わらせていただく運びとなったのは、文才を見込まれてのことらしいです。

 たしかに、お父様から教わったので和歌や漢詩の知識はあります。特に、和歌の腕はかなりのものだと褒められたことがありました。

 とは言っても、わたくしがこれから生きていくのは、才覚あふれる方々が数多入り乱れる場所。わたくしごときの能力が通用するのかは、未知数です。だからこそ、内裏に上がる前から努力しなくては。

 お父様と共に、邸にある歌集を掘り返しては片っ端から読んでいきます。

 同時に、装束などの準備も進めなくてはなりません。我が一族は才が著しく文学に偏っているため、こういったことは不得手です。ただ、財力に乏しく家人も少ないため、自らやるしかありません。わたくしは参考になるような描写がある書物を徹底的にひもとき、手探りで準備を進めていきました。


 

 

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