平安宮中「愛」物語
村崎沙貴
序章
都のはずれ。荒れ果てた邸の簀子縁に、一人の女が座っていた。
透けるように白い肌、整った顔立ち、慎ましく上品な佇まい。
装束がぼろであることを除けば、名家の姫君と言っても誰一人疑わないだろう。絶世の美女、と形容しても差し支えなかった。
傾きかけ、床が落ち窪んだ粗末な邸には似つかわしくない。しかし彼女は、間違いなくここの住人だ。
彼女の一族は、数代前こそ栄耀栄華を誇ったものの、不幸が重なり地位も財も乏しくなってしまった。
皇族の血をかなり濃く引くといえど、世間に存在を知られていないのではどうしようもない。
彼女は結局のところ、この邸で朽ち果ててゆくだけの身でしかなかった。
草ぼうぼうの庭に向かって、琴を爪弾く。といっても、古ぼけて弦のいくつか切れた琴だ。
今は亡き両親は、わずかな財産をかき集め、ないも同然の縁故を手繰り寄せて教育を施してくれた。お陰で彼女は、上流貴族の中で通用する程の教養を身に着けている。かような草の庵にこもっていては、手慰みにしかならぬが。
切れた弦を避けるために、曲は自ら少し工夫する。これ以上弦が切れるのを防がなくてはならないので、弦を強く押さえて音を高くする技法は使えない。
音が欠けた歪な琴から、不思議な旋律がこぼれ出る。そのさまはどこか浮世離れしていて、ため息が出そうなくらい美しかった。
彼女は気づかない。琴の音に惹かれたひとりの若者が、邸を垣間見していることに…………
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