邪龍の鉤爪 / 二話.


 ギルドの前で自分はどうするべきかとひとり逡巡する。

 どうする? どうすれば良い?

 戻るか、進むか……

 自分の周囲で何か良くないことが起きている。

 大神殿に王都支部のギルマス、極めつけは勇者サマだ。

 そして正体不明のあの人物。

 自らの立場を他の支部からの臨時の応援だとのたまわっていた受付嬢だ。

 依頼書はギルドが受理し登録した正真正銘の本物だった。

 だがこいつはギルドの密談部屋を堂々と使うなどという大胆な真似が出来る人物だ。

 幾らでもでっち上げる方法はあるだろう。

 ギルドの職員でないのなら彼女は何者なんだ?

 なぜひと芝居打ってまで俺なんかを指名で呼び出したりなんかしたんだ?

 ギルマスが俺を推薦したという話は本当なのか?


 確か依頼の目的は聖龍様がヘソを曲げて闘技大会の結界を張ってくれないという事態になったら困る、という感じだったな。


 改めて考えてみると……こいつは確かに“くっだらねえ”と断ずるべき案件だ。

 あの聖龍様がラーメンが食えないからなんて理由で重要な仕事を放り出すなんて子供じみたことをする筈がない。


 俺は何でそんなことにも気付かずに納得しちまったんだ……?


 それにだ。

 聖龍様の力は魔法もろくに使えない程に衰えていた。

 そのことは王国と大神殿によって厳重に隠匿された事実だ。

 だから依頼自体には何も不審な点は無い。

 この情報自体は一国の諜報機関すら容易には知り得ない筈……

 そしてそれをそれを知る者は――

 ああ、だからこそ勇者サマは一笑に付して断った訳か。


 ……いや、ちょっと待てよ。

 だったらそれを知っていた俺はどうなんだ……!?

 知っていて何で気付かなかった?

 いや、そもそもそんなことをいつ、どこで知り得たというんだ?

 一介のCランク冒険者に過ぎない俺が、だぞ?

 何か大きな事件が今まさに進行している最中で、何かのアクシデントがあって巻き込まれたとか……?

 いや、そんなことなら俺みたいな雑魚は路地裏で人知れず始末されてそれでお終いになるだけだろう。

 何か理由があって記憶を操作されて敢えて生かされている……?

 それはそれで怖いが……


 ここはひとりで悶々としていてもらちがあかんな。

 誰か信用出来る奴に相談するべきだ。

 誰に? ギルマス? いや、駄目だな。

 恐らくギルマスも当事者の一人だ。

 この一件でのギルマスの立場が分からない。

 そんな相手に国家機密級の相談なんて持ち掛けるなんて危険過ぎる。


 当面は何も気付かない振りをしていつも通り依頼を受ける、それしかないな。

 今なら何も知らない――実際何も知らない訳だが――善意の第三者だって振りをしても怪しまれることはないだろう……多分。

 ともかくこれ以上妙な動きをして怪しまれないようにしなければ。



 ドン。



「あ……これは失礼……」


 考え事に没頭していた俺は、ここがギルドの玄関の真ん前だということをすっかり忘れていた。

 入って来た冒険者にぶつかってしまい、慌てて謝罪しつつ道を譲る。


 おっと、有名人だぜ。

 ぶつかった相手はアンデッド狩り専門で名を馳せているAランク冒険者だ。

 この人、ちょっと苦手なんだよな。

 何つーか、絡みづらい。

 って何故か立ち止まってじーっとこっちを見てるんですけど!


 ……気まずい。

 何だよ、この間は。


「おい」


「……こちらこそ失礼した」

「どうも」


 奥にいたSランクの男から声をかけられた彼は、少しの間を置いてギルドへと静かに入って行った。


 ……何だよあれ。

 ぶつかったのはこっちだけど何かこう……モヤモヤする態度だぜ。

 何というか……どういう関係性かよく分からん絡みだったな。

 まあ、どうせ俺には関係無いんだ。

 ……帰るか。

 今日は疲れた。



  ◆ ◆ ◆



 俺はいちど気持ちを落ち着かせるため、郊外にある自宅へと戻ることにした。

 自宅といっても屋敷とかそんな大層なものではなく、低ランクの無難な依頼をコツコツとこなしてやっと買った1Kの小さな家だ。

 パーティーを組んでたら話はまた変わってくるんだろうが、ボッチな俺にはこのくらいの家が丁度良いのだ。


 その道中。


 あ、まただ。

 何だろう。

 最近、道を歩いてると妙に視線を感じることが多くなったんだよな。

 自意識過剰だろと言われたらそれまでなんだが……

 見張られてるとか特定の誰かにストーキングされてるって訳でもなく、ただ道行く人たちがチラチラとこちらの様子を伺っているというか……そう、あれだ。

 さっきの冒険者が取ったモヤモヤする態度。

 そんな感じで見られることが増えてきた様な……気がする。

 いかん、気にするから駄目なんだ。

 別なことを考えるようにしないと。


 そういえば今日は珍しい奴がいたな。

 あのSランク、確か王都に落ちて来た隕石メテオを叩き斬った功績で一代限りの貴族位を貰って、叙爵式をばっくれたとかいう有名エピソードの持ち主だ。

 その後勇者サマにこっぴどくお仕置きされたなんて噂もあるが、真偽の程は定かではない。

 勇者サマも凄いがSランク冒険者というのも世界に数人しかいない人類の最高戦力だ。

 どの国家にも属さず、自分の意志のみで世界を飛び回るその姿に若い冒険者達は皆憧れを抱く。

 そんな奴が偶々たまたまにせよギルドにいたということは、何かの依頼が——


 などと考えごとをしながら歩いていると、いつの間にか家の前まで来ていたのに気付く。

 はあ……今日は考えるのをめよう。


 ギルドから歩くこと数十分で――時計なんて無いのであくまで感覚だが――俺は家に辿り着いた。

 走ればあっという間に到着するのだが、冒険者の身体能力というのは日本で言うと自動車が走ってるみたいなものなので、事故が怖い俺は普通にテクテクと歩いたのだ。

 勿論そんなこと意に介さない奴も世の中にはごまんといるが、事故ったら異世界だって逮捕されるし怪我をさせた相手がお貴族サマだったりしたら目も当てられない。


 俺が家のドアを開けた瞬間、中からスッと外に出ようとする影がひとつ。


「ぐぇっ」


 カエルが踏ん付けられた様な呻き声。

 俺が曲者の襟首を掴んで思い切り引っ張ったのだ。


 随分と軽いな……子供か?

 深々としたフードを被っているため顔は確認出来ない。


「……誰だ? 俺の家に忍び込むとは良い度胸だな」

「それは侵入を防いだときに言う決め台詞なんじゃないの?」

「何だと? お前をこのまま自警団に突き出すことだって出来るんだぞ?」

「へへっ、出来るもんならやってみろよ」

「あっおい、こら待て!」


 その子供は俺の拘束をあっさり解いて器用にすり抜け、嘲笑あざわらうかの様に言う。


「誰が待つか、バーカ。

 そんなんだから何も気付かねーんだよ!

 バーカ、アーホ、うすのろ!

 後悔したって遅いぞ、全部お前のせいなんだからな!

 良いか、覚えとけよ!」


 そして一度だけこちらを振り返り、アカンベーをしたと思ったら次の瞬間にはもう視界から姿を消していた。

 くそう、何て逃げ足だ。

 最悪な気分だがまずは被害を確認しないとな……

 侵入者を取り逃がした俺はささくれ立った気持ちもそのままに家に入った。


 ……ん?

 あれ?

 何も取られてない……のか?

 ものを盗まれるどころか荒されてすらいない中の様子に拍子抜けしてしまう。

 なるほど、どうやら帰ったタイミングが良かった様だ。

 さっきのは負け惜しみか。


 一息ついたら何だか腹が減ってきたな。

 今夜はラーメンでも食って寝るか。


 その日、へとへとに疲れ切っていた俺は食事を済ませると早々に床についた。



  ◆ ◆ ◆



 ……うーん……

 うん?


 ………

 …


 むにゃむにゃ……

 ………

 …

 


  ◆ ◆ ◆



 あくる朝。

 何だか今日はいつもより調子が良い気がする。

 外は雲ひとつ無い晴天……となればなお良かったが、今日は生憎あいにくの曇り空だ。

 まあそんなことはどうでも良い。

 何はともあれいつも通りに行動することを心掛けないとな。

 俺は朝食を手早く済ませ、戸締まりを入念にチェックするとギルドへと向かった。


 ギルドに到着すると既にかなりの人数の冒険者がいて、中はそれなりの賑わいになっていた。


 まだ早朝だから人影もまばらという訳ではなく、皆条件の良い依頼にいち早くありつくために頑張って早起きしているのだ。

 とはいえ併設された食堂で朝食をとる者もいたりして、全体としてまったりとした空気が流れていた。

 どうやらこういった場で殺伐とするのはスーパーのタイムセールに突撃していく日本のおばちゃん達だけらしい。

 俺もいつも通り掲示板の前に陣取り、目ぼしい依頼は無いかと眺める。

 ここまではいつも通りだ。

 丁度良い魔物の討伐依頼はと……お、これが良いな。

 依頼書の管理番号を控えて受付に――

 あれ? 今日は誰もいないのか?


「済まん、皆注目してくれ!」


 そう思ったところでギルマスが大音声だいおんじょうを発し、ギルド内の空気が一変する。

 今度は何だよ……俺は関係ないぞ?


「軍からの緊急依頼だ」

「軍からだ? まさかスタンピードか。今の時期に?」

 近場にいた者が尋ねた。

「違う。魔王軍だ」

「な、何だって!? マジなのかよ!

 魔王軍は勇者様の働きで弱体化したと聞いているが……そもそも魔王はもういないんだろ?

 まさか残党だけで冒険者ギルドの手も借りたい程の軍勢を引き連れて来たっていうのか?」

「そのまさかが起きたらしい。

 しかも残党どころか王都の包囲殲滅を狙うかの様な規模で、更には軍全体の動きが残党と言うには整然とし過ぎているとの報告も上がっているそうだ。

 こいつはもうまともな指揮官の下で正規の訓練を受けた正規軍と見るべきだろうな」

 これには俺も含め皆驚いた様子で黙り込んでしまった。

 何せ魔王軍の主だった強者達は勇者サマ御一行が軒並み蹴散らした筈なのだ。

 ここに来ていきなり復活など寝耳に水の話である。

「敵の動きから、早ければ10日後には戦端が開かれる見通しとのことだ。

 それでまず皆の参加の意志を確認したい。

 Cランク以下でやる気のある奴は明日正午ここに集まれ。

 ここにいない奴らにも声を掛けて回っているところだ。

 分かってると思うがBランク以上の奴は強制参加だから運がなかったと思って諦めろよ」

 ああなるほど、それでほとんどの職員が出払っているという訳か。


 受付が無人なのではどうしようもない。

 俺は大人しく帰ることにし、回れ右をして歩き出した。

 大丈夫だ、いつも通りいつも通り……


 しかし、残念極まりないことにそこでギルマスに呼び止められた。

「おい」

「何だ?」

「お前は参加するよな?」

「さあな、まだ決めてない」

 嘘だ。

 先の報酬で十分に儲かっていた俺は王都とおさらばして別の街で再出発しようかと考え始めていた。

 そう、それこそ冒険者稼業から足を洗ってラーメン屋なんかを始めても良いかもしれない。

 受け取りを保留にしていた金はやはり孤児院に寄付するのが良いな。

「くれぐれも頼むぜ?」

「ああ……いや……」

 何で俺なんかを気にかけるんだ?

「何かあるのか?」

「俺なんかをわざわざ呼び止めて念押しする必要なんてあるのか?

 ここは王都だ。俺より有能な冒険者など山程いるだろう。

 例の依頼だってそうだ。

 俺をあの受付嬢に推薦したのはギルマスだと聞いたが、何でわざわざ——」

「まあ、何だ。気にすんな」

「おい、そんなこと言われたら嫌でも気にしちまうだろ」

「後生だから忘れてくれ、俺の一生の恥なんだ」

「勇者サマにそそのかされたとかいう話がか?」

 確かに騙されたとか何とかってわめいてたのは分かるが……そこまでのことか?

 ていうかだ。

 気にしてほしいのかほしくないのかが全くもって分からんな。

「別に今俺を呼び止めたことと例の依頼との間に何か関係があるという訳じゃないんだろう?」

「いや、まあ俺からは何も言えねえな。

 だが明日ここに来ればそれが聞けるかもしれねえぜ」

「なるほど、考えとくよ」

「くれぐれも頼むぜ?」

 くれぐれもくれぐれもってうるせえんだよ。


 今の話で明日ギルドに勇者サマかそのパーティーメンバーの誰かが来る手筈なんだってことは分かった。

 ギルドに顔を出せばそれは作戦への参加意志の表明と受け取られるだろう。

 ここで逃げることだって可能な訳だが、こうまで頼まれたら行くしかない。

 正直参加したくはないが、今度のはどうせ逃げても無駄に死ぬやつだ。

 取り敢えず参加の方向で動いておくが、いつでも逃げられる様に転移魔法のスクロールでも用意しとくか……


 それにしても魔王軍かぁ。

 自分の周囲で何か良くないことが起きている……

 そんな考え、自意識過剰も良いとこだったな。

 全く、下らねえことこの上ねえ……



  ◆ ◆ ◆



「皆、良く集まってくれた」 


 という訳で次の日、俺は再びギルドへと来ていた。

 カマをかけてやったつもりだったが結局こっちが釣られる形になってしまった。


 集まった冒険者達は皆、参加しようがするまいが巻き込まれるのは変わらないだろうという話をしていた。

 まあ王都にいりゃあ考えることは皆同じか。


 ギルマスは昨日の説明を再度行い、続けて本題に入った。


「まずは報酬の話からだな。

 今回は参加してもらうだけでも手当を出すそうだ。

 参加証明はギルドがするから安心してくれ。

 ああ、皆が受付でやるといくら時間があっても足りないからこの説明の後に職員がここにいる全員に確認して回る。

 良いな、帰るんじゃねえぞ。

 後はランクと得意分野毎に役割が与えられるから各自の軍の指揮下に入れ。

 報酬は戦後に基本給プラス出来高で軍が直接支払うそうだ。

 頑張って目立てよ。

 パーティー単位での行動については各隊で事情が違うだろうから指揮官の指示を仰げ。

 得意分野に応じて散りりにされることも覚悟しろよ。

 ここまでで何か質問はあるか?」

 それに対して方々からないな、とか大丈夫だ、といった返事が返ってくる。

 こいつらきっと、ちゃんと聞いてないだけなんだろうなあ。

 仕方ない、自分で聞くか。

「基本給ってのは参加者全員の手当てのことだろ?

 本当に全員が受け取れると保証されているのか?」

 しかし周囲から聞こえて来たのは失笑する声だけだった。

 こいつら冒険者の癖に報酬じゃなくて正義とか誇りとか名誉なんかが大事だってか。

「羽振りが良い割に随分とせこい質問だな」

 何だ、ギルマスまで同じかよ。

 来て損したな。

「……帰るか」

「待て、悪かった」

 おいおい、何でそんなにあっさり折れるんだ?

「どういうことか説明を頼む」

「はあ、しょうがねえな。

 お前さんの読み通り、軍は全員と言いつつ後払いにして内訳を曖昧にするつもりらしい。

 そのうえで最終的に生き残った奴にだけ報酬を手渡すつもりなんだろうな。

 おまけに戦後ってのがいつなんだって定義すら怪しい。

 要は舐められてんだよな。

 だが安心しろ。基本報酬はギルドが保証する。

 参加者には全員銀貨五十枚だ。今日の確認時に手渡ししてやるよ。

 だからな、改めて言うがお前らも気張れよ」

 そう言ってギルマスが目配せをすると職員が一人、どこかへ走っていった。

 銀貨五十枚ってのはDランク魔獣単体の討伐報酬と同等くらいの額、具体的に言うと四、五人で盛大に飲み食いしたら一晩で消える程度の金だ。

 金だけもらっておさらばしようって奴への手切れ金としても丁度良いし全員に配るんならそんなものなのかもしれない。

 

「説明は以上だ。参加意思の最終確認をするからそのまま待ってろ。

 良いか、帰るんじゃねえぞ」


 結局俺の疑問に対する説明は何ひとつしてもらえなかった。

 しかしまあどこをどう勘違いしたら俺が深読みしたなんて解釈になるんだか。

 ギルマスが何を考えてるのかは分からんが、要するに渡すもん渡したらギルドはもう何も面倒見ねえぞって話じゃねえか。

 はぁ……異世界も世知辛いぜ。

 どうせ戦わにゃならんのだ。端金はしたがねなんぞ要らんしとっとと帰るか。



  ◆ ◆ ◆



「今後の動きについて話しておくからよく聞いとけよ。

 特に駆け出しの奴らはな。

 始まっちまったら助けてくれる奴なんて誰もいねえんだ、耳の穴かっぽじってよく覚えとけ」


 説明を続けるギルマス。

 そして俺はなぜかまだギルドにいた。

 いや、確かに帰ろうとしたんだが出来なかった。

 あらゆる扉に入れるけど出れない、そんな小細工が施されている様なのだ。

 しかも訓練場辺りに相当な人数の気配を感じる。

 向こうも隠す気は無さそうだし、大方護衛をゾロゾロと引き連れた聖女サマでも来てるんだろうな。

 こんなんじゃ怖くて虎の子の転移魔法も使えんなあ。


「軍との合流はギルドで調整しておく。

 パーティや個人単位で推薦状を書いてやるからまずはそれを持って王城の騎士団詰所に向かえ」


 ここは外からは入れるから完全な密室ではないが、誰かが何かの意図を持って限定的な空間を作り出そうとしている。

 今日来た奴らは参加意思があるんだからこんな細工は逃亡阻止にしたってやり過ぎなんじゃないかと思うんだが。

 実際、トンズラを決め込もうとしてこの細工に気付いたのは今のところ俺ひとりっぽいからな。

 だがこの後の説明次第ではその限りじゃないし発覚したら絶対揉めるだろう。

 何が「帰るんじゃねえぞ」だよ。

 一体どういうつもりなんだか……

 俺がそんな疑問を抱く一方で、ギルマスの説明が続く。


「軍はまず斥候を放って敵の前衛部隊の状況を確認したいそうだ」

 ……いきなりそれか? 辺境の砦はどうしたんだ?

 早くて10日後で接敵するってのは何情報なんだ?

 誰も聞かねえのか?

「おいおい、まさかそれを冒険者にやらせようってのか?」

 不満顔で口を開いたのは昨日質問していた奴だ。

「そもそも軍のやつが説明しに来ねえのが気に食わねえ」

「ギルマスに全部押し付けて自分らだけ逃げたんじゃねえのか?」

 皆の目つきが一層険しくなる。

 当たり前だ。

 魔王軍の精鋭の直近まで迫ってその戦力を見極める役など誰が買って出るものか。

 それこそやられに行く様なものだ。

 さて、さっきの疑問をここで聞くべきかどうか……


「そこはわたくし共が参りますのでどうかご心配なく」

「……我等われらに任せなさい。

 斥候の務めは神殿騎士団から身軽な者数名を選抜して当たらせます」


 そこに現れたのは聖女サマと寡黙な重騎士だ。

 ギルマスが言ってたのはこの二人か。

 最終決戦兵器たる勇者サマは最前線かね。

 二人共SSランク冒険者にして勇者サマのパーティーメンバーというだけでなく、大神殿においては大層な肩書も持ってたりする筈だ。

 ちなみにSSランクというのは彼らのレベルがSランクの範疇はんちゅうを大きく逸脱していたがために急遽きゅうきょ設けられた専用のランクだ。

 まあ大神殿の方は箔付けってやつだろうな。


 ギルド内では揃って「おおっ、聖女様だ!」とか「俺本物初めて見ちゃった! 親父とお袋に報告しねーと」などとわめいている。

 お前ら、時と場所をわきまえろよ……

 しかし聖女サマが王城を差し置いておん自ら冒険者ギルドにおもむくとはな……

 この非常時に面倒事を起こしに来た自覚が無い訳でもないだろうに。

 今の疑問も含め、後でこの二人に聞いてみるとするか。

 不敬だ何だ騒ぎそうな側近共もいないみたいだしな。


 しかしまあ何というか……段取りが良過ぎないか?

 舞台袖でそわそわしながら待機していて、ギルマスの合図を待っていたりしたのだろうか。


「という訳だ。

 最初に話した通り、冒険者ギルドは軍と連携をとり前線から後方支援まで各自のランクに応じた役割を果たしてもらえば良いそうだ」

「ギルドマスター様。ひとつ、よろしいでしょうか」

「何でしょう、聖女様」

「先程のお話、お聞きしておりました。参加報酬の件です。

 皆様への報酬をギルドにご負担いただく訳には参りませんわ。

 今この場でわたくしが依頼者の立場となり皆様にお支払い致しましょう」

「よろしいのですか?

 大神殿は王国から依頼を受けて動いている訳ではないとの認識ですが」

わたくしは元より王都支部所属の冒険者でもありますからね」

 そう言って微笑む聖女サマに歓声が上がる。

 野郎共限定でやる気ゲージがヒートアップして行くのが傍目にも分かった。

 ここに勇者サマがいれば女性陣の歓心を買うことも可能だったんだろうが、寡黙な重戦士サマにはちと荷が重いか。


「それでこの度の一件で大神殿はどの様なスタンスなのですか?

 先程神殿騎士団が動くとのお話がありましたが」

 ギルマスからの問いに聖女サマが答える。

 勇者パーティーの面々は冒険者としてだけでなく、それぞれが大層な肩書きを持っているので立ち位置が難しい。

 さっきの報酬の件はさておき、どう振る舞うかは予め打ち合わせ済みなのだろう。

「無論、この様なときに指をくわえて見ていることなど到底出来る筈もございません。

 大神殿はわたくしの権限で動かせる人員を全て動員致します。

 神官は負傷者の救護に、街の防衛にあっては騎士団の一部隊を冒険者ギルドへの支援に回します。

 神殿自体も怪我人の救護ために施設を開放致しますが自衛……最悪籠城ろうじょう戦となった場合の為の兵力は残ります。

 そういった戦力以外は全て連れて来ているとお考え下さい。

 怪我人の救護については神官長たるこの重騎士が調整のために方々ほうぼうを駆け回り、商業ギルドにも話を通してあります。

 ですので、国軍とのつなぎは冒険者ギルドにお任せ致します。

 ……彼らの中核は、言わば“禁軍”です。

 味方同士なのですから、“くれぐれも”上手くやって下さいね」

「な、なるほど、先程から感じていた只ならぬ気配は騎士団のものでしたか」

「裏手の訓練場に第一騎士団が全員集結しております。

 武器弾薬や食糧も全て自前で用意しておりますよ。

 ご存知かと思いますが第一騎士団の団長はわたくしですから、彼らは全員わたくしの指揮下にあります」

 ここでまたおお、すげえ、マジか、といった歓声が上がる。


 聖女サマ、凄えな。

 大神殿を動かしたのか。

 にしても最後のくだり、何か含みがあるなあ。

 まあ王国とは色々あるんだろうが……それにしても“禁軍”か。

 そんな言葉はこの世界には無いが、俺の理解の通りならそれが意味するところは……


 と、不意に聖女サマの視線がちらりとこちらに向けられる。

 いけね、顔に出たか。


 しかしまあ、聖女サマが騎士団長で重騎士が神官長って見た目詐欺過ぎるぞ。

 どう考えたって重騎士がぎっくり腰とか有り得んだろ。

 もう誰が正直者で誰が嘘つきかなんて全く分からんわ……


「ところで聖女様、キングン……とは初めて耳にする言葉ですが」

 聖女サマの注意は再びギルマスの方へと向けられる。

 ギルマス、ナイスプレーだ。

 聖女サマは声のトーンを低くして答える。

「ええ、ご存じ無くて当然です。知れば首が飛ぶ最重要機密事項ですから」

「……えーと、聖女様?」

「知れば皆様も晴れてわたくしと運命共同体となる訳ですわ、おほほ」

 ……オホホじゃねえぞおい!

 運命共同体って何のことだ? 聞けよギルマス、ほら!

「あの、それで運命共同体というのは……」

 おっと、またナイスプレーだ。俺エスパーだったりして。

「お知りになりたいと?」

「……良いでしょう、聞かないでおきますがね……この様な場面でのおたわむれはあまり褒められたことではありませんな」

「承知しております。頑張って自重いたしますわ」

「聖女様……」

「お考えあってのことなのです。余計な詮索はなさらない様に」

 寡黙な重騎士が珍しく口を開き、釘を差す。

 普段口数が少ない奴だけに突っ込むポイントを弁えているな。

「事情については嫌でもご説明して差し上げますのでご心配は無用ですわ」

「……承知しました」

 結局良いブーメランになったな。

 ここで別の奴が挙手した。

「マスター、ひとつ良いですかね」

 ギルマスは渋々応じる。

「構わん。何だ?」

「皆、味方の戦力も知っておきたいだろう。

 ギルマスだけ作戦の概要を聞いて俺らは訳も分からず駒として使われるだけなのか?」

「だそうですが如何いかがですか?」

 ギルマス、聖女サマに丸投げか。それで良いのかよ。

 流石にA、Bランク辺りの奴らはもう呆れ顔になってるぞ。

「ギルマス、あんたは誰の味方なんだ?

 もしかしてさっきの脅しに怖気づいたのか?」

 ここで壁に寄りかかって静観を決め込んでいた唯一のSランク冒険者が口を開いた。

「俺はギルドマスターだ。優先するのは当然ギルドの利益だ」

「じゃあ情報を共有してもらうことは可能か?」

勿論もちろんだ。その前に点呼と参加確認が先だがな」

 そこへ横から聖女サマの突っ込みが入る。

「戦力に関しては先んじてギルドマスター様にお伝えしておかなければならないことがございます。分かりますね?

 申し訳ございませんがギルダー冒険者の皆様方には内容を吟味していただき必要事項だけをお伝え頂きたいのです。

 点呼の間、少しだけお時間をい頂いてもよろしいですね?」

「ああ、はい。必要とあらば」

 ギルマスは虚を突かれたのか、気の抜けた様な受け答えだ。

 あーあ、これは運命共同体フラグが立ったな。

「おい、聖女サマ。それにギルマスもだ」

 おっと、さっきのSランク、何か怒ってるぞ。

「何だ、どうした」

「何でございましょうか」

「お前ら、一発ずつぶん殴らせろ。それでチャラにしてやる」

「ご自身の口にした言の葉がこの場でどの様な言霊となるのか、それを承知された上での発言ですか」

「当然だ。そこの腹黒女の言うことは正しいことなんだろうが冒険者としては承服しかねる。

 単なる俺の我儘わがままだから腹黒女も一発俺を殴れ。

 ああ、ギルマスは単に日和ひよろうとしてんのが気に食わねえだけだからな。殴らせねえぞ」

「貴方、いくらSランクだからといって不敬にも程がありますよ。

 この様な事態でなければ即刻首をねられてもおかしくありません」

「じゃああんたがやれば良いじゃねえか、今すぐよォ」

「ふざけないで下さい——」

 あ、やっぱそうなんだ。ていうか腹黒女って……

 その一方で重騎士とのやり取りにギャラリーと化した他の冒険者達は口々に好き放題騒いでいる。

 現金な奴らめ。

 まあ一番でかかったのが重騎士おめーが殴られろって声だったのには思わず笑いが出そうになったが。

わたくしは別段構いませんが」

「聖女様、先程もギルドマスター殿も申されましたでしょう。

 この様な場でのおたわむれはお控え頂くべきかと」

たわむれなどではありませんよ。

 これはわたくしにとって大事な通過儀礼なのです。

 それにこの方とはちょっとした因縁いんねんもありますからね」

「フン、どうだか」

「ふふ、新人冒険者だったわたくしに突っかかってみじめにも返り討ちにったこと、未だに根に持っておられるのでしょうか?」

 あ、そうなんだ。事実は噂よりも格好悪かったんだな。

「言ってろ」

 そう言うと同時にブンッ、という風切音。

「避ける気も無しか」

 おおう、寸止めだぜ。

 Sランクがいつの間にか聖女サマの正面に立って拳を聖女サマの顔面数ミリ手前でピタリと止めていた。

 重騎士、SSランクの癖に一歩も動けず。

 周りもざわざわし出したぞ……どうすんだ、この始末。

「当たったところで大して痛くもないでしょうからね。

 それに仮に止める気が無かったのなら、また素っ裸で真っ赤なお尻を押さえながら地面に突っ伏すことになっていたでしょう。

 流石はSランク、賢明なご判断ですわ」

「聖女様、その様に下品な……」

わたくしは構いませんと申した筈です。

 貴方もその様な態度を取るからめられるのですよ」

 何そのイケメンな発言……ていうかそれ事実なのか?

「ところで、今日はいつもの護衛やらお付きの連中やらは連れてないのか」

 おお、それさっきから聞こうと思ってたんだよね。

 ダメージゼロを装ってるのは見ない振りしといてやるぜ。

「事態が事態ですので非戦闘要員は神殿に置いて来ましたよ。

 それと騎士団には最高戦力たるわたくし等に護衛を付ける位ならば力無き民を護りなさいと命じて申し出を断りました」

 そう言ってにっこりと微笑む聖女サマに、外野でまた野郎共が盛り上がっている。

 しかしこれでこの人アラフォーなんだよな。信じられんわ。

 裏手の騎士団連中、気配を消してるつもりなんだろうが殺気があふれ出てるぞ。ちょっとは自重しろ。

 だがそれを確認したのかSランクの男はいつの間にか壁際に戻って腕を組んでいた。

 おい、何で元の場所じゃなくて俺の後ろなんだよ。

「……フン、この大嘘つきめ。神託の巫女が聞いて呆れるぜ」

 こっちこそ、そのつぶやきを俺に聞かせるためじゃないことを祈るばかりだぜ……


「良し、じゃあ今から職員が参加意思を確認して回るからな。

 各自そのまま待機してろ」 

「ではギルドマスター様、参りましょう」

「はい」

 聖女サマ、重騎士、ギルマスの三人は奥へと姿を消した。

 向かった先は例の部屋か……


 まあそんなことはどうでも良い。

 俺は俺で逃げる方法を考えねえとな。

 ダメ元で後ろのSランクに依頼でも出してみるか?


「おい、斥候を申し出れば外に出られるぞ。

 偵察が逃亡したら居場所はなくなるだろうがな」

「ですよねー、って何で分かった!?」

「何でってお前、さっきずらかろうとして出口の前で四苦八苦してただろう」

 ああ、見られてたのか。

「じゃなきゃあ素直に断わりゃ良いだけだろう」

「あっ、そうか」

「そうかじゃねえよ、阿呆が。

 しかしお前、昨日から見てたが何か挙動が不審だな。

 一体何から逃げようとしてるんだか」

 おおう、鋭い。流石はSランクだぜ。

「まあ、俺は止めねえぜ。お前さんの勘は多分当たってるだろうからな。

 精々頑張ってあの腹黒女に捕まえられねえ様にするこった」

 やっぱこの人、何か掴んでるな?

「忠告しとくが見付かったらまず逃げられねえぞ、物理的にな」

「物理的に?」

やっこさん、もう半分人間辞めてる様なもんだからな。

 ある意味魔王よりおっかねえぞ」

「それ、本当の事なら土台逃げるなんて事は無理じゃないのか?」

「少なくともあいつは人前じゃ猫を被ってやがるからな。

 さっきの茶番で奴の実力を察した奴も多いとは思うが、世間的にはお上品な神官サマだ。

 人畜無害なふりをしてる間は追って来れねえぞ」

「なるほ——」

「あら、お二人で内緒話ですか?」

「どわっ!?」

「……俺はちっとギルマスと打ち合わせして来るわ。

 じゃあな、自身を強く保て。負けんじゃねえぞ」

「はい、この度はご協力ありがとうございました」

「言ってろ」

 あ、あれ? こ、これどういう状況?

「さあ、参りましょうか。外に出して差し上げますよ」

 俺をしっかりと見据えてにっこりと微笑む聖女サマ。

 怖え! 滅茶苦茶怖えよ!

「申し訳ありません、失礼ですが何故俺なんかを……?」

「例の依頼を受けて、そして完遂かんすいして下さったお方でしょう?

 貴方は最期に“あの子”を笑顔にして下さった方なのですから、決して悪い様には致しませんよ」

 “あの子”って聖龍様の事か? あのお婆ちゃんを“あの子”だ?

「……聖女サマ、あの件の本当の依頼人は貴女なんですか?」

「いえ、わたくしは後になってお話を伺っただけですよ」

「“担当の受付嬢”によれば、本当は勇者サマご一行が受ける筈だった依頼とか」

「はて? 事前にその様なお話はありませんでしたが。

 今ほど申しましたでしょう、後になって伺ったと」

 なるほどこれが“腹黒女”か……

「……今何か失礼なことをお考えではなかったですか?」

 ヒェッ!?

「自分はしがないCランク冒険者ですよ、そんな失礼なことする筈ないじゃないですか、ははは」

「ああ、忘れていましたわ」

「はい?」

「貴方は先日の功績が認められてBランクに昇格しました。

 ですので非常時の緊急招集は強制参加ですよ」

「はいぃ!?」


 酸辣湯麺サンラータンメン作ってBランク昇格って前代未聞なのでは?

 本当にこの人は部外者なのか?

 大神殿のあの対応はこの人の意向が絡んでるんじゃないのか?


「何か?」

「聖女サマ、一から十まで全部ご説明願います」

「ご免なさい、無理ですわ」

「左様ですか、あはははは……」

「さあ、裏手に参りましょう。騎士団の者が待機しています」

「あの、俺を裏手に連れ出して何をさせようというのですか?」

「斥候の先導ですよ、貴方なら土地勘もあるでしょう」

「そこは冒険者には頼らないというお話なのでは?」

「あの場でそんなお話を出すのは無理でしたでしょう?

 ですから予めギルドマスター様にご相談して決めさせて頂いておりました。

 冒険者として地道に活動して来られた実績は確認させて頂きましたから、貴方の実力に疑義はありませんよ」

「そうですか、ははは……」


「お待ち下さい、聖女様」

「おや、貴方ですか。何か?」

 聖女サマを止めに入ったのは例のアンデッド退治だ。

 冒険者らしからぬ腰の低さは仕事柄ってやつか。

 大神殿に太いコネがあるとは聞いているが……

「その男をお使いになるのはお止めになった方がよろしいかと」

「なぜそう思うのですか」

「この者は先日大神殿様からのご依頼に対応しておりましたが、その行動に不審な点があるのです。

 それだけではありません。

 私のアンデッドハンターとしての勘がこの者は貴方様にとって・・・・・・・危険だと告げているのです」

「“アンデッドハンター”ですか。

 最上級のアンデッドハンターたるわたくしとしては特に何も思うところは無いのですが。

 なるほど、わたくしの能力に何か問題があると、貴方はそうおっしゃる訳ですね」

「はい。有り体に申し上げれば、貴女様も相当に怪しい」

 騎士達が一斉に抜剣して構えるが、聖女サマは右手を上げて制する。

 手の甲に見える何かの紋章。使徒の刻印って奴か……?

「そうですか。ではどう致しますか」

「今はどうも致しません。ですがひとつご提案が」

「何でしょう?」

「聖女様。この様な者の話などに耳を傾けてはなりません」

 重騎士が割って入る。

「そうですか。ではお任せしますね」

「はい」

 重騎士にその場を任せ、聖女サマはあっさりと出ていってしまった。

 やけに諦めが良いんじゃないか?

「ああ、これは丁度良かった」

「何がですか」

「この男の処遇についてですよ」

「俺ですか。俺は……取り敢えず家に帰らせて貰いますね」

「な!?」

「は?」

 ここは例の変な結界の外だ。ここならば……

 俺はスクロールを使い、家へと転移した。



  ◆ ◆ ◆



「はい、お帰りなさい。待っていましたよ」

「そうですか、ははは……」

 聖女サマが何で俺の家にいるんだよ……


 今日何度目になるか分からない、乾いた笑いが口を突いて漏れ出す。

 抗い難い力によって俺の運命が俺自身の意志とは全く関係なく転がされて行くのが手に取る様に分かった。


「……貴方、今何か失礼なことを考えていましたね?」



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