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短文ちゃん

邪龍の鉤爪

邪龍の鉤爪 / 一話.


 ある日、俺はとある用件のために活動拠点である王都の冒険者ギルドを訪れていた。

 受付で到着を告げると、すぐに奥へ向かう様にと促される。

 そうして連れて行かれたのは通常の依頼では使用しない一室。

 盗聴・のぞき見防止の結界が張り巡らされた特別室だ。


「済まん、待たせた」

「いえ、急な召喚に応じていただきありがとうございます」

「他の支部の助っ人か? 見ない顔だが」

「はい、今回の依頼のために臨時で」


 とある用件というのはギルドからの指名依頼だった訳だが、指名された対象というのはソロで活動する俺ひとりという話だった。

 いくら指名依頼とはいえ、そんな眉唾な話があるもんかと俺はいぶかしんだ。


「そんな訳ありっぽい依頼のために一介のCランク冒険者に過ぎない、しかもソロ活動がメインの俺をわざわざご指名とはどんな風の吹き回しだ?」


 俺は高ランクとはいえない無名の冒険者で、ソロがメインだし天涯孤独の身の上なので不慮の事故で死ぬことがあったところで後腐れは無い。

 経験上、そういった類の身の上の人間に声が掛かるのは訳ありな依頼であることはほぼ間違いない、というのが俺の見立てだった。


「ご心配されるようなことはありませんよ。

 まあまずはこちらをご覧ください」


 そう言って臨時の助っ人だという担当の受付嬢は依頼書を差し出した。


「何じゃこりゃ。『激辛ラーメンをたらふく食したい』だあ?

 それでこれが元々は勇者パーティへのお偉いさんからの依頼で、勇者サマはこれを断ったと?」

「はい、そうです」

「ラーメン食べたい、が勇者サマに対するエライ人の依頼?」

「依頼主をよく見て下さい」

「だ、『大神殿』!?」

「やんごとなきお方というのはどうやら聖龍様らしい、というのがもっぱらの噂なんです」

「でも噂なんだろ、噂」

「噂と言いつつ、ご本人と分かる様な物的証拠もある訳でして……」

「えぇ、まじでェ!?」

「その……まじ、という感想は大神殿からのご依頼ということに対してでしょうか?」

「いや、聖龍サマが激辛ラーメン食いてえんだって話」

「はい、まじです」

「で、それを勇者サマはお断りになられたと」

「勇者様ご指名の依頼というのは大神殿でも滅多にないことらしいんですが……」

「でも、こんな変な依頼初めてなんじゃないか?

 別に勇者サマじゃないと駄目って内容にも見えないんだが」

「今までは聖龍様がどうしてもというご希望を出されたときは神官様方が総出で当たってどうにかしていたとか」

「じゃあ今回も何とかすれば良いんじゃないのか?」

「それが神官長様がぎっくり腰になられたとかで急遽……」

「何だそりゃ」

「勇者サマは何て」

「一言『くっだらねえ』、とおっしゃられたとか」

「全くもって同感だがなぁ」

「しかし聖龍様がゴネ出したら新年の闘技大会の開催にかかわるとかで……」

「全く話が見えないんだが?」

「毎回闘技場の観客席に結界が張られるじゃないですか、あれって聖龍様がやってたらしいんですよ」

「えー、でもそれこそ神官サマがたが総出で頑張れば良いんじゃないのか?」

「そこはほら、優勝者は勇者様とのエキシビジョンマッチの出場権がもらえるじゃないですか」

「ああ、なるほどそういうことか」

「はい、この制度が出来てから諸国から猛者がやたらと集まるようになりまして……」

「それで聖龍様にでも頼まないと結界がすぐにぶっ壊れると」

「はい、聞いたところによると」

「結局勇者サマが原因なんじゃねえか……」

「それが勇者様は『激辛ラーメンなんてどうでも良いだろ』の一点張りでして……」

「まあ確かにどうでも良いな」

「依頼書をお持ちになった神官様によれば、聖龍様曰く『激辛ラーメン>>>(越えられない壁)>>>闘技大会』だそうで……」

「まあ確かに人間の闘技大会に興味なんぞねえか」

「というわけでこの依頼、受けていただけませんか?」

「いや何で俺が? それとこれとは話が別だろう」

「条件に合いそうな冒険者があなたしかいないんですよ」

「何だそりゃ」

「依頼書にもう一枚、後から別紙で追加条件が提示されまして」

「そんなのルール違反だろう?」

「それはそうなんですが、その別紙が聖龍様ご自身が書かれたとしか思えない代物だったんですよ」

「あれ? じゃあ依頼書は直筆じゃないのか」

「ええ、身分の高い方はは大抵お抱えの祐筆ゆうひつを使うと思いますので」

「たかが冒険者ギルドの依頼書にそんな手間を?」

「ええ、まああなた方が日々周りに舐められないようにと必死で立ち回っているのと大差ないとは思いますけどね」

「俺はそんなこと考えたことなんて無いけどな」

「だからこそ適当な方ではだめなんですよ、この依頼」

「何だそりゃ? その追加条件には何て書いてあったんだ?」

「この案件は討伐依頼ではないのでランクの制限などは特に設けられていないのですが、受ける方に関して発注要件というか要望が書かれていまして」

「で?」

「“面白い奴を寄越よこせ”と」

「それだけ?」

「はい、それだけです」

「それをわざわざ追加で?」

「はい」

「聖龍サマがか?」

「はい」

「ちょっと待て。

 何がどうなったら俺しかできないって結論になるんだ?」

「いえ、ギルマスからの推薦でして」

「念のために聞くけどギルマスってここのギルマスだよな?」

「はい、王都のギルマスですね」

「何で俺なんかのことを知ってるんですかねえ」

「さあ? 恐らくは依頼書の内容を見てのご判断ではないかと」

「うん? やっぱり分からん」


 あ、コレはもしや噂に名高い“強制イベント”って奴か?

 いや、ラノベじゃあるまいしそれは無いか。

 別にチート能力を貰ってる訳じゃ無いしな――


「それと注意事項なんですが……聖龍様は勇者様がお断わりになられたことをまだご存知ありません」

「それのどこが注意事項なんだよ……ってわざわざ追加条件なんてものまで送って寄越したのにか?」

「追加の依頼書は本来の依頼とは別に送られて来たんです。

 こんなこともあろうかと、ということらしいのですが」

「そりゃ手回しのよろしいこって……まあ、だったら注意するほどのもんでもないだろう、予め可能性を鑑みてのことだったらな」

「はい。まあ知らなかった体で、という感じでお願いしますね」

「ったく……まあ分かった、受けてやるとすっか」

「ありがとうございます」


 まるで俺が受けんのが既定路線です、とでも言わんばかりの勢いだなあ。

 しかしこの人……さっきからどうも様子がおかしい。


「ところで、どこか具合でも悪いのか?」

「え?」

「いやだって、顔色が悪いからさ。

 何かこう……魔力欠乏症っぽい感じ?」

「あ、いえ。実を言うと私の方も急な依頼でちょっと寝不足になってまして」

「そうか、まあお大事にな」

「お気遣いありがとうございます」

「じゃあいつでも来いっていうし早速明後日の朝イチで行ってくるとするわ」

 大神殿は早馬で一日の距離にあるから最速で明後日なんだよな。

「それでは使い魔の先触れを出しておきますね」

「おう、疲れてるとこ悪いけど頼むわ」

「はい、それではよろしくお願いいたします。

 何かあったらご連絡下さいね」

「次に会うのは達成報告のときと行きたいもんだな」

「はは、そうですね。では楽しみにお待ちしていますね」

「ああ」


 ペコリと頭を下げる臨時の受付嬢に背を向け、俺はいつもの通りヒラヒラと手を降りながら応接室を後にした。


 ……使い魔の先触れだって?

 魔女が何で受付嬢なんてやってんだろ。



  ◆ ◆ ◆



「何じゃ、やっぱり勇者は来んかったか。

 予想通りとはいえつまらんのう」

「何じゃはないんじゃないですか、聖龍様。

 せっかく聖龍様のご依頼をお受けしようと伺ったんですから、もうちょっとねぎらっていただけないと士気に関わります」

「口の減らぬ冒険者よのう」

「すみません、しがない一般人なもので」


 俺の発言はどうやら不敬の連続だったらしく、お付きの神官が何度も掴みかかろうとしては聖龍様が良いではないかと制してぐぬぬとなる、そんな場面が何度か繰り返された。


 実際話してみて分かった。

 この方はきちんと敬意を払って接するべき存在だ。

 だがしかし、残念ながら俺はただの中堅ランク冒険者なのだ。

 文句があるなら指名してきたギルドに言え、だ。


 まあ俺はこういうのも冒険者の醍醐味だよな、くらいの感覚で呑気にその場を楽しんでいた。

 実際、器の小さい小貴族あたりだとこういうやり取りで冒険者を打ち首にしたりすることもあるという話だ。

 チンピラ冒険者なんかと一緒で舐めんなよ、ということだな。

 まあ日本人の感覚だと神様に準ずるくらいの存在が目の前にいたってそんなものなのだが、当然この世界じゃ相当におかしいことらしい。

 と言ってもまあ、何を今更って話だ。


「そんなことおっしゃられるんなら作って差し上げませんよ、激辛ラーメン」

「ぬ。激辛ラーメンじゃと?

 妾はそんなもの頼んでおらぬぞ?」

「え? そうなんですか?

 でもギルドの依頼書には“激辛ラーメン”と明記されていましたが」

「ああ、酸辣湯麺サンラータンメンを知らぬ者が対応したのであろう。

 あれは東国の一部の地域でしか食されておらぬ珍品ゆえな」

酸辣湯麺サンラータンメンですか」

「それでどうじゃ、お主に出来るかの?」


 これ、依頼内容の不備で不成立の案件なのでは……

 でもそんな理由で断ったら首が飛ぶんだろうなあ、物理的に。

 Sランクとかの奴らはこういう話をいとも容易く蹴るんだよなあ。

 俺も散々不敬を働いておいて言うことじゃないけどな。

 まあなるほどだ、お鉢が回って来た理由は腑に落ちた。

 中くらいのランクでもある程度偉い人と話せてこんな依頼でも断らなそうなお人好し、それが条件て訳かあ。


「まあ大丈夫です。材料を調達してきますので3日程いただけますか?」

「ほう、珍しいこともあるものよの。

“ラーメン”が何かを知っておるだけでも滅多にないというに」

「ははは、数年前に受けた依頼で東の帝国を訪れる機会がありましてね、そのときに少々」

「ほほう、なるほどの。では期待して良いのじゃな?」

「はい、勿論です」

「ああ、それと闘技場一杯分などという無茶な量は用意せずとも良いぞ。

 人化して食すゆえな」

「はい、勿論です」

「何じゃ、つまらんのう。では頼んだぞ」

「お任せください。早速準備に取り掛かります」

「うむ」


 最後の最後でまたお付きの神官がキレそうになっていたが、聖龍様は俺との会話を楽しんでいた様なのでセーフだと思う……多分。

 龍の表情なんて分からんけどね。


 そして結論から言うと、依頼の達成に関しては何の問題も無かった。

 何故かといえば俺は酸辣湯麺サンラータンメンの作り方を知っていたからだ。

 この世界・・・・にある材料でどうやって作るか、それも研究済みだ。


 それよりも依頼内容の不備、こっちの方が問題だ。

 酸辣湯麺サンラータンメンと言ったのを何でわざわざ激辛ラーメンに置き換える必要がある?

 下手するとラーメンのことすら知らない可能性が大きいのにだ。

 俺の中で、その不自然さがどうにも引っ掛かっていた。

 ついでに言うと新年の闘技大会の件も適当なでっち上げだった。

 何で分かったのかといえば、それは本人……もとい本龍に尋ねてあっさり否定されたからだ。

「何じゃ? 妾はそんな仕事はとうの昔に魔道具で“自動化”しておるぞ」

 本当に何でわざわざそんなことを……?


 しかし俺は、そんな疑問もそこそこに大神殿を後にして準備を始めるのだった。

 目の前のことに気を取られて大事な部分を見落とすのは昔からの悪い癖なんだ……



  ◆ ◆ ◆



 3日後。


 予告通り準備を終えて戻って来た俺は、すぐにとある小部屋へと案内された。

 その先はキッチンの付いた小奇麗な客室だった。

 そこで可愛らしいお婆ちゃんがちょこん、とテーブルについて俺を待っていた。

 この人物をを俺は知っている。

 世界一有名なお婆ちゃん、人化の術で人間に化けた聖龍様だ。

 聖龍様が無理矢理に人払いを要求するとお付きの者も渋々部屋を辞して隣室に移り、その場にいるのは俺と聖龍様の二人きりになった。


はよう」


 聖龍様はそれだけ言うと、俺が料理を終えるのをじっと待っていた。

 ……何やら熱い視線が痛い。


 人化の術は秒単位で魔力を消費するため、桁外れに大きな魔力を有する者しか扱うことができない。

 本来聖龍様ならば楽勝と言っていい程度の術ではあるが、それは全盛期の話だ。

 今の聖龍様は高齢のためか魔法を使うどころか空も飛べないし、ブレスを出すことだって困難だ。

 それがわざわざ人化した状態で俺の料理が出来るのを待ってくれているのだ。

 今となってはこの依頼を下らないと一笑に付そうとしていた自分が恥ずかしくなる。

 この期待を裏切ることは出来ない。



「……こちらです」


 俺は出来上がった酸辣湯麺サンラータンメンをそっと差し出した。


 聖龍様が箸を握り静かにひと口、ふた口と麺を口に運ぶ。


 敢えて言うまでもないことなのかもしれないが、この酸辣湯麺サンラータンメンは当然、地球の中華料理だ。

 それが何故異世界にあるのかと言えば、これまた当然の話だが異世界人である過去の勇者が持ち込んだものだからだ。


「お味の方は如何――」


 俺は口にしかけたその言葉を引っ込めざるを得なかった。


「はは、酸っぱ辛いのう……ははは」


 聖龍様は大粒の涙をポロポロとこぼしながら麺をズルズルとすすっていた。

 この国……いや、この世界ではどの国でも音を立てて食事をするのはマナー違反だ。

 しかし聖龍様は行き付けのラーメン屋で一杯引っ掛けるサラリーマンよろしく、盛大に音を立て夢中になって酸辣湯麺サンラータンメンを口に運んでいた。

 止めどなく流れる涙は決してラーメンの辛さから来ているものではない、ということは傍目はためにも明らかだった。


 俺はどうにもいたたまれなくなって黙って眺めていることしか出来なくなった。


 聖龍様はそんな俺を気に留める様子もなくズルズルと麺をすすっている。

 人の国では神の如く持ち上げられる立場だ。

 ラーメンをズルズルと食する機会など皆無だったのだろう。

 しかし目の前のこの方はきっと、俺みたいな人間如きには想像もつかないような色んな過去を経験して来たに違いない。


 こうして美味い……美味いのかどうかは分からないが、こうしてラーメンをご馳走していれば、いずれはその経験談を聞かせてもらうことも叶うのだろうか。

 俺は美味そうにラーメンをすするお婆ちゃんを眺めながら、今からでもラーメン屋なんて始めてみるのも悪くないな、などということをとりとめもなく考えていた。



「……お主のお陰で良い時間を過ごすことが出来た。

 心から感謝するぞ」

「ご満足いただけた様で何よりです」


“心から感謝する”か……

 もしかすると、俺に対する気遣いと言う奴もあったのかもしれない。

 聖龍様は決して我儘わがままなどではなく、そういう心遣いが出来る方だった。

 本当に、俺程度の腕前なんかで良かったのだろうか……


「個人的に追加での報酬も考えておこう。楽しみにしておれ。

 ただ、このことはくれぐれも他言無用にな。

 ああ、このことというのは勿論、個人的な報酬のことじゃぞ。

 妾とそなた、二人だけのヒミツじゃ」


 別れ際にそんなことを言われてもまだ、信じられなかった。

 食べ終わった後の聖龍様はとても良い笑顔で、最後の一言などウインクのおまけ付きだった。


 その楽しげな様子を見た俺は、ついぞ尋ねることが出来なかった。

 あの大粒の涙が何を意味するのか……

 いずれまた……会える機会があれるならそのときに聞いてみよう、そう思った。


「追加報酬なんて勿体ないお話です」

「はは、謙遜するでないぞ」


 そうだ、この方なら……


「もし本当に追加報酬を考えてもらえているのでしたら、そんなもの俺は結構です。

 そうですね……どこぞの孤児院にでも寄付していただけると嬉しいです」

「ははは、妾からの報酬をそんなものと断ずるか。

 そうかそうか」

「ああ、お気を悪くされたら申し訳ありません」

「何、妾は大いに愉快じゃと、そう申しておるのだ。

 子は国の宝ゆえな」


 聖龍様はそう言いながら上機嫌で証明書にサラサラとサインをしてくれた。


「では、またの機会を楽しみにしておるぞ」

「はい、酸辣湯麺サンラータンメン位のものでしたら幾らでも作りますので気軽に呼んでください」

「うむ。では、またな」

「失礼します」


 大神殿を出た俺は、その足でギルドへと向かった。

 一刻も早く完了報告をしなければと、そう思ったからだ。


 今回は別段応接室に案内される等といったことは無く、いつも通りの窓口での立ち話だ。

 対応したのも先日応接室で話した臨時の担当者ではなく、馴染の受付嬢だった。

 彼女は直筆のサインを見て硬直し、俺の周囲はにわかにざわつき始めた。

 しまいにはギルマスまで野次馬しに来て「マジかよ、これ絶対ネタだと思ってたんだぜ! こんなんなら自分で受けりゃ良かった!」などと叫び出す始末だった。

 どういうことかと尋ねれば、どうやら勇者サマから「こんな依頼は何でも受けそうなお人好しを指名して押し付けときゃ良いんだよ」などという入れ知恵をされていたらしい。

 あー、ということは勇者サマもネタ依頼だと思ってたのかぁ。

 まあ、そりゃそうだ。

 聖龍様はこの国じゃ神様の次に偉いお方なのだ。

 国王陛下ですらひざまずく雲の上の存在が直々にサインをくれたというのは結構な大事件だ。

 普通に考えたら有り得ない話だってのも分かる。

 まあだから何だという訳でもないのだが。

 それにしても聖龍様は個人的に追加報酬を出してくれると言っていたが、俺の要望を聞き届けてくれるというのならギルド経由で何か連絡でも寄越して来るのだろうか。

 いや、他言無用と言っていたくらいだ。

 俺に直接使者を送ってくるとかかもしれない。

 そう思うともうちょっと落ち着いて確認なりしてから出て来れば良かったと少しだけ後悔した。

 とはいえ万事が上手く行って、そのときの俺はホクホク顔だった。

 ギルドの皆も驚かすことが出来たし、依頼書に書かれた報酬だけでも結構な額だ。

 追加報酬の話なんて無くても俺は十分に満足していたのだ。


 そんなこともあってそれからの数日は特に依頼を探したりもせずただブラブラとしていて、その追加報酬の話などもうすっかり忘れてしまっていた。


 しかし――


「それは……本当なのか……」

「はい。本日未明に身罷みまかられたとの一報がつい先程」


 聖龍様が亡くなった。

 それはあの日からわずか数日後のことだった。


 原因は老衰であって特に病気などをわずらっていた訳ではない、との話だった。

 俺はあの日の出来事がかなり際どいタイミングだったという事実を知り、思わず背筋が冷たくなるのを感じた。


 これで確認の機会は永久に失われてしまった。

 何故あのとき尋ねなかったのか……

 俺は心の底から後悔した。


「あの、それでなのですが」

「ん? 何だ?」

「先日の依頼の追加の報酬です」


 そう言っていつもの受付嬢が提示したのは目もくらむ様な大金だった。


「こ、これはもしや聖龍様から?」

「いえ、勇者様からと伺っております。

 このタイミングで申し上げるのも何なんですが……下らないことに巻き込んで済まなかったと」

「いや、だからってこんな大金……」


 あのとき、聖龍様と勇者サマとで何か話す様な素振そぶりは一切無かったと思う。

 そもそも他言無用といったものを自分から誰かに話したりするだろうか?

 それに俺は自分は要らない、どこぞの孤児院にでも寄付してくれと頼んだ筈だ。


 それとも何か?

 今回の依頼人が実は勇者サマだったとかいうオチなのか?


 腑に落ちなかった俺は、唖然とする受付嬢をどうにかなだめて受け取りを一時保留ということににさせてもらった。

 勇者サマの申し出を断るなど、これまた前代未聞のことなんだそうだ。


 本当にやれやれだぜ……


 ちなみにその後、気を取り直した受付嬢からちょっとした噂話を聞くことが出来た。


 何でも、次代の聖龍様は人化するとそれは見目麗しい姫君になるとかで、勇者サマが騎として連れ回しているんだそうだ。

 おまけに勇者サマが変な方法で“手懐けた”せいで変な性癖に目覚めてしまったとか何とか。

 人化の術など、それ程長い間維持できるのだろうか。

 そう思って尋ねると、すごい魔石が手に入る目処が立ったとかで、魔道具で何とかするという話だった。

 全く、金持ちの考えることは分からんなあ。

 神官長様も「何とも困ったことです」と言って頭を抱えていたらしい。

 うーん。何というか……業が深いな……



 その翌日。


 王国各地でお触れが掲げられ、聖龍様の逝去が人々の間にも正式に周知された。

 その後、王都では大々的な葬儀が催され――“催す”という表現が妥当なのかは分からないが――国を挙げての大騒ぎとなり、王都は弔問客でごった返し不謹慎にも露店を出す輩まで出る始末だった。

 亡骸は大神殿に暫く安置された後、聖龍様が生まれたという山に埋葬されたそうだ。


 俺はその間ずっと弔問に行こう……行かねばならないと感じていたが、出掛けては戻るの繰り返しで最後の別れも遂に出来ずじまいに終わってしまった。



 そうして数カ月が経ち、騒ぎが一段落したある日。

 そろそろ良い頃合いだろうと思った俺は大神殿に向かった。

 せめて先日の関係者への挨拶をというのが目的だったのだが、何を勘違いされたのか着くなり霊廟へと案内された。

 何故大神殿に霊廟がという疑問も湧いてくるが、ここに聖龍様の角の一部を安置して王侯貴族が儀式やら何やらを行う場所にする、などといった話が持ち上がって今に至るのだそうだ。

 生前の了解は得ていたという話だが、聞いていてあまり気持ちの良い話ではなかった。


 俺は案内してくれた神官にお付きだった方に挨拶したいと申し出たが、取り合ってもらえずただ困った様な顔をされただけだった。

 「ここで聖龍様にお祈りを捧げたら早々にお引き取り下さい」だそうだ。


 抗議する理由もない俺はすごすごと引き返すしかなかった。


 ならばと思い次に向った先は冒険者ギルド。

 この依頼の処理を担当したあの受付嬢に取り次いでもらい、臨時報酬のことは抜きにしても事の顛末を報告したかったのだ。

 だが返って来たのは「その様な職員はおりませんが」の一点張りだった。

 思えばあの受付嬢、使い魔を出すなんて魔女の様なこと言ってたよな?

 やたら顔色が悪かったのも今考えると何か怪しい。


 だが……彼女は別れ際に確かに言っていた筈だ。

 俺の報告を楽しみに待っている、と。



 ……何だ? 何が起きている?


 王都は今日も晴天で、人々はいつもと同じく通りを行き交い忙しそうにしている。


 そんな中で俺ひとりが違和感を感じ、立ち尽くしていた。



/continue

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