序章~六節~
なになになに?何がど~なってるの!?
もう頭の中が混乱してわけがわからなくなっていた。金髪碧眼の王子様だと思っていたお兄さんが実はウィッグだったし目の色も黒だったし、あんなに優しい笑顔を浮かべて甘やかな声で喋っていたのにこんなに怖い笑顔でめちゃくちゃ怖い、いわゆる『ドスの効いた』声を出してるし!
それに……。
「てめぇは……黒鵜(くろう)の逢坂!」
ヤクザさんの仲間達も知ってる人みたい……?
『くろうのおうさか』さん、って……何者?
「アホな……なんで黒鵜がここおるんじゃ!」
「あの金髪がヨシツネかよ…!?」
みんながどよめいている中、当の本人はそんなのどこ吹く風といった様子で、側に倒れている男の人の懐を漁っている。
「あーあ、せっかく高見の見物してたのによォ……石でも投げられた気分だわ」
ぶつぶつ言いながらすっと何か取り出す。一体なにを、と見ていると、それは日常生活でどこでも見かける、小さな色つきの箱だった。
「た、タバコ……?」
「ふざけやがって……!」
ピストルを持っていた人がまた構え直してお兄さんを狙う。
いけない!とヤクザさん達の間を縫ってお兄さんの前に出る。
「そこをどけガキ!」
「撃っちゃだめです!」
「うるせぇ!そいつに庇う価値なんてな……」
ピストルの人がそう言いかけたとき、わたしの顔の横で風の切る音がした。
「え……?」
「ぐぁっ!」
直後、ピストルの人は肩を押さえて蹲る。見ると、ナイフが一本そこに突き刺さっていた。
「なっ……!」
「おいおいダメだろォ?『盾』が動揺しちまったら」
悠々とタバコに火を点けながらわたしの前に出てくるお兄さん。
変装していた優しい時とは打って変わって、その雰囲気には柔らかさのかけらも残っていなかった。
「くそっ!」
刺された男の人は肩を庇いながら、もう一度ピストルを構え直す。
でもその前にお兄さんが踏み込むのが早かった。
(パァン!)
「っ!」
お兄さんは額ギリギリまでピストルに迫ったかと思うと、ピストルを掴んでもう片手で手首を捻って上に向けさせる。その直後に発砲されたけど、弾はどこにも当たることなく放たれただけだった。
そのままお兄さんは銃を奪ってしまい、相手のみぞおちに強烈な蹴りを入れた。
「クソがァッ!」
他にもピストルを隠し持っていた人が構える。でもお兄さんはそれに見向きもしないまま発砲した。
弾はちょうど引き金にかけられた指に当たろうとして……わたしは嫌な予感がして目をそらした。
「ぐあぁッ!!」
ぽと、ぽとと何かが落ちる嫌な音がした。次におそるおそる視線を戻したとき、その人は撃たれた血まみれの手を覆っている。ああ、やっぱり、あれって……。
わたしがその光景に怖がっている間に、お兄さんは向かってくる他の人達をばったばったとなぎ倒していた。
しかもピストルを使ったのはさっきの一発だけで、あとはもう、素手で。
「ぎゃあッ!」
「ぐほッ、」
「ひィッ!」
ばき、ぼき、という痛そうな音と一緒に上がる悲鳴と苦痛に歪む顔。さっきまでわたし達を取り囲んで楽しそうに笑っていたとは思えないほどの変わりようだった。たった一人に対して、今度は自分達が追い詰められてしまっている。
対して、お兄さんはどうだろう。数の多い相手に対して好き放題に暴れている。敵のヤクザさん達よりも凶悪な笑顔を浮かべて、それはもう、楽しそうに。
あれ?これって……わたし、いらない……?
「なァ~足腰弱すぎンぞてめェら。別のコトに使いすぎじゃねェのか?」
すぱぁ~っとタバコの煙を吐きながらお兄さんはつまらなさそうに言う。
対するヤクザさん達の顔は悔しさが溢れていた。
「くそッ……!逢坂てめェ、逃げられると思うなよ!」
大声で吐き捨てるように言うと、まだ立てるヤクザさん達は一目散に逃げていった。
「あ~あ、イジメ甲斐のねェ奴ら。なァ?」
すごく親しげに同意を求められたけど、もう何て言ったらいいか……。
ただでさえあのお兄さんが幻だったこと、本当はすごく強かったこと、さっきの喧嘩がとても怖かったこと、とにかく色んなことで頭がいっぱいになっていて、どれから整理すればいいのかわからない。
そんな混乱する頭を抱えながらも、深呼吸して、なんとか一つ質問を絞り出す。
「……あなた、何者なんですか?」
「生まれつきこうなんだよ」
意地悪そうに笑いながらそう答えるお兄さん。
それって……さっきわたしが言ってたのと同じ!?からかってるの!?
「か、からかわないでください!本当に誰「艮(うしとら)会直属黒鵜組若頭補佐・逢坂遮那」です……か」
遮られてさらっと答えられてしまう。また意地悪してかわされるのかなと思ったけど、意外にもあっさり……あれ、これも意地悪なのかな。
と、とにかく名前は……。
「うしとらかい……くろうぐみ?」
「あァ、響きで何となくわかるよな?『どこの世界の人間』か」
なになにぐみ。わかがしら。ドラマやニュースでよく見聞きする単語。
これって……その、つまり……。
「……あなたも、ヤクザ、さん?」
「はァいよくできました」
……………………………………
……………………………
……………………。
「えっ………えぇえぇえぇええぇええ!?!?!?」
どどどどどどどーゆーこと!?お兄さんを追ってたのはヤクザさんで、今襲ってきたのもヤクザさんで、でも実はお兄さんも本当はヤクザさんで……今日会った危ない人達みーんなヤクザさん!?!?!?
「じゃ、じゃじゃじゃじゃああの人達は……!!」
「ありゃ尾上っつう関西ヤクザだよ」
別の組の人!?じゃあわたし、ヤクザさん同士の争いに横入りしちゃったってこと!?
「な、なななんであなたを追って……!ま、まさかあの、こーそーっていう…!?」
「印籠もどきを奪い返しに来たんだよ」
いんろー、って……そうだ!あの例の……!
「そ、そういえばあのヤクザさん、あなたが盗んだって言って……」
「おう」
さらっと言った!悪びれもなく!!じゃあこの人が全部悪いんじゃん!!
「そんなことしたら追いかけてくるに決まってますよ!」
しかもそれで撃たれてケガまでしてるし!なんでそんな怖い人達を怒らせるようなことしちゃったの!?
……いや、この人も怖い人なんだけど!
でもそんな慌てるわたしに対して、お兄さんはどこ吹く風だった。
「あーあ、わざわざ変装して盗んだのにな~見つかっちまったな~」
あの人達から逃げるためにわざわざ変装してたの……?
でも、それにしてはすごーく、すごーーくわざとらしい言い方のような……!
「あ、あんな金髪逆に目立つに決まってます!失敗ですよ、失敗っ!!」
「それは違ェな、お嬢ちゃん」
お兄さんはタバコをくわえた口角を歪めながらわたしをまっすぐ見つめる。まるで蛇に睨まれたかのように、わたしはぐっと言葉に詰まる。
「大収穫だよ。目立ったおかげで餌になって、目当てのモンも釣れたしな」
不気味に笑いながら、一歩一歩わたしに近づいてくる。思わず後ずさりしそうになったけど、なんとか膝に力を入れて踏みとどまった。
……でも、直後に聞いた言葉で、すぐにそれを後悔した。
「なァ?野田うずらちゃん」
「…………えっ……!?」
………今、なんて言った?この人……。
はっきり、言ったよね……?『野田うずらちゃん』、って……。
「ど、どうして……ッ!」
「知ってるぜ?お前の事。ちまちま人助け重ねてる超人パワーを持ったヒーローちゃん」
や、やだ。なんで。
「今朝なんてすごかったもんなァ。屋根に引っかかったガキの靴を登って取ったり、ブレーキの効かねェチャリを一瞬で止めてみせたりよ」
ぜ、全部見られてる。知られてる。
なんで?どうして?と混乱は増していくばかりだった。
「欲しいモン口説くときゃ、事前に色々調べなきゃな?例えば『王子様を夢見る乙女趣味』、とかな」
落ちていた金髪のウィッグを拾ってゆらゆら揺らすお兄さん。
その姿が不気味で、踏みとどまった足が半歩後ろに下がる。すると、ぱきっと何かを踏んだ感触があった。
「え……」
足をどけて見てみると、とても小さなガラスが粉々に割れていた。元は小さくて丸い形をしていたようで、縁が青みがかっている。
これってひょっとして……コンタクトレンズ?そう気づいた時、ふと脳裏を優しかったお兄さんの顔がよぎる。
そう、深い青の、優しい瞳が……。
「っ……!」
気づいた瞬間、ぞぞぞっと鳥肌が立った。
そんなわたしを見ながら、お兄さんはますます不気味な笑みを深める。
だ、だめだ。怯えちゃいけない……!
「な……何が、目的なんですか」
「あァ、そんな肩肘張る必要ねェよ。ただ……てめェを雇いたいだけだ」
「へ?」
どんな恐ろしいことを言われるのかと身構えていたら……雇いたい?
「そ、それって、どういう……」
「あァ?勧誘もわかんねェのかてめェは」
や、やっぱり勧誘!?どうして!?と再び慌てるわたしに構わず、お兄さんは続ける。
「てめェのバケモンぶりは目を見張るモンがある。ちっせェ正義の味方ごっこで使い潰すにゃ勿体ねェ才能だ」
ウィッグをくるくる回しながら、少しずつ近づいてくるお兄さん。
他にこんな……般若みたいな笑顔を浮かべられる人って、いる?あの王子様みたいな笑顔を浮かべていたお兄さんと同じ人だなんて信じられない。変装の時とのギャップがあんまりにも激しい。
……あと、こんな人があんな芝居をしていたという事実がまた恐ろしい。さっきから鳥肌もずっと立ちっぱなしだ。
「オレが他の誰よりも……てめェ自身よりも上手く、てめェを使ってやる。悪い話じゃねェだろ?」
……最初の胸のときめきが嘘みたいだ。こんなにも、恐怖で縛られるしかない勧誘なんて受けたことない。
『上手く使ってやる』?……やだ。やだよそんなの……冗談じゃない!
「い……いやです!」
「ほォ?それはまた何で」
「わ、悪いことに加担したくないからです!」
「別に汚ェ仕事させようってワケじゃねェ、オレの身を守るだけでいい。……何だよ、あんなに積極的だった癖に。頭下げてまでオレを守りてェって抜かしてたのはどの口かなァ?」
「あっ、あっ、あれはっ、ヤクザさんだってわかんなかったから……!それに、ヤクザさんってたいてい悪いことしてるじゃないですか!」
「どうかな?ひょっとしたら優しいヤクザ王子様かもしれねェぞ」
「そんな王子様いないもん!」
そんなの聞いたことないよ!王子様っていうのはもっと紳士的で優しくてかっこよくてキラキラして……とにかくヤクザさんとかとは全く別だもん!
「だ、大体なんでわたしが必要なんですか!?他にも強い人いっぱいいるんじゃないですか!?」
「追ってる奴がバケモンだからだ」
てめェと同じ、な。と言うお兄さん。同時にくるくる回してたウィッグはぽーんっと指から離れて飛んでいく。
追ってる奴って……
『僕は長い間、ある男を追っている』
まさか、最初に言ってたあれは……本当の話なの?
「ば、ばけもんって、どんな?」
おそるおそる聞いてみると、お兄さんはふーっと煙を吐きながら語り出す。
「……そうだな、まず……銃弾も刃も通らねェ」
……へ?
「あとは……数百人で構成された武闘派組織を一人で壊滅させる、向かってきた大型トラックを軽く蹴り飛ばして撃退、飲まず食わずで1週間ぶっ続けで多くを殺し続け、挙句にゃ建物ごと爆破しても無傷で生還する」
「………」
「ま、だいたいそんな奴だ」
…………………。
「……盛ってませんか?それ」
「まだ盛ってみるか?」
まだあるの!?さすがにもういいです、と遠慮する。
「まァとにかく、そいつに唯一真っ向から太刀打ちできンのはてめェしかいねェとふんだ」
そ、そんな……冗談みたいな人に立ち向かうために、わたしを?
話だけ聞いても実在しているかどうかも怪しいくらい、めちゃくちゃな人みたいだけど……。
「な、何でそんな人を追いかけるんですか?」
「てめェ人の話聞いてなかったのか?」
呆れたように言うお兄さんに、わたしはまた記憶を辿る。
そうだ、お兄さんの語っていた、絶対に譲れない使命……『お母さんの仇を取ること』だ。ひょっとして、これも本当の話なの?
……正直、あの金髪のお兄さんだったら信じれたけど……。
「……嘘だ」
「ほ〜〜人を見た目で判断するたァ上等だ」
「だって変装して騙したくせに!」
どの口が言ってるの!とばかりに怒ってみせても、お兄さんはしれっとした態度で、
「てめェが引っかかっただけだろ」
なんて返す始末。
信じられない、なんて人なの!?そ、そりゃあ騙されたわたしも悪いけど……!それにしたって横暴すぎるよ!
ていうかもう、これ以上ついていけないよ……!
「と、とにかく!わたしは悪い人の味方にはなりません!もう帰りますからね?そんなに強いなら一人でも大丈夫ですよね!」
もう言うべきことだけ言って、さっさと帰ろう!初めから首を突っ込んじゃいけなかったんだ!
回れ右をして路地裏から出ようとすると、後ろから強い力で手首を掴まれる。
「おいおいおい、怪我した王子様を置いて行っちまうのか?」
そんな怖い笑顔の王子様なんていないもん!
ていうかさっきまで大暴れしてたくせに!
「ぴんぴんしてるじゃないですか!」
「つれねェなァオイ。指切りした仲だろ?」
そ、そりゃあ確かにしたけどっ……でも何度も言うように正体が強くて悪い人だって知らなかったし!あんなの約束じゃなくて詐欺みたいなものだし!
色んな感情が溢れるままにきっと睨んだ。でも、お兄さんの獲物を狙うような眼差しに射貫かれて、ちょっと怯んでしまう。
その一瞬の隙を、お兄さんは見逃さなかった。
「ひゃっ!」
ぐいっと強い力で引き寄せられたかと思うと、お兄さんは耳元にそっと唇を寄せた。
「……野田すずめ」
「ーーーッ!!」
低い声で囁かれたのは、聞き覚えのある名前だった。
「野田はじめに、円居晴久……荻元タカ」
ママやパパ……晴久おじいちゃんに、おばば。
次々と知ってる名前が、鼓膜を震わせるような低い声で囁かれる。
「な……なんで……ッ……!」
「てめェみたいなバケモンを産んだ家族なら、少なくとも同じ血を引いてるってこった」
「やめ、やめて」
離れようとしたけど、恐怖で力が抜けちゃって、お兄さんの手を振りほどけない。
お兄さんはそれを見越してか、どんどんわたしを追い詰めていく。
「他の奴らはどんなバケモンかなァ、スーパーパワーで世を忍ぶヒーローのツラを隠し持ってんのかなァ……これが世間にバレたら、どんな騒ぎになるだろうなァ」
「ッ!!」
……一番まずいことを言われる。乙吉流は秘匿が必須だし、あざみの秘密も……自分達みたいな存在も、社会にバレちゃいけないんだ。
お兄さんは動けないでいるわたしの腰に手を回す。掴んでいた手首が解放されたかと思うと、今度は顔を強い力で掴まれてしまった。
「ハッ……ちょっと秘密暴かれただけで動揺してこのザマか?ぶつかったオレに尻餅つかせといて」
ただ言葉を発するだけで、的確に、容赦なく。
わたしの脆い部分をとことん攻めてくる。
「いくらてめェが強くたってなァ…ガキの甘い見込みで首突っ込んでくると、悪ーい大人に踏み込まれンだよ。……こんな風にな」
ああ、お兄さんの言う通り……わたしが甘かった。
他の人には絶対に気づかれないって、たかをくくっていたんだ。それに、勝手に運命なんてものを感じて、騙されてるのに浮かれちゃって……結果的に、こんな怖い人に捕まって。
「……そんなメンタルでよくヒーローごっこなんてやれたなァ?ええ?」
とどめのお兄さんの言葉は、深く心に突き刺さった。……本当に、自分の見る目のなさに呆れてしまう。
『あんな人達とこの人が同じようなものだなんて、信じられない。』?……そんなわけがない。こんなの、同じどころじゃない。
(……いや、違う)
同じだけど、違うんだ。
舌なめずりをするお兄さんを見ながら、わたしは一つの結論をはじき出す。
今日は、本当に、たくさんの怖い人を見たけれど……。
(ーーーーこの人が、一番、怖い……っ!)
「やだっ……やめてくださいっ!」
必死で恐怖を振り払うように、顔を掴むお兄さんの手を引っぺがす。
そのまま軽々と後ろへ流すよう、勢いよく背負い投げた。
「ごふっ……!」
背中から地面に叩きつけられたお兄さんの口から、肺に詰まった息が漏れた。
起き上がらないのを確認したわたしは、そのまま一目散に逃げる。
そのちょうどのタイミングだった。
「おい!おったど!」
「逢坂ァ!往生せいや!」
どうやら、ヤクザさん達の応援が駆けつけたらしい。立ち止まってこっそりと様子を伺うと、力なくぐったりしたお兄さんが引きずられていくのが見えた。
「……打ち所が悪かったかな……」
ちょっと……ほんのちょっとだけ、心配だけど……でもあの人、十分強かったし。
きっとわたしの手を借りずとも、なんとかすると思うし……大丈夫だよね!……たぶん。
「そうだよ!だいたい自分だって十分めちゃくちゃなんだから、『ばけもん』だって余裕で相手取れ……」
そこまで言いかけた時、ふと、心の片隅で何か引っかかるものがあったことに気づく。
それはお兄さんが追ってる、『ばけもん』のこと。
『銃弾も刃も通らねェ』
『数百人で構成された武闘派組織を一人で壊滅させる、向かってきた大型トラックを軽く蹴り飛ばして撃退、飲まず食わずで1週間ぶっ続けで多くを殺し続け、挙句にゃ建物ごと爆破しても無傷で生還する」
『ま、だいたいそんな奴だ』
聞いた当初は、そんな人本当にいるの?って思ったけど……
こんなとんでもない、フィクションじみたエピソードをもつ人物を、小さい頃からよく聞いていた気がする。
『百貫(350キロくらい?)ものする柱を槍のように扱ったとか。
武田軍に引けを取らない程の精鋭騎馬隊を一人でやっつけたとか。
1週間不眠不休で多くの忍者軍団を相手取り、やっつけ続けたとか。』
……これらは全て紛れもない真実、歴史の闇に隠蔽された伝説。
ああ、そうだ。これは、まるで……あざみ伝説のような……。
「……うっ……」
ぶるり、と背筋を何かが走る。同時にお兄さんのあの獲物を狙う眼差しも思い出しちゃって、ひどく寒気がした。
とにかく、このままここにいちゃだめだ。早く帰って、今日のこともおばばに相談しなきゃ。
「うう、なんだかお腹の辺りもすーすーする……」
今の今で、風邪引いちゃったかな?
なんだか物理的に、スカートの中を風が通り抜けていく感じがする。
そう、本当に、すーすーして………
…………すーすー…………。
「……え?」
信じられない違和感に気づいたわたしは、スカートの上から足の付け根とお尻を触る。
いくら手探りで確かめても、あるはずの布の感触が、外からも中からも感じられない。
「う、嘘だ……」
だって、そんなこと、あるはずがない。
だって、あり得ないよ、そんな……ああいうのは忘れるもんじゃないし、今日だってずっとあったもん。
待って、いつから?お兄さんと会ったときはもちろんあったし、ヤクザさん達と戦ったり、お兄さんを連れて逃げてた時だって、ちゃんとあったもん!
でも、それじゃあなくなったのは……ついさっきってこと?だってさっきまでは、お兄さんと話してただけ……。
『ガキの甘い見込みで首突っ込んでくると、悪ーい大人に踏み込まれンだよ。……こんな風にな』
お兄さんの言葉と共に、腰にあった大きな掌の感触を思い出す。
…………これは、まさか、信じられないけど………
ぱ……ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、
「ぱんつ取られちゃったぁあああ!!!!????」
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一方、黒塗りのセダンはとある場所を目指して走行していた。
「港の倉庫に集合だと」
「もう逃げられへんからなァ、オイ」
ヤニくさい車内で、助手席に座る強面の男は後部座席に座る男……逢坂遮那へ脅しをかける。
遮那の両隣にはこれまた柄の悪い面構えの男が座っており、絶対に逃げられないようがっちり固められている。
……にも関わらず、遮那の表情はとても落ち着いていた。
「残りのガキは?」
助手席の男は、ハンドルを握る仲間に問いかける。
尋ねられた仲間はうんざりといった様子で答えた。
「まだ探してるって。ったくとんだヤクネタだよお宅。面倒ごとばっか持ってきやがって…………何持ってんだオイ」
バックミラーに映った遮那が何かを持っているのに気づいた。
指先で何かを回して遊んでいるようだが、それはどう見てもこの男には似つかわしくないものだった。
「ああ、これ?」
水玉模様の、かわいらしいリボンがついた布をひらひらとちらつかせる。
「鮫の餌だよ」
てめェらを喰う、な。
そう語る遮那は、この場にいる誰よりも不気味に、不敵に……愉しそうに、笑っていた。
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