序章〜二節〜
聖すめらぎ女学園。それがわたしの通う学校の名前。中等部〜高等部が存在するいわゆる中高一貫の私立女子校。通う女生徒は上流階級のご令嬢や有名人の娘さん、超秀才の才女で占められている所謂お嬢様学校なのだ。学業はもちろん、芸術や礼儀作法にも力を入れており、その範囲は運動分野にまで及ぶ。有名な女子スポーツ選手を輩出させたコーチが指導係についているほどだ。この間は薙刀部が全国大会出場してたなあ…。
そんな大変な学校になぜわたしが通えているのかというと…もうとにかく家族一丸となって受験を頑張ったのと、おばばやおじいちゃん、パパとママが学費方面でも頑張ってくれたおかげ。うちは決して裕福じゃないのに、こんな大きな学校へ通わせてくれて頭が上がらない。最初は「通えたらいいな」っていう憧れの気持ちで見てただけなのに、パパとママがいつの間にか取り寄せていた資料をドンっと目の前に置いて「一緒に頑張ろう!!」とわたしより意気込んでやってきたのだ。ただわたしの憧れを叶えたいという気持ちをストレートにぶつけてくる二人にびっくりしたけど、とても嬉しかった。
紆余曲折あって無事合格した学校に入学してはや一年。先月無事2年生に進級し、今年もぴかぴかの新入お嬢様達も入ってきた。校門をくぐる初々しい笑顔達はすごくお淑やかかつ煌びやかで、先輩のわたしなんかよりとても気品がある。かっこ悪いところは見せられない…!と背筋がピンと伸びる。どんなもんだ!わたしだって1年もお行儀作法を勉強したんだもん。他のお嬢様達に溶け込んでみせるもんね!
そしていつか、純粋で気品があって、かわいくて素朴だけど優雅な女の子になって、本物の……。
「おはよぉーございますッ!!ですわッッ!!!」
「びゃっっ!!!」
急に耳元でクラクションが鳴ったかと思うくらい健康的かつ大きな声が右から左へばびゅん!っと突き抜けてからの、
「ごきげんよう〜♡」
「ひゃひっ!?」
指先を触れるか触れないかの絶妙加減で背中から脇腹へつつつ〜っと滑らせるというくすぐり攻撃を受けたわたしは、それはもうお嬢様らしくない奇声を上げるしかなかった。せっかく伸びた背筋も曲がっちゃってる…。
朝からこんな奇襲をしてくる子は、わたしが知る中でも二人しかいない。
「ち、チカちゃん、ひめちゃん……」
「どーしたうずら!腰が曲がっててばっちゃんみたいだぞ!ですわ!」
目の前で堂々と仁王立ちしているのは、1年生の頃からのクラスメイト・南チカノちゃん…通称チカちゃん。有名なオリンピック陸上選手の娘さんで、スポーツ推薦で入学してきた陸上部のエース。陸上競技だけでなくサッカーやソフトボール、テニスなどあらゆるスポーツでも満点を勝ち取るスーパー万能選手だ。いつも明るくて元気いっぱいだけど、元気が余りすぎて一日中ずーっと走り回り続ける野生児な女の子。癖っ毛のショートカットと日焼けした肌がとっても健康的だ。
「ダメだぞ!若いうちは背筋をピーンって伸ばしとかなきゃな!ですわ!」
「お、おはようチカちゃん…その『ですわ!』ってなに?」
「んーこないだのマナー座学もボロボロだったからなー。せんせーに日頃の生活でもジョーヒンさを身につけろーって言われちゃったから、言葉遣いをキレイにしようと思ってな!」
そんなチカちゃんの言葉に、くすくすと上品に笑う女の子がもう一人。
「んまあチカったら…そんな語尾をくっつけて上品さを上げようだなんてピュアッピュア♡」
艶やかに微笑む女の子は獄堂えひめちゃん…通称ひめちゃん。大手アパレルメーカー会社の娘さん。経営者のご両親をもつともあってとってもセレブな家のお嬢様。有名ブランドデザイナーのお母さんに似て、ひめちゃんも自分で洋服のデザインをしたり、プロ顔負けの裁縫スキルで色んな衣装を仕立てたりしてる。誰にでも優しくて親切な子なんだけど、ちょっとイタズラ好きで…チカちゃんとは別の意味で暴走しがち。いつもおでこを出しているのがチャームポイント。
「ひ、ひめちゃんおはよ…」
「あらあらあら、まだくすぐったいのかしら?」
「ずーっと残ってるよ、指の感触が…」
「うふふっおみ足がかっくんかっくんしちゃって…ビンカンなうずらもとーってもラブリーなのだわ♡」
「ら、ラブリーなのかなあ?」
まだぞわぞわとする脇腹をさする。ひめちゃんはたまに…いや頻繁にこういうよくわからないかわいい判定をもっているので困惑することが多い。今は慣れたけどね…!
「『ですわ』だけじゃジョーヒンになれないのか?」
語尾について突っ込まれたチカちゃんはうーんと首を傾げる。
「うーーん…心がけはいいと思う」
「何事も小さい一歩から始めるのがイチバンよ」
「えーっ、もっとでっかい一歩じゃなかったのかよー」
手っ取り早く身につけたいのに!とがっかりするチカちゃん。マナースキルとなるとどうも苦手意識が強くなるのか、手早く済ませようとする癖がある。嫌なことはパパッと終わらせたいチカちゃんらしい。
「口調からマスターしたいなら『ですわ』以外の言葉も学ばないとね、チカ♡」
「ん〜〜〜〜難しいぞ……ですわもなんだか馴染まないしな〜」
「口調を覚えるのが難しかったら仕草はどう?」
チカちゃんはどちらかと言うと体で覚えるタイプだ。難しい言葉を頭で覚えるより、仕草や振る舞いを綺麗にすることから始めれば、お淑やかさが身について口調も自然と丁寧になるかもしれない。上品さを身につけるんなら、自分にあった方がいいと思うしね!
「それはいいアイデアなのだわ♡どう?チカ」
「シグサか〜〜けどそういうのってマナー講座で教わるもんだろ?あの実習は体が硬くなっちゃって頭に入らないんだよなぁ」
「んまあ♡実習以外にも学べる機会はあってよ?」
「えっホントか!?」
「ええもっちろん♡」
ドヤ顔で目をきゅぴーんと輝かせるひめちゃんは、びしっとキメるようにチカちゃんに人差し指を向ける。
「方法はカンタン、誰かをお手本にしてマネすればいいのだわ!」
「お手本〜?」
「そもそもこの学園はお嬢様の園、お手本には困らないハズよ」
「確かに…」
ひめちゃんの言う通り、この学園にはお上品なお嬢様はごまんといる。チカちゃんもお手本とする相手には困らない。
「けどおじょーさまなんていっぱいいるだろ。誰をお手本にすりゃいいんだ?」
「そうねぇ、いろんなタイプのお嬢様もいるし…中には真似されてるのに勘づく子もいらっしゃるから…」
「そっか、そういうの嫌がる子もいるもんね」
じゃあ誰がいいだろう?お上品かつ真似されても怒らない…もしくは気づかないお嬢様然としたお嬢様。チカちゃんのいいお手本になりそうな子は……。
「あーーーら!泥臭いニオイがすると思ったらおジャガイモの皆様方、お揃いで」
勢いよく割り込んできた力強い声とおゴージャスな気配に思案は打ち切られる。
「ま、まりあ様……」
取り巻きの女の子達を引き連れて現れたのは、同級生の姉ヶ崎まりあ様。1年生の頃にクラスメイトだった女の子。多くの大企業を経営する姉ヶ崎グループの娘さんで、学内一の財力を持つトップオブお嬢様。その上この学園の理事長の妹さんでもある。
金髪碧眼に西洋風の美しい顔立ち(フランスのクォーターらしい)、高飛車が服を着たような堂々とした立ち振る舞い、ゴージャスな扇子を持つ指先にまで気品が漂っている様は、見ているこちらを圧倒させる。一見重そうだけども見事な縦ロールのブロンドが、朝日によってキラキラと反射して眩しい。
まさにお嬢様要素がてんこ盛り。見ているこちらがお腹いっぱいになるくらいだ。
「おジャガイモが朝から道端を塞いで楽しく雑談なんていいご身分ですこと!」
「ええ全くだわ。まりあ様の行手を阻むなど言語道断と知りなさい!」
まりあ様の取り巻きさん達も口々にお叱りの言葉を放つ。まずい。この人達を怒らせちゃダメだ…!
「ご、ごめんなさい!すぐ退くので…!」
慌ててチカちゃんとひめちゃんに声をかける。
「チカちゃんひめちゃん、端っこへ行こ…」
「む〜〜〜〜〜ん…………」
「ん〜〜〜〜〜………」
「まだ考え込んでるの!?」
現れたまりあ様達にお構いなく、お手本のお嬢様候補について思案中の二人にずっこけそうになる。なんであんな存在感を前に無視できるの…!?
「ほ、ほら二人とも!まりあ様が邪魔だって…!」
「…ん?なんだうずら、そんなに慌てて……って、なーんだ姉ヶ崎か!」
まりあ様達に気づいたチカちゃんは元気よく挨拶する。
「おっす!あっ違った、おはよーございますですわ!」
「あらぁ〜これはこれはまりあ様!ごきげんよう♡」
まりあ様を前に何ら動じることなく対応する二人。わたしより肝が据わっててすごい…!
「今日もなんかこれ…すっげえな!髪のイモムシ!それどーなってんだ?」
(ビキッ)
チカちゃんの無礼発言で、まりあ様のおでこに青筋が浮かんだのが見えた。扇子を持つ手もぎゅっと固くなっている。
「ちょっ…チカちゃん!アレはイモムシじゃないんだって!」
「そうよチカ、あれは縦ロールって言うのだわ♡今時ああいうヴィンテージかつ昭和の少女漫画のような縦ロールはとーってもレアなのよ?」
(ビキビキッ)
遠回しに古臭いと言っているに等しいひめちゃんの発言に、さらに青筋が増えるまりあ様。二人ともこれで悪気が全くないのだから末恐ろしい。
「まっっっっったく今日も変わらず失礼な方々ですのね…ッ!……まあ、泥臭いあなた方の惚けた発言なんてわたくしの前では無意味に等しいので、多少のことは目を瞑ってあげてもよくってよ」
「さすがはまりあ様だわ!」
「お心がとても広いのですね!」
後ろの取り巻きさん達がぱちぱちと拍手をする。まりあ様もそうだけど、この子達もなかなか個性的だよね…。
「知ってるぞ!そーゆーの見栄っ張りって言うんだろ?」
「だァーれが見栄を張っているのかしら!?」
なんでまた煽るようなことを言うのチカちゃん!?
これにはまりあ様も上品さが脱げて吠えるようなツッコミを放つ。
「違うわよ、チカ。あれは自分のプライドを守るために度量の深さをアピールしているのだわ♡」
「それって見栄っ張りとどう違うんですのッ!?」
ひめちゃんの追加攻撃に対しても鋭いツッコミ。こう見るとまりあ様もなかなかこう…ノリがいいんだよね…。
「全く、礼儀もなってない方々って本当にうんざりしますわねっ!」
「ほ、本当にすみません…」
これ以上二人の無自覚煽り攻撃が飛び出ないよう、前に出て謝る。そんなわたしにまりあ様はふん!と鼻を鳴らす。
「そもそも貴女が原因じゃなくて!?野田うずら!」
びしぃっと扇子の先をわたしに向けるまりあ様。その迫力と急に向けられた矛先にびくっと肩が揺れる。
「貴女がいつまでもそんな風に貧乏くさくて垢抜けない庶民然としているからそこのお二方にも影響が出るのですわ!少しは自覚なさっているのかしら!?」
「ごごごっ、ごめんなさい!気をつけます!」
こちらもびしぃっと背筋を伸ばして頭を下げる。さながら子供の代わりに謝る親御さんの気分だ。
「ふんっ!精々励むことね!」
ぷりぷりと怒りながら、取り巻きさん達を連れて去ろうとするまりあ様。ゴージャスな雰囲気と美しい足取りは正しく本物のお嬢様そのもの。さっきまでノリのいいツッコミを放っていたとは思えない。縦ロールが揺れる後ろ姿もなんて見事なんだろう、とその背中を見送ろうとしたんだけど…。
「あっ」
まりあ様の足元に、桜の若葉が落ちている。
普通の人ならそれに気づいて踏まないよう気をつけるか、何にも気にせず踏み締めて行くかだろう。
でも、まりあ様の場合……。
「あ」
つるーんっと聞こえてきそうな勢いで滑ってしまうのだ。背中から転びそうな体勢は崩れているにも関わらず、つま先まで綺麗なフォームを保っている。というか若葉一枚であんなに勢いよく転ぶなんて芸術の域……そう、的確な表現があるとすれば…ドジっ子の転け方である。
まりあ様はそういう、どこか抜けたようなお嬢様のテンプレートを煮詰めたような子だ。だからこそ、どんなに嫌味を言われたりしても、憎めないのかもしれない。
「ああっ!まりあ様!」
あまりにも一瞬のことで、取り巻きさん達も対応が間に合わない。そう判断した瞬間、自分の体が動くのは早かった。
「わっっと!」
まりあ様の頭が地面を打つ前に、間一髪でその体を抱き止める。体への反動が少ないよう、ふわりと抱き込むように頭と胴体を支えた。
「あっ……!」
「ふうっ危なかった…!」
体を確認すると、どこも怪我はないようだ。動揺するまりあ様の表情を伺うと、痛がっている様子はない。何が起こったのかわからない、と言った様子でばしばしのまつ毛を持った碧眼をぱちぱちと瞬きさせている。
「大丈夫ですか?まりあ様…」
一応、確認のために顔を覗き込む。危機は免れたとは言え派手に転びかけたし、チェックは大事だよね…!とじーっと見つめながら答えを待つと、
「は、は、は、は、………」
雪のように白い肌がみるみるうちに赤くなっていき、やかんのようにぷしゅーっと湯気が沸き立つ。汗の量も尋常じゃないし、言葉も言葉になってない。
まさか、転んだショックで熱が出てきたの!?
「ほ、本当に大丈夫ですか!?このまま保健室に運ん…」
「破廉恥ですわぁあ〜〜〜〜ッッ!!!!」
慌てるわたしの至近距離で放たれた絶叫が、こちらの鼓膜を通り越して近辺一帯を駆け抜けていった。そのまま勢いよくわたしの腕から起き上がると、上品なゴージャスオーラも彼方へ飛んでしまう勢いで全速力で走り去る。まるで蒸気機関車そのもののような後ろ姿を、取り巻きさん達が慌てて追いかけて行った。
その姿をぽかんと見送るわたしの後ろで、ひめちゃんとチカちゃんはひそひそ話をしている。
「なあひめ、あーゆーのもお嬢様のお手本になるのか?」
「アレはまりあ様のお家芸よ、チカ。誰だって真似ができるものではないのだわ♡」
「ふ〜〜ん…てゆーか、何で鼻血出してんだ?」
「うふふっ、なぁんでもないのだわ♡」
(朝からなんて見事な王子様ぶりなのうずら…!普段のごく普通の美少女な雰囲気とは打って変わり、颯爽とした身のこなしでまりあ様を助ける姿……まさにギャップの塊なのだわ!まりあ様が明らかに動揺を隠せずパニックで逃げるのも無理はないわね。破廉恥なんて悲鳴を上げちゃって……全く二人揃ってとーーーってもあどらぶりぃなのだわ〜〜♡♡)
…何だかわからないけど、背後から寒気が襲ってくる。でも、朝から怒涛のどたばたに見舞われたせいで、もうツッコミを入れる気力も失せてしまっていた。
それでもまだまだ一日は始まったばかり。授業が始まるまで、元気が残ってるといいな…。
「……さァて、手頃な餌の準備もできたが…雑魚だけ釣り上げちゃ意味がねェ」
「ちゃ〜んと引っかかってくれよ?…化け物ちゃん♡」
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