うずらのおしごと

佐藤シンヂ

序章~一節~

 序章 〜一節〜


 その日、わたしこと野田うずらは、一人前の忍者になった。

「よおやったうずら、おめでとさん。晴れて免許皆伝、今日からあんたが当代の乙吉流忍術継承者ですわ」

 師匠ことひいおばあちゃん、もといタカおばばに修了を言い渡されたわたしの心は、とても落ち着いていた。凪いだ気持ちって、きっとこういうことを言うんだろうな。

 深呼吸を一つ。一つに編んだおさげが風に揺れる。なんて静かな夜なんだろう。今までの修行の思い出が、頭の中を過ぎる。

 辛かった、苦しかった。決して楽じゃなかった。その全ての修行を終えた今、わたしの口から出た一言はこうだった。


「…………えっこれで終わり?」

 


 古くより伝わる『乙吉流忍術』。戦国時代に活躍したらしい伝説のくノ一・『あざみ』が開祖と言われているその忍術は、タカおばばがそのまた師匠から継承者を受け継いでいた。けれどずっと前に継承者の座は兄弟子に譲られ、そしてつい先ほど、最終試練を終えたわたしは兄弟子からその座を勝ち取った。

 晴れて免許皆伝。小さい頃から習っていた忍術の試練が全て終えた瞬間だった。でも師匠のおばばに修了を言い渡されたその夜は、なんだかすごく呆気なかったというか、あっさりしていた。

(ああ…終わっちゃったんだ…)

 大事な最終試験を終えて、しばらく眠れなくなるくらいの高揚を期待していたのに、布団に入って気づいた時には夢の中。窓から差し込む気持ちのいい朝日と鳥の鳴き声で、すっきり目が覚めたくらい睡眠もバッチリだった。

 

 おばばの忍術の修行は、それはそれはスパルタだった。隣の県まで走って行くだの、漬物石を背負って長い階段を二十分以内に百往復だの、暗い山の中にある不気味な高い廃墟ホテルの壁を最上階まで登れだの。他にも熊も出没する樹海に叩き込まれて生き延びろとか、断崖絶壁に架けられていた、壊れた吊り橋を僅かに繋ぐ脆~い縄の上を歩いて行けとか……。

 

 苦労……そう、散々苦労しながら忍術を学び続けて数年、とうとう最後の試練を迎えた。けれどそれはものの数分で終わったので、びっくりしてあんなセリフが出ちゃったのである。

「それくらい強うなった言うことですわ」

 朝ごはんの卵焼きをつまむわたしの向かいで、味噌汁を啜るおばばはとても涼しい顔をしている。

「強くなったの…?」

「そらもう。なんせあの兄弟子はんから一瞬で一本取ったんですわ。胸張ったらよろしい」

 そう、最終試練とはシンプルな内容で、継承者と戦って勝つことだった。その継承者とはもちろん、先先代の継承者であるおばばから勝利をもぎ取った兄弟子さんのことである。

「で、でもおばばには全然勝ててないよ?」

「私に勝った先代をノバしたから言うて、私より強なった言うわけやおまへん。度胸や根性だけやのうて、時と運も実力の内ちゅうことですわ」

「うう〜……よくわかんない」

「まあ難しく考えんと。それに継承者になったからて全部が終わったわけとちゃいまっせ」

「えっ!そうなの?」

「当たり前ですがな。忍びちゅうもんはな、経験を積んで初めて一人前になれますのや」

 経験。忍びの言う経験、と言えば……。

「……実戦?」

「そおです」

「実戦って……こんな平和なのに実戦ってどうするの?おまわりさんになるとか?」

「平和に見えてるだけですがな。日常ちゅうもんはちょっとしたきっかけで簡単に崩れるもんや」

「うう〜怖いこと言わないでよ……」

「ははは、そういう平和が崩れないよう守るのも大変なんだよ」

 そう笑いながら台所からおかずを運んできたのは晴久おじいちゃん。この家で専業主夫をしているおじいちゃんは、今日もエプロン姿が決まっている。

「自分の日常が穏やかなのは、平和を守ってる人達のおかげなんだ。その人達のお手伝いをするのも立派な実戦になるんじゃないかな?」

「うーん……じゃあ、ちょっとした人助け、とか?」

 それなら今までもそれとなく、『バレないように』人助けはしてきたけど…でもこれ、おばばの言う実戦とはかけ離れてるような?

「うん、そう言う小さなことからでもいいんだ。そこから大きな実戦経験に繋がる可能性もあるからね。その時こそうずらの力が役立つかもしれないよ。ね、お義母さん」

「まあ小事が大事を生む言いますからな。焦らんでもええけど気ィ抜いてもあかんちゅうことですわ」

「うう〜ん」

 なんだかますます難しく考えちゃう。今が戦国乱世とかだったら実戦には困らなかったんだろうけど……。

 人助けも大事なのはわかってる。けど本当に一人前になれるのかな?

「それがめんどくさかったらそおですな……一番手っ取り早いんは主を持つことですな」

「あるじ」

「知ってますやろ。開祖あざみも遮那御前に仕えたんをきっかけに立派な忍びになったんですわ」

 乙吉流開祖のあざみは、武家のお姫様である遮那御前という人の忍びだったらしい。遮那御前も戦場に出て戦う姫武者で、あざみはそのサポートをたくさんしてそれ以上の功績を叩き出したんだって。座学担当の兄弟子先生が熱弁してたなぁ。

「つまり、わたしの『殿』をもつってことだよね?」

「そおです。主をあらゆる危険から守るんも実戦に繋がりますさかい。うずらが仕えたい思うような人はおらんのですか」

「仕えたい主かあ」

 仕えたい人って言っても、それも難しいなあ。目が離せなくて危なっかしい人はいるんだけど、それでいいのかな?でもそーゆうの言いづらい相手だし……。それに、どうせならずーっと夢見てた相手に仕えれたらいいなあ。

 そう、例えば……。

「あーーーーーッッもうッっ!!寝坊した!!!」

 急にリビングのドアが勢いよく開いたかと思うと、スーツ姿のママが勢いよく飛び込んできた。慌てながらもお化粧はばっちり済ませてきたみたい。整えた髪は若干乱れてるけど、きっと後で直すんだろうな。

 焦ってるせいかこわーい鬼のような形相でわたしの隣にどかっと座り込んだけど、わたしと目が合った途端にそれはでれーっとしたものに変わった。

「あ〜〜んうじゅちゃんおはよ〜〜〜♡♡んーーー今日もかわいいねぇ♡」

「お、おはよ、ママ」

 ママはわたしに会うといつもこんな調子。毎回ハグして「かわいい♡」っていっぱい撫でてくる。今はお化粧済んでるからしてこないけど、いつもは強烈な頬擦り付き。これでもママなりに手加減している方で、もっと激しいとママの胸で窒息しそうになるくらい。

 親バカだって言うのはわかってる。すっかり慣れきったわたしも時々どうかと思ってる。でもこれを止めるとママが死んじゃうので、大人しく受け入れてるのだ。もうそろそろ子離れの練習した方がいいと思うけど……。

「おはようすずめ。今日はそんなに急ぐのかい?」

 晴久おじいちゃんが慣れた様子でママの分のご飯と味噌汁を持ってくる。自分の娘の焦った姿は今まで何度も見てきた、という穏やかさ。さすがお父さん。

「そーーなのよ今日朝イチで会議あったの忘れてたの!!もーー誰よあんな時間帯にセッティングしたの有り得なくない!?」

「あはは…」

 今日も勢いよく元気のいい愚痴を吐くママは、おじいちゃんから受け取ったご飯に塩昆布とたくあんをのせてお茶を注ぐ。これを一気にかき込むのが急いでる朝のママだ。「いただきます!!」と叫ぶと勢いよく啜る。

「ふん、忘れてる方も忘れてる方や」

 対して悠々と白菜のおしんこを噛むおばば。今年85歳を迎えるけど、自分の歯はきちんと丈夫に生え揃ってるので、何でもよく噛めるらしい。

 おばばのわかりやすい嫌味を聞いた途端、ママの腕がぴたりと止まる。

「あ〜〜らごきげんようおばあちゃま?今日もおボケ遊ばせてないようで何よりだわぁ?勢い余って川向こうからのお迎えにのっかっちゃいそうだもんねぇ〜?」

「へえ、おかげさまで。平和にボケれるような日常送ってませんのでなあ。朝からバタバタ走り回って子供みたいな愚痴を言いながらいやしい食べ方するモンがおってまあやかましやかまし。ちょっとは年寄りを労わってほしいですわ」

 ママの額に青筋が浮かぶ。かきこまなきゃいけないお茶碗は僅かに震えてる。

 こ、この流れはやっぱり……険悪な空気の中ちらりとおじいちゃんの顔を見ると、うっすら苦笑いしてる。

「ボケ防止になっていいことじゃな〜いネチネチ嫌味言いながら若者をなじるのが生き甲斐のクソ老害ババアなんて人間関係寂しいだろうから賑やかな方が楽しいだろうしぃ〜」

「まあ人間関係の心配してくれるなんて優しい孫ですなあ。自慢のバカ力で数多の男を尻に敷いてきたボス猿はんはさぞかし年中賑やかなんやろねえ?ドラミングで下っ端でも呼んでるんやろか」

 とうとう握り締められたママの箸がへし折れた。ああ…これで何膳目の犠牲者だろう…?

「上ぉ〜〜等よクソババァ!!!静かな方がいいならアンタの最期もとびきり静かにしてやる!!!!」

「よお言いますわそんなやかましいにして」

 ぎゃいぎゃい騒ぐママに対して冷たくあしらいつつ煽るおばば。ケンカしてるけど、これがいつもの朝の日常だったりする。

「ママってば遅刻するってあんなに慌ててたのに……」

「ははは、いつもひいばあちゃんの挑発に乗っちゃうんだから」

 おじいちゃんも盛り上がる二人を前にやれやれと言った様子。パパが結婚してこの家に来るまではおじいちゃんとおばばとママの3人暮らしだったから、何度も繰り返し見てきた光景なんだろうな。

 ちっちゃい頃から見てきたわたしもいい加減慣れちゃってるので、二人はそのままにしてしっかり自分の朝ごはんを片付ける。頃合いを見てママに遅刻するよって声をかけなきゃ。

 

 継承者になって一日目の朝は、やっぱりいつも通りだった。



「もおおおおクソババめ覚えてなさいよ!!行ってきます!!!」

「行ってらっしゃーい」

 おばばとの喧嘩で余計に時間のなくなったママは、トートバッグを肩にかけると大慌てで門を出て駅へ向かって行った。その背中を見送りながら学校指定のローファーを履く。

「今日はまっすぐ帰ってくるのかい?」

「うん!行ってきまーす」

「気をつけてね」

 玄関で見送ってくれるおじいちゃんに手を振り返してから家の門を出る。わたしの学校はママとは反対方向の道にあって、いつも徒歩で通っている。

「あ、桜がまだ残ってる…」

 通り道の桜の木はほとんど花が散ってしまったあとだったけど、萼片にほんの少し花びらが残ったものがちらほらある。おしべとめしべが濃いピンクをしているから、それらが集まると散った後もなんだかかわいく見えてくる。

 やっぱり変わらない、いつもの朝だ。

 継承者になったら新学期を迎えたみたいに、あるいは晴れて中学へ入学した時のように、まっさらで新しい気持ちになるんだと思ってた。

 中学はもう熾烈な受験戦争というものを越えたので達成感もあったし、新しい校舎や新しい出会いも待ってたし、これからどんな学校生活になるんだろう?ってわくわくした気持ちだった。

 でも忍者にはそれがない。試練を越えた時もおばばは讃えてくれた割にはあっさりしてたし、兄弟子さんは色々ショックを受けてたし、ママは「もう危ないことはしなくていいのね!!」って安心してた。晴久おじいちゃんは「よく頑張ったね」って労ってくれたけど…みんながみんなお祝いムードという感じじゃなかった(むしろ終わってホッとしたようだった)。

 じゃあ家族以外は?ってなると、そもそも忍者だって表立って言えないから無理だった。わたしが忍者をやっていることは、家族以外誰も知らない。今までも仲良くしてる友達にはずーっと内緒にしてきた。

 乙吉流を継承する人はとても限られている。『会得した者は決して自分が乙吉流の忍びであるということを知られてはいけない』『弟子をとる際は限られた相手のみとし、多くに広めてはならない』なんて掟があるくらいだ。現代だとわたしの家以外に乙吉流を知る人はもういないんだって。

 忍術を絶えず継承していくなら、いっぱい弟子を取って広めたほうがいいんじゃないの?ってわたしもおばばに言った。おばばはため息混じりでこう答えた。

『あんた、自分見てもわからんのか』

「あがったわ〜」

「上がったわじゃないでしょ!!」

 穏やかな風の中、若い女性の怒鳴り声が聞こえてきた。数メートル先で幼稚園の制服を着た男の子とお母さんらしき女性が、どこかを見上げている。

「あ〜もうあんな高いところ行っちゃって…!靴で遊んじゃダメって言ったでしょ!聞いてるの!!」

「ほんとごめん」

「ふてぶてしッ……鼻をほじるな!他人事だと思って!」

 親子の後ろから覗いてみる。二人の視線の先には、とあるお家の庇の上に載った青い靴が見えた。少し離れた距離からでしか視認できないほど、庇の奥側へ載ってしまっている。あれじゃあ2階の窓からじゃないと取れない。たぶんお天気占いとかで、勢いよく飛ばして引っ掛かっちゃったんだろうな……。

 しかし怒られているにも関わらず、この園児の子はなんでこんなに開き直ってるんだろう。とんでもないメンタル過ぎない?

「も〜!ここのお家の人呼ぶから一緒に来なさい!」

 しかもよりによってよその家に引っ掛かっちゃったんだ……お母さんがまだ鼻をほじっている子の手を引っ張ってドアの前まで行き、インターホンを押す。あの様子だと登園の途中かな?随分慌ててるし、急いでるよね?

 

 よーし、誰も見てないみたいだし……。


「あら〜あそこに引っ掛かっちゃったんですね」

「本当にすみません…」

 そっと門から様子を伺うと、出てきた家主さんに事情を説明するお母さんがいる。申し訳なさそうにぺこぺこしている背中と、それをぼけっと見つめたまま振り向く気配のない男の子を確認。 

 これなら一瞬で行ける。

「いいですよ。あそこの窓から落としますので」

「ありがとうございます!」

「さんきゅうベリマッチョ」

「あんたはちゃんと謝りなさいよ!!……って、あれ?」

 気のない謝罪をした男の子にお母さんが一喝したけど、その顔は一瞬でぽかんとしたものに変わる。それに気づいた男の子は、どうしたんだろうとお母さんの視線の先を追う。

「あれ〜?落ちてる」

 庇の上へ上がっていたはずの小さな青い靴は、男の子の背後にぽとん、と落とされていた。

「えっウソ!なんで!?」

 だって結構奥まで行ってたよね!?とお母さんは男の子に確認している。一方の男の子は細かいことを気にしないようでいそいそと靴を履きながら、「とれたからいーや」と呑気に答えるだけだった。あの子は大物だなあ。

 密かにその場を後にし、引き続き通学路をてくてく歩く。朝からちょっと騒がしかったけど、蓋を開けてみればよくあるトラブルだったし、大事じゃなくてよかった。ほんの少し手伝うだけで済んだし。

 そう何度も事件が起こるわけじゃないし、このまま普通に学校へ着くだけ……。

「きゃーーーーー!!!誰か止めてええええええ!!!」

 ……というわけにはいかないみたい。時代劇風に言えば衣を裂くよな女の悲鳴!っていうやつだ。声のする方は少し遠くからだったけど、勢いよくこちらに近づいてきているみたいだった。

 目の前の通りはちょうど坂道になっている。声はわたしから見て斜め横上、つまり坂道の上の方からだ。ひょっこりと角から様子を伺うと……。

「ブレーキがあああ!!ブレーーキーーー!!!!」

 自転車が結構なスピードで爆走してくるのが見える。制服からしてこの辺の公立高校のお姉さんみたいだけど、明らかに様子がおかしい。

 グリップをギュッと握ったまま。足から離れているペダルは回り続けているし、その分車輪の回転も止まらない。必死な表情から、叫びながらも懸命にブレーキをかけているのがわかる。

 察するに、というか明らかにブレーキが壊れて止まれないみたい。この坂道はなかなかの急勾配であり、制御を失った自転車を自力で止めるのはかなり難しいと思う。無理やりこければ大怪我するだろうし、かと言ってこのまま下まで行けば横から来た車にぶつかっちゃう可能性もある。

 よしっ、行くしかない!

 お姉さんを助けるべく、わたしは勢いよく、されど音を立てないよう地面を蹴った。

「ひいいい〜〜!!いや……とまってよ〜………」

 ずっと叫んでたお姉さんだけど、どんどんスピードが上がっていく中で悲鳴も弱まりつつある。恐怖で滲む目は白目になり、意識が遠のいてしまっているのがわかった。これじゃ遅かれ早かれ車体こと倒れちゃうな。かなりひどい怪我は避けられない。

 でもその方が、助けるのに都合がいい。

「うう〜ん………もうだめ………も…………あれ?」

 チッチッチ…とホイールから流れる静かな音ではっと目覚めるお姉さん。

「えっ?あれ?なんで?」

 今まで自分の顔を叩きつけていた向かい風が急になくなっている。いやそれどころか、坂道を下り続けるという逃れられない状況からとっくに脱していることに困惑の声をあげる。自分の体は道路の隅っこ、比較的安全な場所で転がって……と言うより寝かされていたのだから無理もない。それも転んだような衝撃も、体を襲う痛みもない。全くの無傷の状態だったのだ。自転車は側で横向きに倒れているけど、傷が付いている様子もない。

「い、いつのまに!?えっ待って待って……なんでっ!?いつ転んだのあたし!?」

 何が起こったのかさっぱりわかっていないと言う反応から、『バレることなく助けられた』のが把握できた。ほっと胸を撫で下ろして、わたしは通学路へ戻る。


『あんた、自分見てもわからんのか』

 一連の事件を解決させた後、ふとおばばの言葉を思い出す。

 乙吉流の継承者が限られている理由について。それはわたしみたいなものが原因でもあった。

 

 乙吉流の創始者である戦国時代のくノ一・あざみ。この人はそれはとてもすごく強かった。強かったんだけど……それは忍術というより腕っぷし方面の意味だったらしい。座学で彼女の築き上げた伝説を勉強したものの、その逸話はどれもこれもぶっ飛んでいた。


 例えば『百貫(350キロくらい?)ものする柱を槍のように扱った』とか。

 『武田軍に引けを取らない程の精鋭騎馬隊を一人でやっつけた』とか。

 『一週間不眠不休で多くの忍者軍団を相手取り、やっつけ続けた』とか。


 これを大真面目に語る兄弟子さんに「アニメの話?」って突っ込んだらとんでもない!とすごい形相で返された。語られた逸話は確かにフィクションじみているものの、これらは全て紛れもない真実、歴史の闇に隠蔽された伝説なのだと力説した。

 でもそれじゃあ…それが真実だってどうして言えるのか。史料となる乙吉流の巻物はあるものの、それは失われた原本の写しにすぎない。それにそういうトンデモエピソードは実際に目にしないとわからないものだよね…?そんなわたしの疑問をそばで聞いていたおばばは、何を今更という顔で答えていた。

『証拠なら私らで十分ですやろ』

 そう……実はあざみは、わたしやおばばの遠い先祖にあたる人でもある。その証が、わたしに生まれ持って備わっていた身体能力だ。

 ほんの数分前に、男の子の靴を高い庇の上から取ってきたり、猛スピードで坂道を下る自転車を乗っている人ごと止めたりしてきたけど、こんな大掛かりな事を普通の人がしようものなら、どうしたって本人に気づかれちゃうだろう。でもそうならないよう事を成せるのがわたしだ。

 音もなく高所に素早く登り、気付かれないよう靴を置く。突進する自転車+乗っている人を気配もなく止めて、道端に運んで寝かせる。これらをこなそうとしたら、普通の人が持たない跳躍力や怪力、敏捷力などあらゆる能力が必要になる。

 いわゆる超人的な身体能力っていうものかな?これらはわたし達の中に受け継がれた、遠い先祖あざみの遺伝子から成せる技なのだとか。

 あざみの子孫は当然ながら、この遺伝子を持って生まれてくる。でも生まれた当初はただの子供だし、普通の生活を続けている中でその遺伝子は発動しない。普通の人と同じように人生を過ごし、何も気づかないまま終えることもある。

 秘められた化け物並みの身体能力をもった遺伝子。それを覚醒させるには、あるきっかけが必要になる。

 それが、乙吉流忍術。生前あざみが使っていた技の数々。これを習得することで、あざみの子孫は自分の中の先祖の遺伝子を活性化させ、スーパー超人能力に目覚めることができるのだ。

 所謂先祖返りした子孫達を、乙吉流の忍びの間では『あざみの再来者』と呼ぶらしい。わたしやおばばもその中の一人、というわけだ。乙吉流が秘匿されているのはこの先祖返りが原因である。

 あざみは大昔に存在していた人で、その子孫となるとどこまで血脈が広がっているかわからないし、誰があざみの遺伝子をもっていてもおかしくない。下手に乙吉流を広めた結果、たまたまあざみの子孫に当たってしまったとしたら、どうなるだろう?またそこから同じ血筋の人に広まったら、どうなるだろう?わたし達のような、とんでもない力を持った人間が増える可能性があるからだ。おばばの言う『自分見てもわからんのか』、というのはそういうことである。

 超人能力は確かにすごい事なんだけど、それは人によってメリットにもデメリットにもなりうる。とある映画で大いなる力には大いなる責任が伴う、と語られていたのと同じだ(教材として全シリーズDVDを観せられました)。この力を使いこなすことにはかなりの修練が必要になるのはもちろん、使い方を慎重に選ばなきゃいけない。力を行使した責任も、ちゃんと取らなきゃいけない。人助けに役立つとしても、制御できなかったりましてや悪用してしまったとあれば、他人にとっても自分にとってもただの脅威になってしまう。だから危険な力を持っていることをしっかり自覚しろとおばばに教えられてきた。

 おばばの場合は偶然乙吉流を学んだ結果、先祖返りとして覚醒してしまったらしい。小さい頃に師匠と出会って乙吉流を教わってからというものの、「普通」とはかけ離れた波瀾万丈な人生を歩み、それはそれは苦労したそうだ。

 だからこそ、乙吉流は多くへ広まっちゃいけないものとして扱われている。みんながみんな、力との向き合い方が上手いわけじゃないし、悪人がこんなのに目覚めたら何に使うかわかったもんじゃない。下手に門戸を開かず、弟子を最低限に留め、慎重に選んでいるのはそのためだって説明されたわたしも、これには納得せざるを得なかった。


 …と、色々振り返っているうちに、もうそろそろ学校が近くなってきた。新学期になってもう一月が過ぎようとしており、いよいよ連休も近い。

 毎年の春はみんなでお出かけしたり、亡くなったおばあちゃんのお墓参りと色々忙しい。でも今年はおばばも長距離移動はしんどくなってきたから、旅行中はお留守番することになった。晴久おじいちゃんもおばばについてることになって、ママとパパとわたしの三人旅行になる。ちょっと寂しいけど、どんな旅行になるのかなあ……。





「……あの子ですかい」

「あァ、確証も取れた」

「では、手筈通りに。…くれぐれも無茶なされぬよう」

「心配ねェよ。どうせ死にゃしねェんだからな」

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