神童界来

うちやまだあつろう

めも

 未完に終わる物語ほど、もどかしいものは無い。特に作者が亡くなったとなれば猶更だ。

『大御所漫画家、死去』

 その見出しが目に入った時、高校生の僕は生まれて初めての絶望感を味わった。


◇◇◇


神童界来しんどうかいらい

 といえば、誰しもが名前くらいは知っている。中高生であれば、九割以上が読んだことがあるだろう。神の力を授かった少年が、世界を救うために神々と戦う、王道少年漫画だ。

 例に漏れず、僕もその漫画を読んでいる一人だった。


「なぁ、江西えにし。ニュース見た?」


 その声に顔を上げると、同じクラスの穂村ほむら あつしが僕と同じ表情で立っていた。


「…………見たよ」

「なぁ、シロイカヅチってどうやって倒すんだよ」

「知らないよ。俺が聞きたいよ」


 漫画は今、『雷神 シロイカヅチ』との戦闘が始まったところだ。雷速で動き、回避不可能な雷撃を放つ、最強にして、おそらく最後の敵だ。地上へ顕現した神々の秘密がようやく明かされようとしていた。

 しかし、その物語の行方はもうこの世には存在しない。作者の「うちやまだあつろう」が死んだからだ。


 淳は肺の空気がすべて出たかと思うほどのため息を吐いた。今日は日本で最もため息が多い日になるだろう。


「なんでも、頭が爆発したらしいよ」


 僕が言うと、彼は「聞いた聞いた。考えすぎて破裂したんじゃね?」と笑った。笑えない冗談だ。

 ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。淳は「あーぁ」ともう一度ため息を吐いて、自分の席に帰っていった。


 あの漫画は僕にとって聖書バイブルと言ってもいい。中学生の時に、主人公の真似をして額に魔方陣を描いていたの思い出したくないが、それだけハマっていた。ちょうど僕の産まれた年に連載が始まったのも、何かの縁を感じる。

 その漫画の結末が読めないなんて、これ以上に最悪なことは無い。


 そう思っていた。窓の外に現れた、異様なナイフの数を見るまでは。


「え?」


 ここは三階。その窓の外で、無数のナイフが宙に浮いている。まるで、校舎の壁に沿うように、一階から屋上まで、びっしりとナイフが覆いつくしていた。

 この光景は見たことがある。


「刃神 デヴァ………………」


 漫画に出てくる神の名前を呟いたとき、そのナイフは一斉に教室を向いた。「マズイ」と思った時にはもう、壁を穿つほどの威力で飛ぶナイフが、教室をめちゃくちゃに切り裂いていた。


 死ぬほど痛い。いや、冗談ではなく。


 刺さったのは腕、脚、腹、胸………………。数えていけばキリが無い。一番窓に近かった僕は、全身が穴だらけになって、さして綺麗でもない教室の床に転がっていた。


――――死ぬってこれか


 そう考える頃には痛みは無くなっていた。ぬるぬるとした温かい血が広がっていく。意識も薄れかかってきた。

 次に襲い掛かってきたのは強烈な眠気。寝たら死ぬだろうとは思ったが、抵抗できない。

 僕は静かに闇の中へ沈んでいった――――。



『無礼…………なり………………』


 地の底から響くような、本能的な恐怖を感じる声が聞こえた。


『刃神………………、無機なる刃を司る、デヴァの名を得し者よ――――』


 その声は、何故か僕の中から聞こえていた。


『その鉄の臓腑は、恐怖に震えるか?』


 何かが僕の胸を裂いた。喉元からヘソまで、まっすぐに。何かが体内を蠢いているような不気味な感触。まるで、僕の中から何かが出ようとしているかのような――。


――あれ?


 そこで気付いた。意識がある。二度と目覚めないかと思った眠りは、案外とすぐに覚めてしまった。


『意識が身体そっち残っているな。仕方のない奴だ』


 落胆と呆れの混ざった感情が流れ込んできた。


『さぁ、久々の日の光だ』


 その声の直後、白い朝の陽光が視界を貫いた。だが、まだだ。視界が狭い。

 僕は、いや僕と「何か」は視界を妨げる「壁」に両手を掛けると、思いきり左右に引き裂いた。


『血肉の香り。それも新鮮で若い。やはり良いな』


 勝手に口が動いた。口だけではない。身体が僕の意思に関係なく動いている。

 顔を下ろすと、両手に持っていた「壁」が目に入った。


『ギョッとするな。鬱陶しい』


 僕が持っていたのは、まぎれもなく「僕の身体」だった。それも真っ二つに引き裂かれた、僕の死体だった。


『思い当たったか?』


「僕」の口が尋ねる。左右に裂かれた死体を持つ、骨と肉のみで構成された手を見て、神童界来マニアの僕は一発で分かった。

 死体の心臓を依り代として何度でも蘇る、生と死を司る神 マゴク。主人公のライバルとして登場していた神の容姿そのものだった。だった。


 僕の死体を投げ捨てると、窓の外、グラウンドの中央に立つ人影を見つめる。マゴクの目は、眼鏡をかけて見るよりもハッキリと物を映した。

 立っていたのは、不登校になっていたはずのクラスメイト。


 マゴクは不気味な笑みを浮かべて呟いた。


『人工物を司る下等な神に教えてやろう。生命の恐ろしさというものを――――』








未完

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神童界来 うちやまだあつろう @uchi-atsu

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