第15話 誘惑の方法


 ──あの驟雨の午後。


 誘惑の方法なら心得ていた。


 自覚がなくても、同性に性的に惹かれる男なんて、たくさんいる。彼らの好奇心を利用して、その欲求を自分に惹きつけることなど、優一にはお手の物だった。


 思わせぶりに、槙の目の前で、びしょ濡れになった服を、ゆっくりと脱いでいった。

 そのときの槙の反応で、「落とせるな」と確信した。うっとりと、魔法をかけられたような顔で、彼は優一のことを見ていた。


 たんに上半身を脱いだ体を、さらしてやっただけ、なのに。──槙の視線は熱っぽくて真剣だった。

 抗えないものの力に、思考と意志の力を奪われてしまったように。


 槙も脱いでよ、と言うと、「蓮見さんが、脱がせて」と返された。そう来られるとは思っていなかったので、おかしくなって笑った。


 ほら、ボタンをはずして、と、向かい合った槙が顎をあげるので、笑ったまま、それをはずして、夏の制服を脱がせてやった。

 それでふたりとも、上半身、裸になった。


 槙の部屋に連れていかせた。脱衣室から二階の彼の部屋まで、ほんの短い距離なのに、片時も離れたくないように、槙は優一の手をとって握りしめた。


 そうして、紘彦の部屋の隣のドアを槙が開け、その内部に導き入れられたとたん──思いがけない方向から伸びてきたハンマーに、がん、と殴られたような気持ちになった。


 紘彦の部屋には何度も入ったことがあるが、槙の部屋に足を踏み入れたのは、そのときがはじめてだ。


 特に乱雑でもないが、特に整頓されているわけでもない。

 カーテンは半分だけあけられ、半分は引かれたまま。


 ベッドもきちんとメイクされてはおらず、朝、起きた槙が、慌ただしく制服に着替えただけで、この部屋を出て行ったことがわかるような、そんな健康的な生活感が漂う部屋だった。


 だが、そのベッドと、机と、窓とドアの位置関係が、すぐ隣の紘彦の部屋と完全な線対称の位置になっていたのだ。

 おまけにベッドと机は、まったく同じ品物で、さらには、ちいさなドットの柄のカーテンと、格子模様のベッドカバーが、「お揃いの色違い」だ──紘彦のものはブルーで、槙のものはグリーン。


 紘彦と槙は、この家の「ふたりの息子」なのだ。

 芝生の上で笑う、兄と弟の写真よりも、もっと衝撃的な光景だった。声さえ出なかった。


 だが、槙のほうは、その優一の驚きなど、まったく気づかないようで、性急に体を重ねてきた。

 焦ったようなキス。

 ふるえている、自分の上の、年下の彼のはりつめた体。


 肌でじかに感じる槙の熱に、優一のなかでも波が生まれて、驚きをうやむやにした。


 クソ真面目で堅物の兄よりも、早熟な少年。十七歳の槙には、明らかに、いくらかの経験があるらしかった。


 キスを交わしながら、ああ、やっぱり、槙はこれが初めてじゃないな、と思う。「これまでにやってきたこと」を、別の相手で試してみるという所作で、優一の体にふれてくる。


 キスは、まあまあ、だった。うまくもなく、さりとて、下手でもなく。まあまあ、としか言いようがない。


 だが、技巧を見せつけようとするのか、やたらと舌をくねらせてくる。

 こういうときには、相手の反応を読む必要があるのに、彼は行為に夢中になりすぎていて、だから、その余裕が持てないのだ。

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