第13話 2枚の写真(2)
その二枚のモノクロームの写真は、紘彦の家の階段の壁に、大きく引き伸ばされて飾られている。
美大で写真を教えているという、彼らの母が撮った「作品」である。
ひとつは、五歳の紘彦と一歳の槙だった。
芝生の上で、まだよちよち歩きの弟の槙を、しゃがみこんだ五歳の紘彦が、後ろからぎゅうっと抱きしめて、大きく笑っている。
もう一枚は、十二歳と八歳の彼らと犬。
兄のほうが芝に膝をついて座っていて、きらきらと好奇心いっぱいの笑顔で、何やら犬をかまっている。
弟は、その兄と犬のことを、立ったまま、膝をかがめてのぞきこんでいるのだが、弟の視線は、犬ではなく「だいすきなお兄ちゃん」だけにじっと注がれているのだ。
プロフェッショナルのレンズが切り取った光景は、非常に雄弁だった。たった二枚の写真のなかに、たくさんの時間が語られていた。
この二人の兄弟が、堅実な両親のもとで、愛情をたっぷりと注がれて育てられていること。
そういう家庭のなかで、少年時代の兄は、べったりと弟をかわいがり、弟も兄を強く慕っていたのだ、ということ。
かけがえのない相手と、かけがえのない愛情で結びつくことの強さと正しさ。
全面的に愛し、愛され、信頼し、信頼されていることの、美しさと幸福。
──負けた、と思った。
その二枚の写真が語るものに、打ちのめされた気分だった。
負けた。……俺はなにひとつ、こういうものを、持っていやしない。
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