第12話 2枚の写真(1)
紘彦と優一は、中等部と高等部がつながった、私立の名門校の同窓生である。
その高校の中でも、紘彦は、学年で一、二を争うような成績の持ち主だった。自分の命を削るような勢いの受験勉強の末に、これまた名門大学に入り、大学生の現在も、司法試験を目指して死に物ぐるいで勉強しているような男なのである。
その紘彦が弟のことを話すときには、「とにかく勉強しないんだ」という言辞がくっついていることが多かった。
「頭、悪くないんだけどな。……根気がないんだよ」
「ふうん?」
「なんか、勉強よりも、ほかのことが楽しすぎちゃうみたいだなあ」
などと、高校二年生の紘彦は、まるで「できの悪い息子について語る父親」のような口調を使うのだった。
「紘彦と槙くんって、何歳ちがいだっけ?」
「四コ下。いま、中二」
「そうなの」
「だけど、俺、背、抜かれちゃいそう」
そんなことを言う紘彦が、なぜか、ひどく嬉しそうに相好を崩すので、優一は、その彼の感情の動きがよくわからなかった。
「四歳下の弟」に身長を抜かれそうになると、兄っていうのは、「嬉しい」……のだろうか?
優一には兄弟がいない。そして、父親も家にはいなかった。
母は、父の愛人と呼ばれる存在で、彼女は、二十八歳も年上の男に、分譲マンションを贈与させるための担保として自分を産んだのだ。
思春期以前の年齢から、優一はその事実を理解していたし、そのほか、さまざまなことがらにも、敏感に気づかざるを得なかった。
たとえば、母と自分の裕福な生活は、父からの経済的援助で、すべて賄われていること。
けれども父に対しては、父親らしい情愛や親しみを、いっさい求めてはならないこと。
良家の子息たちが集まる、高い水準の教育を与えられる私立の名門校のなかで、ゆえに、自分の存在は、相当に異端であることも。
そんなふうに育った優一だから、「四歳下の弟に、背を抜かされそうだ」という紘彦の照れたような笑顔が、どんな感情に裏打ちされているのかが、よくわからなかったのだ。
だが、紘彦の家に遊びに行って、階段の壁に貼られた、あの二枚の写真を何度か目にするうちに──「弟に背を抜かされそうな」紘彦が、どんな気持ちで笑みを浮かべていたのかが、ひらめくようにして理解できるようになった。
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