第十三回参加作品
黄色のカナリア
青い鳥が幸せを運んでくるのなら、黄色いカナリアは何を運んでくるのだろう。
黄色はひらめきを与えてくれると聞いて、黄色のカナリアを飼い始めた。しかし、今振り返るとカナリアでなくても良かったかもしれない。
鈍く輝く鳥かごの中でカナリアは暴れ回っている。男ととことん相性が合わないらしい。飼い始めてしばらく経つが、懐く気配が微塵も感じられない。
期待していたひらめきもまだ与えてくれはしないのだ。
季節は春が過ぎた。夏にはまだ早いが、暑さを感じる。部屋自体が狭いせいなのかもしれない。和室なのだが、丸い木製のテーブルが中央にどんと鎮座し、敷布団が奥へと追いやられていた。ゴミ箱は空のコンビニ弁当で溢れかえり、机や床には数式が書かれた紙が散乱していた。足の踏み場がないとはよく言うが、まさしくそれだった。紙の上を動く度にカサカサと音が鳴り、動くことが億劫に感じられるほどだった。
男が挑んでいるのは約百五十年前にとある数学者が残したといわれる未解決の問題である。数学史上最も難解と言われ、この百五十年間解けたと発表されたが、その解法が間違っていた、と撤回を繰り返されてきた。そして、その後、精神を病んで亡くなる人も多い問題だった。
取り憑かれた、と知り合いからは言われることが多い。この問題を解くようになった時からかなり体重も落ちてきた。
それでも、自分だけは違う。他人とは違うんだ。そう思って今日まで問題を解いてきた。だが、まだ完全に解けた、と断言できる段階まで来ていない。新しい解釈、新しい発想が必要だ。
バタバタとカナリヤがまだ暴れている音が聞こえてきた。最初は外からの光が気になり暴れているのかと思ったが、遮光のカーテンをしているのでそれもない。
なら、と考えると、鼻をつく臭いがしてきた。恐らく残していた弁当が腐ったのだろう。カナリアはその臭いに反応したに違いない。
突如天使が降りてくるのが見えた。白い羽に白い衣装をまとい、柔和な笑みと心地よい光を纏いながら現れた。その姿は天界から降りてきたかのようで、思わず拝みたくなるほどだった。
その天使が口をもごもごと動かす。距離があるため聞こえない。天使が少し近づいてまた口が動く。まだ聞こえない。もう少し近づいてまた囁く。今度は聞こえた。それは新しい発想。誰も到達していないだろう未知の発想。そう判断しても良かった。
その発想を忘れないうちに、白紙のA四用紙に猛烈な勢いで書いていく。鉛筆がのこり五センチ程度しか無いが、それを気にする素振りもなく、机にかじりつきながら書いていく。
とにかく書き続けた。書き終えた頃には日はとっくに暮れて、もはや深夜の時間帯だった。
今すぐにでも誰かに伝えたい。だが、その前に見直しだ。ほぼ間違いないが、念の為チェックが必要だ。解くのと同じ時間をかけて、一つ一つ見直しをしていく。
最初は生気に満ちた赤い顔が、徐々に青い顔になり、見直しが終わるころにはその顔から色が失われていた。
これは数年前に論文で見た解法そのものではないか。信じられなかった。何が新しい発想だ。失望と怒りの感情が渦巻く。感情が大きく巡った時、あの天使が目の前に現れた。しかし、今度の天使は柔和な笑みではなく邪悪な笑みを浮かべているように見えた。
その瞬間、鼻に異様な匂いが届く。コンビニ弁当の腐った臭いではなく、なにかもっと危険な臭い。
ガスが漏れている――――?
それを感知した時、目の前が揺らぐ。視界が保てない。
そして男はそのままテーブルに倒れた。
もうピクリとも動かない。
黄色のカナリアが叫ぶ声だけが部屋の中に響いた。
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます