手紙
『実は僕、人間じゃないんだ』
それから始まる手紙を読んだことがあるだろうか?
私は読んだことは無い。ただ、それを読んだ時衝撃をうけた。
※※※
時刻は夜の11時を過ぎようとしている。
ビルたちから元気だ、と言わんばかりに光が漏れる。
「みんなよく働くなぁ」
私はボソッと呟いた。みんな同じだ、と言い聞かせてみたものの、正直疲弊していた。
上司からの無言の圧力、部下からの簡単なものの質問攻め、取引先からの無理難題、そして、会社の驚くほどの就業時間。
だから、ふと怪しい店に入ってしまうのも無理からぬことだと思う。
そこは高層ビルと高層ビルの間にある木造建築の建物だった。壁には本棚があり、そこにはクリアファイルがぎっしりと詰まっていた。私の身長が170センチぐらいなので、本棚はそれより少し高いくらいのように見える。
中央には円形のカウンターのようなものがあり、その中に一人の老父が黒の背広を来て、腰を曲げず椅子に座っていた。白髪だけの髪をオールバック風にし、髭も真っ白で、真っ黒なサンタクロースみたいな風貌だった。
そして、建物の中を照らす蛍光灯のやや黄ばんだ様な光がなぜかおばあちゃん家を思い出して、少し安心してしまった。
「いらっしゃい」
しわがれた声が老人からは放たれた。
「こんな夜更けによういらした。お茶でも飲むかい?」
しわがれつつもその優しい声音が心に染みていく。そんな優しいことこちらに引っ越してから言われたことがない。涙が勝手に流れていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ただ私は謝ることしか出来なかった。
「良いんだよ。泣く時は我慢せずに泣きなさい」
その言葉に私はまた涙がこぼれる。
※※※
若い女性にしかも夜にこれを出すなんて僕のポリシーに反するけどね、と老人は笑いながらコーヒーを差し出してくれた。もちろん私が泣き止むのを待ってからだ。
コーヒーカップを持ち上げると、苦そうな匂いが鼻腔をくすぐる。気持ちが落ち着いてくる。
気になって老人に店について尋ねると、
「ここはね、異世界とか並行世界からの手紙を集まる場所なんだ。ただ、宛先が分からないとか、そういうやつだけがくるんだけどね」と教えてくれた。
正直信じられない気持ちがある。いきなり異世界とか並行世界なんて言われても信じられない。
「例えばこんなのとかね」
近くの本棚からクリアファイルからひとつとりだし、そこに収納されている黄色い紙を取りだして、私に渡してくれた。
その手紙は黄ばんでいて、書かれたのはかなり前のことが分かる。達筆過ぎるほどのその手紙は衝撃的な内容だった。
※※※
『実は僕、人間じゃないんだ。
何を言ってるんだと君は言うかもしれない。もしくは、君のことだからぶん殴るかもしれないね。
それでも、僕はこれをあなたに伝えておきたかったんだ。
僕は元々悪魔だったんだ。いや、今も悪魔だけど、それを隠してるんだ。失望されたくないんだ。
今振り替えると、あの時、あの木の下であなたに助けられて、しばらく一緒に過ごして、僕は分かってしまった。あなたともっと一緒に居たい、と。
それと同時に魔王を討つ、神託がくだった。くだってしまったんだ。ふざけるな、と思った。だって、神託は神が人間にくだすものだろう? なのに、悪魔の僕にくだるなんて。ましてや、魔王を討つ、なんて! 神託は拒否出来るものでは無い。拒否すれば、不幸なことが起こる。それは常識だ。もしかして、あなたに何かあれば僕はきっと立ち直れない。
だから、それを隠して僕は旅立つことに決めたんだ。置き手紙を残してね。あの時は罵詈雑言を書いた気がするけど、あれは本心じゃなかったんだ。僕のことを忘れて新しい人生を過ごして欲しい。その一心だったんだ。
それから戦いに明け暮れた。悪魔といっても戦う専門じゃない僕は戦いが苦手だった。怪我をした夜や孤独にあえいだ夜は、何度あなたのもとに戻りたいと思ったことか。だけど、今戻ってしまえば、幸せに過ごしているだろうあなたを傷つけることになってしまう。あなたを傷つけたくない。その一心で、あと一歩の所まできた。
魔王城はもう目と鼻の先だ。そろそろインクも切れて、紙が無くなりそうだ。
今は神託とか関係ない。あなたの為に魔王を倒してくるよ。
さよなら、僕が好きな人へ。
追伸
あなたが平穏に過ごすことをずっと祈っています』
※※※
さっきまで女性が読んでいた手紙を手に取る。
女性は手紙と僕にお礼を言うと、去っていった。
僕が何十年前に書いたものが誰かの役に立ったのは嬉しい。だけれども、これはもう決して会うことは無い彼女にあてた手紙だ。
いくら異世界や並行世界から手紙が来るとはいえ、彼女の世界から来ることは無かった。期待をしてないと言えば嘘になる。嘘になるがーーーー。
何度目かのため息が漏れた。
外への扉が開かれる音がした。入ってきたのは顔見知りの異世界の人物だった。いつも手紙をここに持ってきてくれるのだ。
「今日は珍しくじいさん宛てに魔法手紙《マジックレター》が来てますよ」
いつも無愛想な顔しか浮かべない彼だったが、今日は満面の笑みだった。何か良いことでもあったのかもしれない。手紙を僕に押し付けると、踵を返した。
僕宛ての手紙が来ることはほとんどない。首を傾げながら、裏面を見るが、差出人の記述は無い。
手紙を開けるとブォンと映像が表示された。魔法手紙《マジックレター》とは魔法の力で書かれた手紙で、文字ではなく、映像で手紙を作ってくれるのだ。
老いた女性がソファに座っているところから映像が始まった。
「あなたがそこにいると知って慌ててこれを書いています」
その顔を、その声を僕は知っている。なんにも変わっていない。二度と合うことはないと思っていたあなたからのーーーー。涙がとめどなく溢れる。
ありがとう、その言葉だけが唯一絞り出せた。
END
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