指輪とビール
ビールは苦い。
子供の頃、炭酸ジュースと間違えて飲んで以来、そうインプットされた。大人になってから飲んでもやはり苦い。一人で飲むと余計に苦味を感じた。
それでも、彼女といる時だけは、不思議と苦味を感じなかった。
その彼女と付き合って一年。二十四節気の立夏の日に産まれたから立夏〈りっか〉と名付けられた彼女。そして今日はその立夏の日。僕は彼女にプロポーズするのだ。
黄色が好きなんだよね、といつの日か彼女が言っていた。だから、カナリーイエローの指輪を用意した。
レストランのトイレなのに、緊張して、今まで食べた物が這い上がってきそうだ。脚が震える。耳鳴りもしてきた。ダメだダメだ。頭を振り頬を叩く。
「よっし!」
気合いを入れ直し、僕は震える脚でトイレから出た。
※※※※※※
それからのことは正直よく覚えてない。
気づいたら自分の部屋で一人、ジョッキのなかのビールを見つめていた。その向こうに空の指輪のケースが揺れて見える。
彼女の「嬉しい」という声が耳の中でこだましていた。
今更ながら頬が熱くなり、それを誤魔化すようにビールをあおるように呑んだ。一人で飲むのになぜか苦くなかった。
END
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