愛と罪

「昨日の話は、無かったことにして頂きたい」

 

 お昼になるかならないあたりの時間帯。有名なコーヒー屋さんのボックス席で、あなたはそう言って頭を下げたね。テーブルに頭をぶつけるぐらい低い態勢になっていて、あなたの謝る気持ちが伝わってくるよ。大丈夫、一つや二つの浮気であっても私は許します。許さなくて何があなたの彼女になれるのだろう。でも、それ以上になったら許さないからね。

 そう言うと、あなたは笑っていつものあなたに戻ってくれた。私はあなたのその笑顔に救われたの。

 桜が咲きほこる並木道をぬけて、しばらく歩いた。そこは私が以前行きたいと言っていた所で、覚えていてくれたんだね。桜の花びらが風に巻き上がる。少し寒いよね、あなたはそう言って先を急いだね。その気配りが嬉しかったよ。そのあと、車で行った水族館も楽しかった。

 私の好きなクラゲやサメ、マンボウなど普段見れない海洋生物達に包まれてとても興奮した。ペンギンの水中回廊のような所で、ロマンチックな雰囲気で、甘い言葉を囁いてくれたのはこの後の生涯でも体験はきっと忘れはしない。陽の光が水槽の水に乱反射してとても美しかった。

 たまになにかとても心配そうに周りを見るあなたがいつも見せない顔でとても愛おしい。

 帰りの道中にかかる曲も私の中でとてもよかった。ラブソングばかりではなく、別れの歌、ドライブの曲、私の好きな曲ばかり。でも、それは全部あなたが好きな曲だからこそ、私が好きになれたの。

 あなたのお家へのお泊まりはドキドキが止まらなかった。お家といっても少し古いアパート。もしかすると壁が薄いのかもしれない。それでも、私は全然構わない。

 二〇三号室の部屋。あなたの部屋が開けられる。男の一人暮らしの部屋。急いで片付けられた雰囲気がある。この後だ。二人が部屋に入って、扉が、閉まる。

 

 ※※※

 

 コンコン、と部屋の扉を叩く音が聞こえた。ようやく長い時間をかけて彼女を部屋に招き入れることが出来たのに、これから甘いひと時を過ごそうしていたところに、と内心で悪態をついた。

 彼女は目を瞑っている。この気を逃せばいつになるか分からない。音を無視して、彼女の唇にオレの唇を重ねようする。ついにひとつに、と気持ちが高鳴る。だが、部屋の届く音がドンドン、と強さを増した。さらに、扉が壊れるんじゃないかと思うぐらいの強さになっていく。

 流石の彼女も心配そうな顔で見てくる。ここで男を見せるべきだ。オレはそう判断して、扉を開けた。

 そこには黒いフード、黒いジーンズと全身黒ずくめの女が立っていた。知らない女だ。

「ゆうくん、なにしてるの?」

 女が静かなトーンで呟く。ゆうくん、とは恐らくオレのことだ。こんな女、俺は知らない。顔を横に振ることで精一杯だ。

「私たち付き合ってたよね? どうしてそんな女と一緒にいるの?  これ浮気だよね? 一度や二度の浮気許すって言ったけど、これ何回目なの? いや、説明しなくても良いよ。私全部知ってるんだよ。ずっと聞いて、追いかけてたからね」

 ひとりでとにかくしゃべり倒す。冷や汗が背中をつたう。女が明らかに狂気じみた笑顔を浮かべ、目からヤバい光が見える。手に握られた包丁が女の顔の近くまで持ち上がる。女が一歩踏み出し部屋の中に入る。鈍い音を立てて、扉が、閉まる。

「大丈夫。心配しないで。あなたとこれから一緒だから。ねぇ、ゆうくん」

 END

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