第十一回参加作品

そして始まる明日

「昨日の話は、無かったことにして頂きたい」

 喧嘩した日の翌日は必ず彼は頭を下げてそう言う。一見すると凄く上から目線なのだけれど、そのあと、ごめんよぉと泣きながら言うのだから許すしか無くなる。

 その日、私が些細なことでイラッとして彼を叱責し、部屋を飛び出した。無我夢中で駆け出したが、自己嫌悪に陥り家に帰る道中だった。道路の真ん中で、彼が倒れていたのだ。血溜まりができているのは覚えている。いつの間にか、救急車がきて、色々処置をしているのがぼんやり見えた。その後、病院で現在の状態などは医師から説明されたけれど、正直ほとんど頭に残っていない。

 気づけば病室にいた。彼は包帯だらけでベットに寝かされていた。点滴が落ちて、ピッピッという音だけが聞こえる。ただそれだけだ。

 彼の手を握り、とにかく祈った。早く目を覚まして欲しい。そして、謝りたい。私が家を出たばかりにこんなことになってしまったのだ。

 その時、指がぴくっと動き、彼の瞼がゆっくりあいていく。口が動く。聞こえないので、耳を近づける。本当に小さな声だけれど、彼は泣きながらこう言った。

「きのうのはなしは、なかったことに、していただきたい。ごめん」

END

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