贖罪

『私はいま、事件の現場にきています』

 テレビから流れるアナウンサーの声とともに、父親が朝食を僕の目の前においてくれる。いつにも増して笑顔でメガネのブリッジが鼻先まできているズレた丸メガネ。垣間見えるコーヒーの飲みすぎて少し黄ばんでいる歯、そして、口の周りには髭剃りに失敗してカミソリでの切り傷が絶えない。これは夢だ。異世界に来ている僕に父親が遭遇できるはずがない。

 異世界に来てから数年が経つが、父親の夢を見たのは初めてだった。

 さっきまで乗っていた乗合馬車で、父親とその子供を見たからかもしれない。少しセンチメンタルな気持ちになりながら、舗装されていない道を進んでいた。

 この先には村がある。そこが目的地の一つ。

 前に来た時は魔王を崇拝した村があり、異世界に呼ばれてまもなくそれの討伐に駆り出された。何も知らずただ命じられたまま斬り、叩き、魔法を使い、討伐した。でも、あとから考えればそれは殲滅に近いものだった。

 その後、魔王を討つ旅に出た。道中、女僧侶、男の戦士、女盗賊、男の黒魔法使いを仲間にして、色んな良い事も苦しい事も繰り返し、遂には魔王を討った。

 王都に戻り、討伐を命じた王様に報告するととても喜んで、僕に褒美をとらす、と言ってくれたのだが、「人々が笑ってくれることが褒美です」と綺麗な言葉を並べて、固辞した。

 とにかく精神がやばかったのだ。先述の村を含め、旅の道中の出来事は僕に影響を与えていた。人を斬る、魔物を滅する、悪魔を祓う、その度に手につく血の臭いが濃くなり、手に持つ片手剣や盾の重さが増していく。旅を終える頃には黒かった髪はストレスで白くなり、金ピカだった鎧や盾、剣はただ鈍い光を放つだけになっていた。旅の仲間たちは浮き足立ち、テンションも高い。今まで支配されていたものから解放されたのだ。僕に構ってられないほど気持ちが高くなるのはわかる。そんなとこを狙った訳では無いが、その隙を狙って王都を脱した。

 どんな人であれ、どんな魔族であれ、どんなものであれ、それには魂がやどっている。それがただ一方的な都合で破壊した。だからただ、謝りたかった。自己欺瞞であり、自分勝手な行いであることは僕自身分かっている。それでも、僕が救われるためにはそれしかないと思った。

 村までこんなに時間かかるとは思っていなかった。足取りが重いせいもあるのかもしれない。

 村はあの時のまま時間が止まっていたようだった。崩れた家、あちこちに刺さる片手剣や両手剣、朽ち果てた盾。

 辺りを見渡すと、赤い風車が落ちていた。ここにいた子供が残したものか、あるいは、ここに立ち寄った冒険者が残していったものか。

 それを地面に差し、合掌をする。

 彼ら彼女らが少しでも天国で幸せであるように。

 ぽつりぽつりと何が頭に当たる。そしてすぐに土砂降りに変わった。

 合掌をやめて、村の奥へと向かう。この先にも僕の償うべきことがまだある。

 僕の贖罪の旅はまだ始まったばかりだ。

END

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