第十回参加作品

瞬き

「私はいま、事件の現場にきています」

 驚きのあまり声に出ていた。

 柔道の試合会場。その中で一人の少年が肩で息をしながら立ち尽くしていた。相手は畳の上で倒れ、複数の審判は一本を手信号で表していた。これが私の中で凄まじい事件だった。

 勝った少年は私の教え子なのだが、正直に言うと弱い。彼が一年生から始めたこの競技に合わないと言っても良かった。身長はあっても重さが足りない。そして、相手が怖いせいかへっぴり腰気味になってしまう。試合時間が三分の中学柔道において、開始の合図がかかってからいつも二~三秒で投げられてしまうのだ。

 それなのに、それなのに、だ。

 中学最後の試合。彼は試合時間終了ギリギリで一本での勝利。教え子を信じられないのは教師として失格かもしれない。

 彼が試合を終え、私に寄ってきた。息もまだ整っていない。

「先生、勝てました! ありがとうございます!」

 今まで見た事ない満面の笑顔だった。

「まだ試合残ってるからな。気を抜くなよ」

 そうして彼の背中を叩く。私の前で一つ礼をして、走っていった。

「私の方こそありがとうだよ」

 彼の流した汗の量を思い出し、涙が溢れ出す。流れ出した涙を隠しながら、そっと呟いた。

END

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