故郷の風景
通された部屋はとにかく暗かった。明かりはバチバチと今にも切れそうな蛍光灯が呻きをあげていた。部屋自体は大きくない。むしろ小さく、よくドラマなどで見る取調室をイメージさせた。和室だというのに、畳の匂いはせず、鼻を指すような鉄の臭いが充満している。部屋の中央に置かれた将棋盤。クチナシの実をかたどった四つの脚。九×九のマス目が正確に刻まれ、高い将棋盤だと一目でわかった。
「ボッーと突っ立てないで座れや兄ちゃん」
突如声が響いた。声の主は将棋盤の近くに座っていた男だった。スキンヘッドにサングラス、真っ黒なシングルの真っ黒なスーツ、傷だらけの手や顔。カタギの人物では無いことがすぐに分かった。
その声に従い、将棋盤のそばにある座布団に正座で座る。駒は綺麗に並べれており、刻まれた文字はとにかく綺麗だった。
「さて、前に書面にて通達したけどな、あとから文句言われるとたまったもんじゃないから、口頭でも確認させてもらうわ」
僕はその言葉に頷くと、男も頷き話を進めた。
「第一に、これはオレとお前の対局。なんぴとたりとも邪魔をしては行けない。だからイカサマもナシだ。第二に、これはいわゆる掛け将棋。だから、お前が買勝ったら約二千万の借金をチャラに、オレが勝ったらどんな手を使ってでも借金を回収させてもらう。この意味がわかるな?」
また頷く。つまり、内蔵などを売り払う、ということだ。掛け将棋は初めてだが、命のやり取りは慣れている。
「よし、お前が物分りの良いヤツで助かる。あれこれ言ってもしょーもねぇからな。とりあえずやろうか」
お互いの三列目に歩兵が九個ずつ、二列目に飛車と角行、一番手前に香車、桂馬、銀将、金将が二つずつ、男の前に王将、僕の前には玉将が置いてある。
男はその中の歩兵を一つ前にずらし、始まりを告げた。
僕はその将棋盤の向こうに故郷をみていた。それは今は遠き故郷の風景。雪が積もる中に赤い気球が飛ぶ風景。これが見える時は大抵の勝負に勝てる気がしていた。男と同じく歩兵を前に出して、僕のターンを終えた。
それから一進一退の攻防が続いたと思う。攻撃をかわしたり、攻撃をしたりなどしているうちにあの景色が見えなくなっていた。
あの風景は僕の前世の記憶。今風に言うなら僕は異世界転生者となるのだろう。前世では魔法が使えるファンタジー世界だったのだが、いかんせん田舎だった。雪がとにかく凄いが、その中でもなにか特別なイベントや誰かが何かを成した時に赤い気球をあげていた。今ふりかえっても何故なのかはわからない。当時は喜んで上げていたように思う。騎士試験に挑んだり、ギルドに所属したりと紆余曲折を経て、この日本に転生した。そして、色んなことを経てここに至っている。
命のやり取りは慣れている。時折男から放たれる鋭い言葉達にも歯牙にもかけず、駒だけを動かしていく。
何時間だっただろうか。視線を空中にあげる。ため息を漏らすと、何もしてないのに手が震えていた。緊張のせいなのか判断がつかない。
視線を将棋の盤面に戻す。最終局面まで来ていた。もう間もなくだ。
ここまでくればあとは故郷の風景がまた見えてくるはず。そして、赤い気球が飛び出し教えてくれる。ここだよ、と。
それが見えないうちはまだまだ。だから、必死に盤面を見て、次の手を考える。
盤上から赤い気球が飛び出してくるのが見えた。
そこはまだ駒が置かれていない場所。
だが、確かにそこにしかおけない確かな居場所。
僕は歩兵を置き、ひとつの言葉を紡ぐ。
「王手」
END
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