第4話 序盤戦


 「ナッツ、どうするの!?」

 エルシャが問う。

 戦闘が始まってしまったのだ。


 ハンクは鋭く踏み込みながら、立て続けに斬撃を放っている。

 速い。

 鎧の重さをまったく感じさせない動きである。

 

 しかし、ジェーマインは、斬撃を紙一重でかわし続け、軽いステップで室内まで後退した。

 それをハンクの斬撃が追っていく。

 空気を切り裂く音が重なって聞こえるほどの目まぐるしい斬撃だ。

 それでも、ハンクの剣は魔王に届かない。

 だが、ジェーマインもまた、攻撃するタイミングをつかめていなかった。


 「やるぞ! このまま始める!」

 二人を追って室内に戻ったナッツは、近くの花瓶に虹の『紋様』を刻むと、そのままジェーマインに向けて投げつけた。

 当たらなくても構わなかった。

 当たったとしても、毛ほどのダメージを与えられるとも思えない。

 ただ、ほんの一瞬、ハンクから注意が外れればよかったのだ。


 宙を飛んだ花瓶は、ジェーマインが視線を向けただけで砕け散った。

 砕け散った破片が、カラフルな虹色にキラキラと輝く。

 子供相手の手品である。

 ただ、知らないと、七色に輝く破片に必ず意識が向く。


 「仙皇衝ッ!」

 ハンクが奥義を放った。

 閃光の突きである。

 虹の破片を貫いて、破邪の剣の切っ先がジェーマインの喉に迫る。


 ガキンと凄まじい金属音が響いた。

 ナッツの顔が強張った。

 吹き飛んだのは、ジェーマインではなく、突きを放ったハンクの方であったのだ。

 魔王はカウンター系の防御魔法を発動させたのだ。


 派手な金属音を立て、ハンクは石壁に叩きつけられた。

 頭部から、兜が外れ、金髪碧眼の髭面があらわになった。

 衝撃で肺をやられたのか、咳き込んだハンクは鮮血を吐いた。

 「どうした? 

 まさか、これで終わりではないだろうな。

 まだ何もしていないぞ」

 ジェーマインが楽しくてたまらないというように哄笑した。


 ナッツはハンクに駆け寄ることが出来なかった。

 粘着性のスパイダーネットを飛ばし、ジェーマインの動きを牽制するだけで精一杯である。

 部屋の隅に下がったエルシャは、すでに呪文の詠唱を始めている。

 強力な呪文ほど長い詠唱が必要になるのだ。

 ハイマスターなら、圧縮呪文を使って、素早く上位魔法を放つことが出来るが、それにはレベルが足りない。


 「しっかりしろ、ハンクの旦那!」

 ナッツは怒鳴った。


 「立てッ! 回復魔法をかけて復活するんだよ! 

 魔王を倒して、故郷で待つ彼女と結婚するんだろうが!」

 「そんな彼女なんざいるか! 

 変なフラグを立てるんじゃない!」

 ナッツに怒鳴り返しながら、ハンクが立ち上がった。


 「氷刃」

 ジェーマインが、一言で高位魔法を発動させた。

 ナッツとジェーマインの間に網の目のように広がっていたスパイダーネットが、一瞬で真っ白に凍りつくと、拳ほどの穴が開いた。


 「うわわわわわ!」

 その穴から、氷刃本弾の軌道を予想したナッツは、慌てて床に伏せる。

 頭の上を強烈な冷気が掠めていった。


 床を転がりながら、二撃目、三撃目をかわすナッツの耳に、エルシャの立つ場所から呪文の詠唱が小さく聞こえて来た。


 「魂の光たちよ。心の剣へと集いたまえ。

 互いに重なり合い、堕天の灼熱を呼び起こせ……」

 それはレベルに関係なく、魔導士が使える最強の破壊魔法、自爆呪文の詠唱であった。

  

 のんびりしている時間は無い。

 ナッツは右手の『紋様』を組み直すと、転がりながら床を叩いた。

「ポイズン・スティングレイ!」

  

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