第2話 魔王の間
爆炎で扉を吹き飛ばされ、そこに雷撃牙の七重攻撃をくらった魔王の間は、大きく破壊されていた。
当然だが、扉の正面から直線に抜けるラインの被害は凄まじかった。
石材の床は焦げて抉れ、調度品は粉々になり、ひしゃげた三体の甲冑が転がっている。
ガワの甲冑は残っても、甲冑を動かしていたリビングアーマーは消滅したようであった。
突き当りの壁には、崩れた大きな穴が開き、場違いに涼やかな風が吹き込んできていた。
甲冑が一体足りないのは、おそらく、この穴から落ちてしまったからだろう。
魔王の間は、魔王殿の最上階部分あたりに位置するので、高度120メートルほどから落下したことになる。
もっとも、パンケーキのように広がった下層部だけで50メートルの高さがある。
このパンケーキの中は、その地下部分も含めて、複雑な迷宮となっている。
ナッツ、エルシャ、ハンクは周囲に視線を走らせた。
魔王の姿が無い。
しかし、壁の穴から甲冑と共に落ちたとは考えられなかった。
と、場違いな、パチパチパチと言う拍手の音が聞こえた。
三人が視線を向けると、テラスに通じる大きなアーチ状の開口部のひとつから魔王が現れた。唇の端に皮肉めいた笑みを浮かべながら、手を打ち合わせている。
魔王は室内ではなく、テラスでくつろいでいたようであった。
殺戮のオーバーロード、魔王ジェーマイン。
身長は約190センチ。
禍々しい呪術模様が刺繍されたローブで身を包んでいる。
顔や肩を覆っている歪にねじ曲がった幾つもの角は、魔王の後頭部や頸椎の辺りから生えていると言われていた。
顔を覆う角は、サムライの頬当に似て、その頬当の中から、縦にスリットの入った瞳孔がナッツたち三人に向けられていた。
身にまとう空気は若さを感じさせたが、少なくとも200年は生きていると言われている。
「まさか、ここまで登ってくるパーティがいたとはな」
落ち着いた声であった。
室外からの不意打ちが、自分の身に直撃していたとしても、どうと言うことは無いという自信があるのであろう。
「陽動の攻撃も、思い切ったものだ。見事だ」
「陽動?」
ジェーマインの言葉に、エルシャが怪訝そうな顔でつぶやいた。
色々と作戦を練ってはきたが、ここまでに陽動は含まれていない。
「待て」
ナッツは右手を上げると、ジェーマインに掌を向けた。
魔王の間に突入した時から、気になっていたことがあったのだ。
ナッツは、ジェーマインから視線を外さず、ゆっくりとテラスの方へ移動する。
テラスの方向から、低いどよめきが聞こえてくる。
気になっていたのは、この重い波音のようなどよめきであった。
テラスへ通じるアーチ状の開口部は複数ある。
ナッツはジェーマインから距離を取ったまま、開口部のひとつを横歩きで通り抜け、広いテラスへと出た。
やや風が吹いている。
ジェーマインもナッツに合わせて横に動くと、優雅な仕草でテラスへと出た。
どよめきがはっきりと聞こえた。
何千、何万という人間の雄叫びが、重い波となって地表から届いてくる。
「ウソ!」
「……ぬッ!」
続いてテラスに出てきたエルシャとハンクが、テラスからの光景に驚きの声をあげた。
「エル姉、ハンクの旦那!
おれも見たい!」
ジェーマインから目を離せぬままのナッツが不満そうに声をあげると、ジェーマインは苦笑しながら、顎で胸壁の方を示した。
ナッツが確認する間、攻撃はしないという意味であろう。
信じていいのかどうか迷っているナッツの前に、盾を構えたハンクが割り込んだ。
「よろしく」
ハンクと交代したナッツは、後ろに下がって胸壁に身を寄せると地表を見た。
日本で最も高いジェットコースターの最高高度が約100メートル。
イメージとしては、その高さから、どこまでも続く、広大な遊園地の敷地を見下ろしたような感じであるかも知れない。
ただし、その遊園地の敷地内では、血みどろの戦いが行われていた。
見渡す限りの広範囲で、人間軍と魔王軍の壮絶な戦いが繰り広げられているのだ。
数十万、いや百万に届く人間と魔族との戦いである。
人間側には、無数の国旗、戦旗がなびいている。
四大大国のヴァナス王国、カリーナム王国、大ヤマト帝国、ラダン皇国をはじめ、バルベラ共和国。ワゾン王国。ロバルディア。ラルウェイ。北方のラドムダム。海洋国家ノーリット……。ありとあらゆる国が集まった、超多国籍軍が展開していた。
最前線では、ヴァナスの重装兵団が武装したオークやハイオークの魔軍と激突し、旋回したバルベラの騎士団が、魔軍に強烈な横撃を仕掛けている。
マンティコア、キマイラ、コカトリスなどの魔獣たちをカリーナムとワゾンの混成軍が抑え、ヤマトの神官兵団が魔法攻撃を叩き込む。
人狼、人虎、人熊らライカンスロープには、騎馬民族が波状攻撃を仕掛け、戦場に点在するドラゴンには、各国の精鋭部隊が挑んでいる。
魔法兵団は、マジックパワーの残量を無視して、次々と上位の攻撃魔法を放っていた。
雷撃の魔法が雷を降らし、炎の壁が戦場に出現し、真空の刃が魔獣を両断する。
後方からは、投石器が焼けた岩を、巨大な弩が槍のような矢を打ち込み続けている。
空中では、ハーピィーやグリフォン、魔族のドラゴンライダーに対し、ペガサス騎士団や少数のドラゴン騎士団が抵抗を続けていた。
人間側は足元に火がついたような突撃を繰り返し、善戦しているように見えた。
しかし、体力や魔力の尽きた騎士や魔法使いは次々と倒れていく。後衛と入れ替わる余裕が無いのだ。
無謀な攻撃は、あちこちで破綻し始めていた。
ナッツは違和感を覚えた。
後先を考えていないようにみえる狂騒的な攻撃にせよ、魔王の領土を貫き、魔王城まで突入してきたのだ。
これほどの軍は、一体、どこにいたのだろうか?
「私が出撃させている遠征軍を無視し、人間どもは、もてる兵力のすべてをかき集め、この総攻撃に出たようだな」
ナッツの疑問に答えるように、魔王ジェーマインが口を開いた。
人間側は防衛戦を放棄し、全軍による総攻撃を仕掛けているのだ。
「各国の首都や衛星都市では、王族や皇族たちが地下に潜み、老人や女子供の自警団が弱々しい抵抗を続けていると、遠征軍から連絡が入ったわ」
ジェーマインは気の毒そうな顔で言う。
「……なあ、魔王さん。さっき、これが陽動って言ったよな。
じゃあ本命は?」
ナッツがジェーマインに視線を向けて問う。
「わたしに聞くのか?
迎撃にほとんどの兵力を投入し、手薄になった、この魔王殿へ、幾つかの少数精鋭のパーティを潜り込ませてきたであろう」
ジェーマインは潜入したパーティ名をあげていった。
キリング・ゴーストと呼ばれる、ヴァナスの隠密機動。
バルベラの英雄ダルトンが率いる、ギャラガ小隊。
ヤマトからは裏柳生。
崑崙山の絶海衆。
自称冒険一家のリベック・ファミリー。
西トイランドのジンゴット一派。
そして、勇者アイク・アモンをリーダーとした光翼戦士団……。
「他にもいくつか、潜入してきたパーティはあったが、どれもこれも力尽きたよ……。
お前たち以外はな」
相変わらず笑ってはいるが、ジェーマインの冷たい笑みに、残忍な影が宿っていく。
ナッツはハンクの横に立ち、平然とした顔で、その笑みを見返した。
動揺を隠す虚勢である。
ナッツたちの知らないところで、最大規模の軍事作戦が発動しており、しかも、意図しないまま最終局面の舞台にあがってしまったのだ。
「じゃあ、この最上階まで登ってきたのは、おれたちだけってことか」
ジェーマインは薄い笑みを浮かべることで肯定した。
……なぜだ?
ナッツの胸に大きな疑問が生まれた。
……なぜ、おれたちだけがたどり着けただろうか?
そんなに強くねェぞ、おれたち。
※2023年現在、三重県にあるナガシマスパーランドのスチールドラゴン2000の最高高度が97m。
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