帰還者たちは、この世界で再び戦う

七倉イルカ

終章からの始まり

第1話 終章からの始まり


 だだっ広い控えの間には、太い石柱が二列になって並んでいた。

 等間隔で並ぶ石柱の間には、深紅のカーペットが長々と敷かれ、突き当りには、重厚な扉がある。

 人間のドクロを剣で貫いた、禍々しい紋章を刻み込んだ扉だ。

魔王の間に通じる扉であった。


 扉の左右には二体ずつ、合計四体の起立した甲冑が飾られている。

 それぞれが、ロングソード、厚みのある刃を柄の両サイドにつけたバトルアックス、長い柄の先に、複雑な形状の刃を取り付けたハルベルト、持ち手から伸びた鎖の先端に、棘だらけの球体をつけたモーニングスターなどの武器を備えていた。


 この甲冑の中身は空洞である。しかし、敵が近づけば、即座に襲い掛かってくる。

 自らの意志で動く甲冑、リビングアーマーであった。


 ナッツは、扉から十二本目の石柱の後ろに身を隠していた。

 これ以上近づけば、リビングアーマーが反応する。

 カーペットを挟んだ向かいの石柱には、魔導士のエルシャ・アスカムが、ナッツと同じく身を隠している。


 ナッツの視線に気が付いたエルシャは、形の良い眉を上下にヒョコヒョコと動かして、おどけた表情をしてみせた。

 元の世界では、高校二年生だったナッツより、十歳ほど年上であるはずのエルシャだが、ノリも外見も若い。十代後半といったところだ。


 本人曰く、神に誓って美容に魔法は使っていないらしい。

 その誓いの後に「まあ、私は、無神論者なんだけどね」と続けるのが、エルシャの持ちネタのひとつになっている。


 とは言っても、これから魔王との最終決戦に挑むにしては、あまりにリラックスしているようにも見えた。

 もしかして、シモンの言葉を聞き逃してたんじゃねえか? 

 と、ナッツは思った。


 シモン・ヴァルゴは、魔王城へ潜入してから、思い出したように、こう言ったのだ。

 「あくまでも噂だがな……。

 魔王との戦いで負った傷は、呪いが掛かり、完全には治らないらしい。

 教会でも解呪は不可能で、最後は毒に侵されて死ぬか……、もしくは毒を受け入れて、魔族へ変形するかって話だ」

 ……リスクが大き過ぎる。

 魔王殿に潜入する前に聞きたかった言葉であった。


 ナッツとしっかり視線を合わせたエルシャが、指を三本立てた。

 カウントダウンである。

 細く白い指が二本になった。

 そして一本に。

 その一本を握り込んだ瞬間、エルシャは呪文の詠唱を始め、ナッツは石柱の陰から、深紅のカーペットの上に出た。


 カーペットの上を魔王の間に向かって歩く。

 二歩と進まないうちに、四体の甲冑がガシャリと音を立てて動いた。


 かまわず小走りになったナッツは、リビングアーマーとの距離を詰めていった。

 リビングアーマーも、それぞれの武器を構え、ナッツとの距離を詰めてくる。

 横一列ではなく、ロングソードの後ろにハルベルト、バトルアックスの後ろにモーニングスターが位置する陣形である。


 互いの距離が、石柱五本分になった時、ナッツは、右足の裏に仕込んだ『紋様』を解放した。

 最後の一歩を踏み込み、右足の裏で深紅のカーペットに『紋様』を打ち込む。

 その右足を後ろに下げると、ナッツはバック走で退きはじめた。


 テンポのいいリズムを刻むように素早く下がっていく。

 しかし、後ろ向きに走っているのだ。当然、リビングアーマーたちが前に進む速度の方が早い。

 ナッツが石柱の間隔一つ分を下がる間に、二つ分を詰めてくる。


 追いつかれ、四種の武器のフルコースをくらえば、確実にゲームオーバーである。

 背を向けて、全速力で逃げ出したかったが、そうすると、打ちこんだ『紋様』の起動のタイミングを外すことになる。


 ナッツは、さらに石柱一つ分の距離を下がった。

 リビングアーマーたちは、二つ分の距離を詰める。

 それに合わせて、ナッツは起動言語を口にした。

 「ラーナット・マイン!」


 指向性爆破トラップが、リビングアーマーたちのすぐ前で起動した。

 『紋様』を打ちこんだカーペットから、激しい爆炎が発生すると、リビングアーマーたちを飲み込んだのだ。


 爆炎は四方には広がらず、リビングアーマーたちを巻き込み、押し戻し、石柱の間を一直線に突っ走っていく。

 その先にあるのは、魔王の間に通じる扉である。


 「熱ッちち!」

 これだけは制御できない、巻き起こった熱風から、ナッツが顔を反らそうとしたとき、後ろからエルシャの声が聞こえた。

 近い。ほぼ真後ろである。


 「雷撃牙ッ!」

 ナッツの顔をかすめて、七本の雷の槍が次々と爆炎を追いかけていった。

 ナッツのトラップ起動に、呪文詠唱の終了を合わせたエルシャが放った、雷撃系の上位魔法である。


 「とわわっッ!」

 バランスを崩したナッツが、魔法を放ったばかりのエルシャにぶつかった。

 「こ、こらッ! 

 ナッツ!」

 二人がもつれ合ってひっくり返る。


 その瞬間、爆音が響いた。

 爆炎が魔王の間の扉を破壊したのだ。

 さらに七つの破壊音が重なって響いた。

 魔王の間に雷撃牙が届いたのだ。


 ナッツはとっさにエルシャに覆いかぶさり、逆流してきた爆風から庇う。

 爆風が背中を叩いていった。


 「エル姉、だいじょうぶ?」

 「平気よ。ありがと」

 先に立ち上がったナッツが、エルシャを引き起こした。


 「っーかさ、タイミングが早かったんじゃね? 

 雷撃牙、ここスレスレを通っていったじゃん!」

 エルシャにケガが無いと分かると、ナッツは自分のこめかみを指さしながら抗議した。


 「当たってないなら、ラッキーだろ」

 後ろから現れた銀の甲冑が、野太い声で言う。


 「おれなんざ、エルのマジック・ミサイル、今まで三回くらったぞ」

  そう続けた甲冑は、ガチャガチャと関節部を鳴らし、魔王の間へと突撃していった。

 ヘルメットのバイザーを降ろし、左手には『光の盾』、右手には『破邪の剣』を握っている。


 リビングアーマーでは無い。

 甲冑の中には、ハンク・メッセマーという30過ぎの騎士が入っている。


 ハンクは、祖父が神官だと言うだけあって、騎士としての戦闘力だけではなく、僧侶系の回復、治療魔法に長けていた

 遠距離戦闘は不得手であるため、突入まで後方で待機していたのである。


 「ハンクさあ、いつまで、昔のことを覚えてんのよ」

 「旦那。

 何それ、狙われたの?」

 エルシャがハンクの後ろに続いて文句を言い、ナッツはエルシャの後ろに続きながら、ハンクに問い掛けた。

 ハンクとエルシャは、ナッツより付き合いが長い。腐れ縁というやつである。


 「狙って当てられたんなら、まだ救いがあるな」

 「だって、マジック・ミサイルって、的を外さないんだろ」

 「エルのマジック・ミサイルは、救いが無いぐらい、外しまくるんだよ」

 「うわあ、キッツいなあ」

 「あんたたち、私の前後で悪口言いまくるって、いい度胸してるわね」

 ナッツとハンクは無言になった。

 あと少しで、深紅のカーペットを走り切る。


 シモンとリーザ・キストナーも行動を開始しているはずであった。

 「光の神々よ。大いなる慈愛で、汝の御子たちを守り給え!」

 「七つのチャクラを回し、身の内にある火竜の力を解放せよ!」

 ハンクとエルシャが呪文を詠唱した。

 防御力アップと攻撃力アップの支援魔法である。


 ナッツの体が一気に熱を帯びた。体内で高出力のモーターが回っているように、手足が軽々と動く。

 エルシャやハンクたちの体にも、同様の効果が表れているはずである。


 魔王の間が迫る。

 最後尾にいるナッツは、焼け焦げたカーペットに複数の『紋様』を打ち込んだ。


 「ぬんッ!」

 ハンクが扉の残骸を盾で弾き飛ばし、ナッツたちは、魔王の間に飛び込んだ。

 最終決戦の開始であった。


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