闇より深く、漆黒より黒い歴史の縁者


 簡式には手っ取り早く生存者を探す方法がある。


「満遍なく照らし揺蕩う光。急急如律令――呪力よ、万物を探せ」


 視界が拡がるような感覚。

 それに身を委ねると、体育館の方に三十人以上、上の方から三人、そして少し離れた場所から一人の気配を感知した。


「なるほど」


 おそらく、原作通り『主人公』は体育館を拠点にしているのだろう。学園脱出するまでに何人減るのか忘れたが、この時点では三十人以上も生存者がいるのは驚きだ。

 それよりも、


「勘弁してくれ」


 ほとんど雑魚とはいえ、魔物の数が尋常じゃない。

 特に体育館と三階? 無双ゲーでもやらせる気か、というくらいに魔物がいる。

 いくらイレギュラーの多い仕事とはいえ、コレは酷い。脱出出来たらすぐに逃げるのに出れない結界とか意味不明だ。

 誰だよ、細工した奴は? まるでゲーム仕様な現実にクソッタレ! と喚きたくなる。

 それでも社畜な俺は今できる仕事をしてしまうのだ。

 ――二年A組の教室。美術室からもっとも近い生存者がいる場所に救助のため向かった。


「これまた酷いな」


 教室に入ると、俺はあまりの惨状に思わず呟いた。

 机はあちらこちらに転がっていて椅子はへし折れ、窓も黒板も割れている。床にも壁にも血肉がこびりついていて、およそ生存者がいるとは思えない。

 でも反応はここから感じるからいるはずだ。


「おーい、誰かいるか?」


 あまり大きい声は出せないが、この教室内なら今ので充分だろう。もう一度声をかける。


「おーい。ん?」


 ガタッと音が聞こえた。見れば、どうやら教壇の中から聞こえているようだ。

 えっ、そこ隠れられるの? 穴だらけなのに? いやいやまだ魔物の可能性もある。


「た、助けて……」


 弱々しい声。

 よかった生存者だ。マジでそこに隠れてたんだ。


「今助けるからな」


 俺は教壇を持ち上げる。


「……マジか」


 ホコリに塗れた女子生徒。青い瞳には弱々しい光が灯っていて煤けた頬は必死に逃げ隠れた事が窺える。

 金髪碧眼でこの顔立ち……アイツの妹か何かだろうな。

 俺の黒歴史に関わりのある親族だとしたら数奇な運命にも程がある。


「しっかり捕まっとけよ」


 俺は彼女を背負うと美術室へ向かう。

 道中、当然のように魔物が現れて襲ってくるが特製トリモチ玉がここで活躍した。

 一生ネバついてろ。魔物界のGめ!

 罠をばら撒きながら逃走し、安心安全のマイホームに帰宅。か弱い少女を寝かせる場所はあいにくとないので、仕方なく机の上に寝かせると上着をかけて起きるのを待った。


「……ここは?」


 数分後、少女が目を覚ましたので俺は水の入ったペットボトルを差し出す。


「美術室だ。ここに魔物が来る事はないから安心してくれ」


「そう、なの? そのありがとうございます」


 水を受け取り頭を下げる少女。


「俺は蔵敷 蔵之介。陰陽省から派遣された陰陽師だ」


「蔵敷家の……。お兄さん陰陽師なんだね」


 陰陽省も陰陽師も一般的に知られていない裏の仕事だ。それを知る人物は関係者の確率が高い。それにこの娘はわかりやすい容姿をしているので間違いないだろう。


「知ってるならこちらの側の認識でいいんだよな。たぶん君は山神家の縁者だろ?」


「うん。でも、アタシって落ちこぼれだから簡式も使えないけどねー」


 あはは、と無理して笑ってるように見える。自慢じゃないがその手の話のネタは俺も持ってるぞ。


「俺も昔のやらかしで実家勘当されてるし陰陽師界隈じゃ村八分みたいなもんだからな。まぁ気にしすぎんなよ。それよりも名前聞いてもいいか?」


「えっ、お兄さんヤバいね」




 ――彼女を助けた事に後悔はない。ただセカイは非常に残酷で、現実なのにゲームをなぞるのだ。かつて、その事を女神様は『運命力』だと言っていた。




「アタシの名前は山神有栖、山神家の長女だよ。でも苗字はあんまし好きじゃないから有栖って呼んでほしいな。さっきはありがとね、お兄さん」


 軽めな口調とは裏腹に、彼女は丁寧に頭を下げた。


「……マジか」


 数奇な運命にもほどがある。

 山神有栖といえばゲームにおいて――死亡キャラで、のちにゾンビとなり、メインヒロインである妹の前に現れる悪役だ。


「どうしたの?」


「い、いや何でもないよ」


 と言いつつ、自分でも顔が引き攣るのがわかる。


「そうは見えないけど、まいっか。ところで……」



 運命に抗う。言葉にすれば簡単だが、それを実行するとなると労力はもちろん成功する確率は低い。俺の経験上各ヒロインのトラウマイベントは一度以外すべて失敗しているからだ。

 いつしか『疫病神』だの『死神』と殺されかけたくらいには失敗している。

 それすらカッコいいと思っていた当時の俺は頭おかし過ぎない?



「アタシよく生きてたなーって思う。正直、今も少し怖いんだけどね」


 有栖は明るい笑顔を見せる。けれど、その指先は震えを隠せないようで、もっといえば俺に対しても怯えているように見える。

 ……こんな状況で知らん男と二人っきりだもんな。

 俺にできることはせいぜい柄にもなく明るく振る舞う事くらいだろう。


「運がいいな、ホント」


「だよね〜。これからどうしょっかな?」


「生存者がいる場所だとそこの体育館だな」


「体育館?」


「ああ。そこで立て篭ってるみたいだ」


「あの子もいるのかな?」


 鏡みたいに俺も複雑な表情になる。


「いる。何なら『みんなを守るのが私の使命です!』なんて張り切ってんじゃねぇかな」


「あはは。何それ似てない。というかお兄さんアタシの妹知ってる感じ?」


「知らないって言いたいなー」


 いやマジで。


「とりあえず目指す場所は体育館。でも魔物がいっぱいいて行けないんだよな」


「お兄さんでも難しいの?」


 青い瞳が不安げに揺れる。


「手持ちの装備全部使ってもちょい厳しいかな。特にこれから日が落ちると今いる魔物以外にも出てくると思うし」


 特典も無双系じゃなくて変質系だからなぁ。


「じゃあこれからどうなるのかな、アタシ達……」


「まぁ色々と考えてる事はあるけどさ」


 と区切って、


「まずは腹ごしらえでもしようか」


「ご飯あるの?」


「あるよ」


 と返事をした後、俺は特式を詠唱する。

 いや、そんなに見ないでくれー。

 そう思いながら詠唱を済ませて、暗闇改め蔵闇に手を突っ込む。


「蔵敷家秘伝の常闇の蔵だっけ?」


 どうやら、全く陰陽師の知識が無いわけでもないらしい。


「そうだよ」


 固有とか言いつつ親族間だと似たり寄ったりの特式だったりする。詠唱も同じだ。

 それにしてもご先祖様イタイ名前をつけたもんだ。見たままだから仕方ないけども。


「じゃあオニギリ出すけど何か希望ある?」


「しゃけ!」


 ぴしっと手を挙げる有栖。


「ほい」


「おお! ちょっとお高めのしゃけじゃん! ウマウマ」


「水飲みながらゆっくりな」


 そうして時間は流れて十九時を過ぎた。


「実は体育館以外にも生存者がいるんだ」


「マジ!?」


 驚く顔を見せる有栖に、俺は苦笑しながら応える。


「マジマジ。呪力もそこそこ回復してきたから今から助けに行ってくるよ」


「……帰ってくるよね?」


 不安そうな顔だ。


「俺は社畜だからな。陰陽師として助けた以上途中で見捨てるなんてしないよ。それに結界石ももったいないしな」


「なにそれ」


 あははと笑う表情豊かな有栖。あの忌々しい妹と顔立ちこそ似ているが性格は全然似てないようだ。

 鉄仮面巫女様の蔑んだ目を俺は忘れないからな!

 もちろん、過去の俺が愚かでした。


「とりあえずここから出るなよ」


「うん、いってらっしゃい」


 グッとくる台詞。

 今さらだけど、有栖の声って前世の声優さんと同じなんだよな。うーん、ちょっぴりソワソワとファンの血が騒ぎよる。

 しかし、俺は表面上クールに決めるのだ。


「お、おう」


 ……ダメだった。

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