紅い月に揺蕩う王で死なずの稀人

サボり蟻

吾輩は『転生者』である。名前は蔵敷何某


 テンプレ転生チーハー、なんて痴れた事を語った野郎を知ってるか?

 『転生者』だかなんだか知らないが、さも自分中心に世界が回っているなどほざくイタイ奴だ。結局はホンモノというか『主人公』にわからされ、何もかも失ったアイツは今では『廃嫡陰陽師』とかなんとか……。

 まぁ俺のことだけども。

 言うなれば黒歴史、それを抱えて俺はひっそりと生きていた。それこそ誰かの物語にいたりいなかったりするモブのような人生で終わるのだ……と思っていたんだ。あの事件――暗黒事変が起きるまでは――。



⚫️



 この詠唱は魂に刻まれたモノだ。


「我が身は常闇の鍵。開け蔵の門」


 誠に遺憾ながら厨二言葉を並べないと、特別固有術式――特式含め術式は発動しない。しかし、一度詠唱すればしばらく無詠唱で使えるので、とにかく我慢して口ずさむ。


「夢幻の果てより掴み取る」


 目の前に現れる黒いモヤ。言うなればアイテムボックスで俺だけの術理である。それに手を突っ込んで目当ての物を取り出すと床に並べる。

 荒縄で縛った手のひらサイズの石だ。

 いわゆる結界石というもので、簡易通常術式――簡式の素材になる。

 数は四つもあれば今は充分だ。


「太極より流れでて常世を循環する。急急如律令――結界よ、巡れ」

 

 特式が個人固有の能力に対して、簡式は呪力と専用媒体があれば誰でも扱える。とはいえ、自分だけのオリジナルを作れる術者は少ないので必然的に過去の偉人が開発した術式を俺達は使う。


「帰りたい……お前もそう思わないか?」


 さっき蹴り飛ばしたのに健気に戻ってきたゴブリン。今は涎を撒き散らして見えない結界を両手でガリガリしている。

 キモカワ、可愛くはないな。

 そんな奴に話しかける俺はイカれている。冗談だけども。


「ギャギャギャ」


 うるさ。


「それにしても現実になるなんてなぁ」


 『原作』通りで困る。


「運悪すぎる、はぁ」


 俺が今いる――私立有栖川学園。その美術室で、ここには陰陽省から貰い受けた仕事で来たのが始まりだった。

 忘れていた俺も馬鹿だったが、敷地内に足を踏み入れた瞬間、あら不思議。とてつもなく濃い血の匂いと淀んだ魔力。それに歩けば空き巣にあったような荒れ具合の教室と路傍の石っころみたいに魔物がうじゃうじゃ。

 俺は察したね。


『プロローグ始まっとるやないかーい』


 と。

 たぶん原作通り大量虐殺が終わったばかりなのだろう。

 なので、俺のようなフリーランスの陰陽師に対処できるレベルじゃない。よって帰りたい。けれど、脱出不可能な細工もあり、救援呼ぶにも敷地に入るまでこの凄惨な光景は見えないし連絡手段も悉く使えない。

 そもそも、原作通りなら今ごろ世界各地で同じ事が起こっているはずだ。


「マジで運ないよなぁ、俺。お前もそう思うだろ?」


「ギャギャギャ」


「……俺、何してんだろ」


 しばらくヤベェ奴ロールしてると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

 ありがとう、ゴブリン。ありがとう、隠れてるゴブリン達よ。

 俺は知っている。コイツらマヌケそうに見えて実は狡猾。この結界から出れば潜伏している他のゴブリンも襲ってくるだろうと。さっきいっぱい居たもんねー。


「ま、出るけど」


 俺は暗闇――もといアイテムボックスに手を突っ込む。

 取り出したのは、柄に紐が巻きついた棍棒。それをゴブリンの顔面目掛けて振り抜いた。


「ホームラン」


 吹き飛んだゴブリンを足蹴にして、近くの教室から出るわ出るわ湧いて出る。

 さすが魔物界のGだ。

 十体のゴブリンを前にして、俺は棍棒を放り投げ急いで結界内に戻る。それから、俺は振り返ると、ゴブリンの群れの一体が棍棒を拾うのを確認した。

 狡猾だけどアホでもあるのがゴブリンだ。

 別に拾うのはいいと思う。使えるものは使う精神は嫌いじゃない。ただ、相手が投げ捨てたモノは警戒すべきだし、何よりも独占欲でそれを奪い合うのがアホなのだ。

 瞬間、俺は呪力を練り上げ詠唱する。


「這いまわれ。急急如律令――鼠駒這い縄」


 棍棒の柄に巻き付いた紐が解け回転する。驚き手を離すゴブリンを尻目に棍棒はひとりでに立ちコマのように回る。

 くるりくるりと紐をしならせながら……。

 そして、ここからが中々惨い。

 柄に巻き付いた三本の紐がゴブリンをめった打ちにするのだ。込めた呪力が無くなるまで回転に終わりはない。


「うへぇ」


 そこらの特式より簡式の方がよっぽど強力で凶悪だ。俺のなんて射出できないアイテムボックスだしな。

 事が終われば、後に残るのはただの紐付き棍棒とゴブリンの死骸……ではなく、魔石だけだ。理由なんて知らないが奴らの死骸は塵に変わるのだ。

 うーん、隙間風の寒い廊下だな。

 ぶっ壊れた壁や床。見るも無惨な姿だ。俺がやったわけじゃないが、何かを打ち付けた跡に関してはごめんなさい。


「やっぱソロじゃないと使えねぇ」


 陰陽師とはいえ呪力操作は難しい。

 いや、ホント呪力量が多い人ほど大変で、簡式は量より操作性が求められるもん。


「魔石魔石っと」


 そこら中に散らばる紫色の石。ゲームだと武器強化やガチャに使えるけど、現実だとどうなのだろう?

 とりあえず拾い集めてアイテムボックス――暗闇の中に放り込む。その後は救助活動になるだろう。


「仕事だもんなぁ」


 人外から人々を守る、それが陰陽師の仕事だ。なので、これから生存者を探すことになる。

 『主人公』は生きてんのかね?

 俺にとって因縁のあるムカつく野郎だけど、死んでたら世界がヤバい。何せ、『魔王』を倒せるのは『転生勇者』だけなのだから。

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