第3話 イロヅカイ

 多くの人が半袖を着て、額に汗を浮かべ始める季節、明季は彩の家のチャイムを鳴らした。


「はーい!」


 何となく桜色の空を見つめながら待っていた明季に声を掛けながら玄関から出てきたのは彩ではなかった。


「あなたが夏木君ね。彩からお話をよく聞いているわ。いつも彩を助けてくれてありがとう。あ、私は彩の母の葵ですー!」


 彩は比較的落ち着いている方だが、母親は対照的にテンションが高い。


「おはようございます。夏木明季です。こちらこそ彩さんにはお世話になっております。今日一日、彩さんをお借りしますね」


「うん! たくさん遊んできて!」


「ちょっと、お母さん!」


 彩が母親を玄関から押しのけながら明季の前に出てきた。


「待たせてごめん。行きましょう」


「彩、夏木君、車には気を付けてねー!」


「はい! いってきます!」


「いってきます」




「別に急がなくてよかったよ」


「あのまま母と一緒にいられたら何を話されるか分からないから」


「はは、そっか」


 家から一分ほど歩いた場所で明季は一度立ち止まって、彩を見つめる。


「可愛い」


「……いきなり何? どこか変?」


「可愛いって言ったんだよ。変なんて一言も。綺麗な水色のネイルだね。自分で?」


 彩はサンダルの中でつい爪を隠そうと足指を動かしたが、途中であきらめた。


「母がやってくれたの。私は上手く濡れないから。明季と出かけるって言ってからなぜか母の方が張りきっちゃって。服も母のチョイスよ。色合いは分からないから騙されてピンクの服なんて来てなければいいけど」


「淡い白のワンピースだよ。似合ってる。……それに優しい色をしてる。お母さん、しっかり準備してくれたんだね」


「……そうね。それは否定しない」


「じゃあ髪もお母さんが?」


 明季は綺麗に結われた彩の髪に、崩さないようにそっと触れる。


「……これは自分で。母だけ張り切っているのも悔しいから」


「そっか。上手だね。とても綺麗だ。彩も、彩の色も」


 明季は時々、必要以上に素直になる。彩はそんな明季から少しだけ目を逸らし、駅の方へ歩き出した。周りの人に自分の顔の紅を見られないように。




「ねぇ、この映画を観たいんだけどいい?」


 買い物などをする予定ではあったが、彩と明季は取り敢えずシネマコンプレックスに来ていた。明季が指さした映画は、喜劇王と呼ばれた俳優の昔の映画のリバイバル上映で、モノクロの映画だった。


 色を失ってから、色がなかった頃の映画を好き好んで観るようになった彩はともかく、少なくとも高校生がいの一番に観たそうな映画ではなかったため、彩は迷った。そして「圧倒的な映像美。最新テクノロジーによる豊かな表現」という謳い文句のハリウッド映画のポスターを見つけてしまった。


「明季はあっちの映画の方がいいんじゃない? 同じような上映時間だから別々に観ましょう」


 無理に現代人には考えられない白黒の映画に付き合わすのも悪いし、最新の映画を観て気を遣わせるのも苦手だ。


 明季は分かってくれると思ったが、彩はそう言った瞬間、明季が傷付いたのを感じた。明季は感情さえも色として見えてしまうため、人一倍に感情の揺れに敏感で弱い。


「ごめん。やっぱり一緒に映画を観るなんてハードルが高いよね。考えなしだった」


「いや、違っ……。明季に無理に私に合わせて欲しくないだけ。せっかくの機会なのに……」


「……せっかくの機会だから彩と一緒の映画を観たかったんだ。彩がモノクロ映画が好きっていうのを聞いて、あんまり俺も観たことなかったから気になって……」


 最低だ。彩はいつも間違える自分を恨んだ。


「ごめん。私の方が考えなしだった。明季もこの映画が観たいなら、一緒に観ることはやぶさかじゃない。本当にただ……私のために無理なんかして欲しくないだけなの」


「無理なんかじゃなくて、それが俺のお願いだったら?」


「……好きなだけ叶えてあげる。私も無理はしたくない。嫌な時は嫌というから、そして今は嫌なんて言わないから」


 間違えるために間違えてしまっている。言い訳を自分の中に作り、隔たりを生み出している。彩は感情を必死に整理しながら、モノクロな二人分のチケットを購入した。

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